『〈小市民〉シリーズ』とは?
『〈小市民〉シリーズ』は2人の高校生、小鳩常悟朗と小佐内ゆきを中心にした物語群である。あらゆる謎を推理したがる、「狐(きつね)」に例えられる小鳩。華奢な体と普段の控え目な態度とは裏腹に、執念深い「狼(おおかみ)」こと小佐内。「たがいに助け合い、完全な小市民を目指そう。」
かつて“知恵働き”と称する推理活動により苦い経験をした小鳩くんは、清く慎ましい小市民を目指そうと決意していた。
同じ志を立てた同級生の小佐内さんとたがいに助け合う“互恵関係”を密かに結び、小市民としての高校デビューを飾り平穏な日々を送るつもりでいたのだ。
ところがふたりの学園生活に、なぜか不可解な事件や災難が次々と舞い込んでくる。
はたして小鳩くんと小佐内さんは、小市民としての穏やかな日々を手に入れることができるのだろうか。 Ⓒ米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会
そんな2人は、自分たちの「本能」によって傷つき合った過去と決別するため、ともに「小市民」になりきって健やかな日常を暮らすことを目指す「互恵関係」を結んで暮らしている。
単行本としては2024年3月現在、長編『春季限定いちごタルト事件』、『夏季限定トロピカルパフェ事件』、『秋季限定栗きんとん事件(上)(下)』と、短編集『巴里マカロンの謎』が刊行されている。なお、今年刊行予定の長編『冬期限定ボンボンショコラ事件』にて完結予定だと伝えられている(短編はまだ刊行される模様)。
四季とスイーツを題材にしたタイトルから察せるように、日常で巡りあうささやかな謎や疑問に触発されて発生する事件は決して甘くはなく、少年少女を小市民の道にやすやすと進めたりはさせない。なお〈小市民〉シリーズ新刊にして長編完結作『冬期限定ボンボンショコラ事件』は、創元推理文庫から4月末の刊行を予定しています。
— 米澤穂信 (@honobu_yonezawa) January 12, 2024
ただし、甘味が舌の上で再現されるかのような多種多様なスイーツの描写は抜群で、甘酸っぱい2人の仲を取り囲んでいるのは注目ポイントだ。
岐阜県と名古屋を主な舞台にしていているため、もしかするとアニメ化の際には、モデルとなっているスイーツのお店にも出会えるかもしれない。
「小市民」と「古典部」の比較ポイント:推理したがる vs 推理したがらない
米澤穂信さんの青春日常ミステリーシリーズのアニメ化と言えば、冒頭で触れた通り、『氷菓』を筆頭にした「古典部シリーズ」が思い浮かぶことだろう。実際、両シリーズを比べてみると、楽しめる幅がより広まるはずだ。「古典部シリーズ」の主人公・折木奉太郎は、「省エネ主義」を標榜してなるべく謎から遠ざかろうとする反面、「〈小市民〉シリーズ」の語り手・小鳩常悟朗は湧き出す推理本能を使いたくて、むずむずしているのが最も大きな対比ポイントだろう。
また「古典部シリーズ」がゆっくり、おっとりしたテンポ感の日常系により近い世界観であるに対して、「〈小市民〉シリーズ」は比較的物語の緩急に弾みがあって時にはスリリングなアクションも見られる。
どちらのシリーズも、青少年期における“才能”と向き合っていく物語と捉えることができる。その点を踏まえて、各作品の登場人物が自分の才能をどう自覚して取り扱おうとするのか──それぞれのスタンスを比べながら鑑賞しても面白そう。
「小市民」シリーズが青春の才能と向き合う方法
「〈小市民〉シリーズ」は、日常的で身近な素材を用いてしばしば謎が構築されているが、それだけではなく、その幅は盗難やいじめ、拉致などの犯罪行為にまでも及んでいる。そして事件の解決が、いつも通りの日常に必ずしも帰結するわけではない。その中で描かれる主人公2人の才能と本能に対する苦悩は、単なる“キャラ付け”として戯画化されて終わるものでもない。
シリアスな話が格別に良い話だと言いたいわけではない。ただ、本シリーズを含む米澤穂信さんのあらゆる青春ミステリー小説では、青少年期に一度は訪れる将来への悩みを、才能による達成感と現実的な限界を主要な切り口として真摯に向き合う傾向がある。
その苦悩をシリアスに汲む目線は、大人から青少年期を見下したり、逆に過大に美化するものではなく、同等な位置から共に悩みあう尊重とも考えられる。
「〈小市民〉シリーズ」はその共通のテーマを最も「青春小説」らしきジャンルを纏って表した適例である。
日常で起こる一つ一つのエピソードから滲み出る甘酸っぱさはもちろん、オムニバスと思えた事件のかけらが徐々に大きなパズルとして完成されていく構造はミステリーとしてのエンタメ性も保証する。
抑えきれない推理力を発揮してしまう小鳩常悟朗の論説する声と、狼のごとき復讐心を抱きつつも一方ではスイーツに目がない小佐内ゆきのイキイキな姿が、アニメとして現れる日が待ち遠しい。
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