バーチャルシンガー・花譜さんらを擁するクリエイティブレーベル・KAMITSUBAKI STUDIOが、8月8日に発売したゲーム『ムーンレスムーン』。
同作は、テキストアドベンチャーゲーム『ナツノカナタ』や『午前五時にピアノを弾く』を制作してきたKazuhide Okaさんをクリエイターに迎え、音楽とインディーゲームを制作するプロジェクト「ANMC(アノマチ)」の一つとして展開されている。
『ムーンレスムーン』は、「ANMC」が世に送り出す最初のテキストアドベンチャーゲームだ。
作中には、3曲のオリジナル楽曲がMVと共に登場し、「プレイできるミュージックビデオ」のような体験を楽しめる。
音楽を中心に展開してきたKAMITSUBAKI STUDIOが、なぜゲームを手掛けることになったのか──そして、「ANMC」第1弾となる『ムーンレスムーン』には、どんなクリエイターたちが集まり、何を目指して制作されたのか。
『ムーンレスムーン』のクリエイターであるKazuhide Okaさん、挿入曲の歌唱をつとめた、むトさんとEmpty old Cityのボーカルとして活動するkahocaさんへの取材の中で、クリエイター同士が相互に作用するゲームの制作過程、「ANMC」が目指す共同制作のあり方が見えてきた。
目次
KAMITSUBAKIのプロデューサー PIEDPIPERとの出会いから始動した「ANMC」
──そもそも新プロジェクト「ANMC」の第1弾タイトルとなる『ムーンレスムーン』は、いつ頃から制作がスタートしたのでしょうか?
Kazuhide Oka 2023年5月に『午前5時にピアノを弾く』をリリースした後、会社員として働きながら、『ムーンレスムーン』の原型となるゲームの企画を考えていました。
当時から「プレイできるミュージックビデオ」というコンセプトはあったんですけど、これまでつくってきたゲームと同様、あくまで個人制作としてやるつもりでした。
──そうだったのですね。
Kazuhide Oka 強いて言えば、過去の作品と比べて「音楽をもう少し頑張りたい」くらい。『ムーンレスムーン』を含む現在の「ANMC」のように、複数のコンポーザーやアーティストとご一緒するプロジェクトというものではなかったんです。
──個人制作の予定だった『ムーンレスムーン』が、KAMITSUBAKI STUDIOのプロジェクト「ANMC」として始動したのは、どういった経緯なんですか?
Kazuhide Oka ご縁あって「東京ゲームショウ2023」で、インディーゲームのパブリッシャーであるroom6(※)の方に、『ムーンレスムーン』の原型を見ていただく機会があったんです。
そして、そのroom6の担当者さんからのご紹介で、KAMITSUBAKI STUDIOのスタッフや、プロデューサーのPIEDPIPERさんにも興味を持っていただいたのがきっかけですね。
PIEDPIPERさんは僕が最初に制作したゲーム『ナツノカナタ』も知ってくださっていたみたいで。そこからは本当にとんとん拍子で、僕自身がKAMITSUBAKI STUDIOに所属することになり、より大きなプロジェクトとしての展開が決まりました。
※room6:インディーゲームの開発/パブリッシング会社。最近では、hako 生活さん開発のアドベンチャーゲーム『アンリアルライフ』の配信などを手がけている。
──そこから、ゲームだけではなく音楽やMVも制作するという方針も決まっていった?
Kazuhide Oka そうですね。KAMITSUBAKI STUDIOとしては、インディーゲームの制作事例がない状態。一方で、大きな資本のバックアップがないインディーゲームは近年、開発会社も増えて盛り上がりを見せています。
KAMITSUBAKI STUDIOの方々と協議を重ねる中で、そうした環境でインディーゲームを展開するのであれば、「KAMITSUBAKI STUDIOの強みや“らしさ”をきちんと押し出していこう」という方針が見えてきました。
ご存知の通り、KAMITSUBAKI STUDIOには映像や音楽含め、たくさんのクリエイターが所属しています。「ANMC」はそうした方々が集まる場として、複数のコンポーザーやシンガーと共に、ゲーム/音楽/MVを制作するというプロジェクトの方向性が決定しました。
その上で、「ANMC」の第1弾タイトルとして『ムーンレスムーン』の制作がスタートしたんです。
──ゲームと音楽と映像を一緒に制作するというのはかなり珍しい方法だと思いますが、作品にどのような影響をもたらすのでしょうか?
