破壊される人間性 『SAN値直葬!闇バイト』の背徳的な愉悦
『SAN値直葬!闇バイト』のヤバみは命の軽さにあります。
登場人物がほいほいと正気を失う。魂も飛ぶ。おまけに首も吹き飛ぶ。ギャグ/コメディの作風でマイルドにしているものの、やってることも、やられてることもエグいしえげつない。軽率に命懸け。
人間の生命と尊厳に対して容赦のないことに定評のあるクトゥルフ神話の世界観にどっぷりなだけあります。『キルミーベイベー』と並んで、今一番命が軽いきらら作品かもしれません。
「清らかで美しいものが黒く汚れてゆくのを眺めるとき...憐憫の情と共に昏い喜びも生まれる...読者さまも...そうでありましょう?」
出典:ムクロメ/芳文社『SAN値直葬!闇バイト』1巻収録 あとがき(120ページ)より
1巻のあとがきにある作者・ムクロメさんの言葉に、『SAN値直葬!闇バイト』の核心が詰まっている気がします。
コメディとは言え、いたいけな少女たちの人間性が破壊されていく様は、『ちいかわ』における“ちい虐”──背徳的な愉悦に通じるものがありそうです。
鞭に打たれて「てけり・り♡」と鳴く“ショゴス”とは一体
じゃあ、いたいけな少女たちが暗黒世界の住人に弄ばれるだけなのか? と聞かれればそうではありません。風穴を開けるのが主人公・黒乃あかりです。
“深きもの”に遭遇した2話にして初のSAN値直葬! さくっと逝ってしまうあかりですが、アメンパインの魔術によって復活。死と再生を一度に経験します。
普通ならここで恐怖のあまり動けなくなってもおかしくないところ、即座に“深きもの”に反撃を試みる心臓の強さたるや。SAN値の上限が振り切っています。
金のためなら命の危険をも顧みない猪突猛進の銭ゲバメンタル。アメンパインすら翻弄する向こう見ずな発想と行動力。給料は即使い込む刹那的な生き方は破滅的。およそ常人の範囲に収まらない生命力は超人のそれ。毒を持って毒を制す、本作のトリックスター。クトゥルフ神話的世界観における天敵です。
彼女にかかれば、“ダゴン”も“クトゥルフ”も半ばギャグ要員。鞭に打たれて喜びながら「てけり・り♡」と鳴く“ショゴス”が見られるのは、おそらく本作だけでしょう。邪神たちすら弄ばれるのが、『SAN値直葬!闇バイト』の怪作たる所以です。
クトゥルフ神話の狂気を中和する、なくてはならない主人公・あかり。もはや存在がギャグ(ただしギャグ補正はないので逝く時は逝く)。
しかし、であるがゆえに、あかりの不在時は不穏な空気が充満します。コズミックホラーの割合が増して、おどろおどろしい雰囲気にぞわりと背筋が冷える。
この身震いするようなホラー描写とコメディ要素のシーソーゲームに揺さぶられる感覚。コズミックホラー×ギャグ×きらら作品という唯一無二の作風が癖になる……!
クトゥルフ神話への“尖った入口”としていかが?
クトゥルフ神話に詳しい方は、“輝くトラペゾヘドロン”や“アメンパイン”というワードにピンときているはずです。
かといって、クトゥルフ神話に詳しい人だけが楽しめる類ではなく、前提知識が全くなくても問題のない漫画になっています。
元ネタが分かるとより楽しめるのはたしかですが、原作を知っていなければ理解できないエピソードはありません。
むしろ、本作を入口にクトゥルフ神話を覗いてみるのも一興。めくるめくコズミックホラーの世界へ迷い込んでみましょう。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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