ぬるりと入れ替わる此岸と彼岸 唐突に起こる怪奇現象
『青野くんに触りたいから死にたい』では、死者が生者に憑依する、生者が死者の世界である異界へ飛ばされるなど、様々な怪奇現象が発生します。
しかも大半が唐突に起こり、日常からシームレスに非日常に移行するため、初見では何が何だか分からず、登場人物たちと同じく怯え戸惑うことしかできません。
わからない=怖いを最大限に活かした演出には、何度も鳥肌が立ちました。
しかし、よくよく考えると、確かなルールのもと物語が進んでいることがわかります。
死者が生者に憑依するためには生者の許可が不可欠だったり、怪奇現象を起こす死者の力の源は生者からの捧げ物だったり。
ホラー映画に特有のルールがあるように、本作の怪奇現象にもルールがちゃんとある。何か理解しがたいことが起こっても、状況証拠からルールを推論し、奇々怪々な物語を推理していくミステリー的な面白さがあります。
このブレないルールという土台の上で、ぞくりとするホラー演出を端々に潜ませ、刈谷優里と青野龍平の恋物語の切なさを染み込ませていく。異なる要素を巧みに織り交ぜます。
また、前話で浮かび上がった謎や行き着いた答えが、次話ですでに主要な登場人物たちに行き渡った状態で物語がはじまるなど、無駄をできるだけ省いてスムーズに次の展開に移行する構成の上手さも見逃せません。
謎解きを冗長にせず、できるだけ整理した状態で物語に組み込む手法は、本作の読みやすさに繋がっています(シンプルなコマ割りと大胆な一枚絵/見開きのバランスも読みやすい理由です)。
泣きそうになるシーンで笑顔になる 感情をバグらせる純愛
筆者は『青野くんに触りたいから死にたい』を、全てを分かち合うことができない、自分と他者の境界線をテーマにした漫画だと捉えています。
刈谷優里と青野龍平の重なることのない身体や、お互いを想い合うあまりにすれ違ってしまう心が、憎いほど2人の境界を強調するからです。
青野龍平が刈谷優里の命を代償として存在していることも、2人の関係を極めて難しくしています。
ただ存在するだけのために刈谷優里の命を削ってしまう青野龍平は、意識的にせよ無意識にせよ、彼女を傷つけてしまう。
そのことに苦しむ彼の姿を見て、刈谷優里は全てを与えたいとさえ思うものの、彼がそれを望んでいないことをよく知っているため、自分には何もできないと無力感に打ちひしがれる。
強く想い合う2人の悲恋を通して、自分と他者の境界を描いている。でも、だからこそ、他者と一つの感情を分かち合えた瞬間が、身体の境界がなくなり溶け合うような時間が、光り輝く尊いものだと教えてくれる。
それが『青野くんに触りたいから死にたい』です。
読んでいると笑顔になるような多幸感のあるシーンでも、同時に涙が零れることが、本作を読んでいると何度もあります。
嬉しいけど悲しい、愛しいけど切ない。刈谷優里と青野龍平のぐちゃぐちゃな感情に当てられて、こちらの感情もバグってしまうのです。
終幕へ向けて動き出す『青野くんに触りたいから死にたい』
『青野くんに触りたいから死にたい』は、最新12巻で大きな山場を迎えました。青野龍平は完全ではないものの実体を持ち、反比例するように刈谷優里の体調が下降の一途を辿ります。
物語もいよいよ終幕へ向けて動き出している気配。
刈谷優里と不和を抱える家族の問題など、残された注目点と伏線をどう活かすのか。もう一波乱はありそうな物語を、最後までおっかなびっくり追っていこうと思います。
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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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