Kazuhide Oka 音楽という媒体は、思い出との結びつきが強いと思っています。
昔聴いた曲を聴いて、その頃のことを思い出す。『ムーンレスムーン』は、楽曲と僕がつくった物語とが結びついて、プレイした人の記憶に残るようなものになったらいいと思っています。
──では、実際に参加するクリエイターの方々は、どのように決めていったのでしょうか?
Kazuhide Oka 音楽はまったくの素人なので、KAMITSUBAKI STUDIOの方々から提案いただきながら、オファーしていきました。
個人的に大事にしていたのは、僕自身はインディーゲーム開発者であり、「ANMC」も思想的にはインディーゲームとしてつくりたい、ということでした。
──企業での制作という点では厳密に言えば「インディー」なのかという意見もありそうですが、いわゆる巨大資本による制作でもなく、インディーで活躍している少数精鋭によるインディーゲーム的な制作体制ということですね。
Kazuhide Oka そうです。だから、参加していただくアーティストの方々も、フックアップというとおこがましいんですけど、「頑張っている方々と一緒にやっていきたい」という思いを念頭に、お声がけしました。
『ムーンレスムーン』の歌唱については、最初にkahocaさん、次にWaMiさんが、最後にむトさんが決まりました。
『ムーンレスムーン』は現代人の“コミュニティへの帰属意識”を肯定する
──kahocaさんとむトさんは、『ムーンレスムーン』のオファーを受けたときは、どのような印象を持たれましたか?
kahoca 最初は、漠然と「ゲームの曲を歌わせていただけるんだな」くらいの印象だったんですけど、実際にいただいた資料を読んだり、説明を受けたりしてからは、共感するところが多くて。
特に、Okaさんが言う「音楽は思い出と結びつきが強い」という点は、本当にその通りで。私も過去の曲を聴くたびに、当時の感情や意識を鮮明に思い出せるのが音楽の好きなところなのでとても共感します。「『ムーンレスムーン』に関われて嬉しい!」と、より強く思うようになりました。
むト 私の場合は、まず最初にトレーラーを拝見させていただいて、そこから感じ取った世界観や、月が印象的な夜の街のイメージが素敵だなと思いました。
個人的にも「音楽で何か別のコンテンツに関われたら」と思っていたので、『ムーンレスムーン』の「プレイできるミュージックビデオ」というコンセプトにはとても共感できたんです。
──kahocaさんとむトさんが共感した『ムーンレスムーン』のストーリーについて、改めて教えてください。
Kazuhide Oka 『ムーンレスムーン』は、現実世界で生きるヨミチという女の子が主人公です。
彼女はいつの頃からか、月面やトンネルがずっと続いていたり、空に島が浮いたりしている現実とは別の世界に迷いこんでしまう。そこはヨミチにとっては居心地がいい場所です。
でも彼女はやがて、「もともといた現実世界で生きていかなきゃいけないんじゃないか」「自分が現実逃避をして、別の世界に逃げ込んでるんじゃないか」と考えるようになります。
──そうした作品のストーリーは、どこから着想を得ているのでしょうか?
Kazuhide Oka いつも物語を書くときは、基本的に「偉い人が論じている先行研究があるはずだ!」と考えて、題材に応じた本を読むことにしています。
『ムーンレスムーン』では『〈つながる/つながらない〉の社会学』という本を参考にしました。
Kazuhide Oka 例えば、「学校に行っても全然楽しくないけど、家に帰ってネットの友達とゲームしてる時間はめっちゃ楽しい。でも本当は学校でちゃんと勉強しなきゃいけないし、学校生活をもっと充実させないといけない」──と思っている若者がいるとします。
でも、実はそんなことはない。ネットの友達と遊んでいるのも立派に世界と関わっている時間だし、そこも含めてその人の人生なんだと思っています。
──なるほど。
Kazuhide Oka 学校生活のコミュニティとSNSで繋がってるコミュニティって、全然違う人も多いじゃないですか。
現代の人々はそういう意味で、いろいろなコミュニティに属して、しかもそのコミュニティ同士はだいたい離れている。そうした、日々僕が感じていることが『ムーンレスムーン』には反映されています。
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