ずっと急展開なのに読みやすい 漫画が上手すぎる荒川弘
『黄泉のツガイ』の主人公は、山奥の小さな村落に暮らす少年・ユル。
山で鳥獣を狩り、畑を耕して村民と自給自足の生活を送っている彼には大切な妹・アサがいます。
しかし、なぜかアサは幽閉状態にあり、それが彼女の"おつとめ”であるらしい。どういうこと? と読者が思う間もなく唐突に平穏が破られ、村は虐殺の現場と化し、村の外から来た謎の少女が自分が本物の妹であると訴えてくる。
さらに、村の守り神である石像から2人の男女が顕現し、主であるユルに“ツガイ”として仕えると言ってくる始末。
何が何やら分からないまま村を脱出してみると、車と呼ばれる鉄の塊に驚き、コンビニ飯の美味さに感動して……ざっとこんな感じで、情報がダーッと流れ込んでくるのが、本作の序盤です(だいぶ端折ったのでもっと色々とあります)。
1巻収録の1話〜4話まではずっと急展開で、ツガイを筆頭に本作独自のワードも詳細には説明されません。しかし読みやすいのです。なぜか。
主人公のユルが、目まぐるしい状況が変化しても、自分のやるべきことに向かってブレずに前進していくからです。
村が襲われた理由が分からなければ、事情を把握している者を問いただす。騒動の原因が自分の出自にあると分かれば、行方不明になっていた両親に話を聞くため捜索を開始する。
常に自分の立ち位置を見極め、足踏みすることがないのがユルです。彼のキャラクター性は、下手をすれば読者を置いていくほど展開が速い本作にとっての指針となります。
ユル以外の主要登場人物も、間断なくはっきりとした目的のために動くので、物語も自ずと動いていきます。そうして散りばめていた謎やワードの意味を自然な形で次々と回収していく。シンプルに漫画が上手すぎる。
モノローグを極力使用せず、登場人物たちの言動を繋ぎ合わせて一つの道筋を整えていくストーリー構成には、『鋼の錬金術師』同様、唸らされます。
巨悪の不在、現代設定、異能力……『鋼の錬金術師』との相違点
抜群の構成力で読ませる『黄泉のツガイ』と『鋼の錬金術師』の最大の違いは、作中の勢力図です。
ざっくり言えば、世界を二分する力を持ち得るユルを巡る各勢力の争奪戦が前者で、巨悪の打倒で各勢力が思惑が収束していくのが後者です。
付け加えると、『黄泉のツガイ』は各勢力が内部抗争に忙しいのですが、『鋼の錬金術師』は各勢力は概ね団結しています。『黄泉のツガイ』には共通の敵がいないため、より勢力図が複雑になっているのです。
そして勢力図の中心にいるユルは、全面的に誰も信用できない難しい立場に立たされます。絶対的に頼れる人がおらず、安住の地もない。誰が敵になり味方になるのか不明瞭なので、良い意味で混沌とした展開になっています。
物語の舞台が現代日本であることも大きな違いです。
日本の歴史や各地に残る伝承を元にしたエピソードも時折描かれるため、日本神話に詳しいとより深く楽しめます。
読者の生活と地続きとなる舞台設定であるため、「保険証が無いので医療費十割負担である!!!」(5話の一幕)みたいな台詞にもリアリティがあって面白い。荒川弘さんがバトルモノの連載作品で“現代”を描くのは『黄泉のツガイ』が初。これは一つの挑戦だったと思われます。
また、本作オリジナルの概念“ツガイ”も語るうえでは外せません。各地に伝承が残る妖怪や神様を指すツガイは、ぎょっとする異形から犬猫まで姿形はいろいろ。
敵を殲滅することに長けた戦闘タイプ。とにかく頑丈で攻防一体の万能タイプ。追跡や捕縛に長けた補助タイプ。条件を満たすことで対象の情報を搾り取れる裏方タイプなど、有する能力も千差万別です。
各登場人物とツガイは基本的に主従関係のセットとして扱われ、関係性も十人十色とかなり練られています。異能力×使役×バトルという点でも荒川弘さんの新たな一面を見ることができます
今なお進化する、荒川弘の最先端『黄泉のツガイ』
荒川弘さんは、1999年に読切作品『STRAY DOG』で漫画家デビューされているので、2024年で漫画家活動25年目です。
連載デビュー作『鋼の錬金術師』以来、絶えず作品を手がけ、3児の母でありながら、今も精力的に執筆を続けられている。そのバイタリティには驚かされるばかり。
そして、ここまで見てきたように、四半世紀の活動を経て切り開く新境地が『黄泉のツガイ』です。今なお進化する作家の最先端、お見逃しなく。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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