決裂する南極調査隊と好奇心の行方
ここからは漫画『狂気の山脈にて』本編の内容に触れていきます。
前述したように、本作は南極調査の探検隊が悲劇に見舞われる物語。時は1930年。輸送手段や通信手段の発達で、人類未踏の地を明らかにする偉業が人々を熱狂させていた時代です。
他の多くのラヴクラフト作品にも登場するミスカトニック大学が南極調査の探検隊を組織し、隊長をつとめるウィリアム・ダイアー教授(本作の語り手でもあります)以下、優れた研究者たちが最新設備と共に一路極寒の大地へ赴きます。
調査は当初順調に進み、さらには生物学の専門家・レイク教授が大発見に繋がる、ある痕跡を見つけます。レイク教授は偉業を予感し、計画の変更をダイアー教授に直訴するのですが、隊の安全を第一に考えるダイアー教授は慎重な姿勢を崩しません。
レイク教授はしびれを切らし、半ば強引に別働隊を編成して行動開始。後から振り返ると、この時からレイク教授はおかしくなっていたのでしょう。結果的に彼が率いる別働隊は、不可解な惨殺によって壊滅してしまいます。
その後、ダイアー教授は唯一遺体が見つからなかった別働隊のメンバーの行方を探そうと決意。惨殺現場の眼前にそびえる狂気の山脈に挑み、道中で彼もおかしくなっていくのです……。
静かな狂いを読者に悟らせない巧みな描写
漫画『狂気の山脈にて』が特に優れているのが、静かに狂気を湛えていく登場人物たちの描写です。レイク教授は、とある化石を見初めた瞬間から眼の色が変わります。密かにギラつきはじめる。
しかし、そのシーンは本当に何気ない小さなコマで表現されており、初見ではなかなか重要な場面だと気づけません。派手な演出が皆無なのです。あえてそうすることで、レイク教授の中に狂気の種が植え付けられたことを表現しているのですね。
こうした極小の伏線がところどころに張り巡らされていることに読者もだんだんと気づきはじめ、食い入るようにページを注視しはじめます……その時の眼はもしかすると、魔性に魅入られた作中の登場人物のそれと重なっているかもしれません。
はたと我に返って顔を持ち上げ、意外なほどに時間が経っているという濃厚な没入を約束する傑作を、どうぞ今日この日に。追悼の意を込めて。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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