2023年が過ぎました。この度は音楽作品を通して過ぎた1年を振り返り、翌年を迎える準備をしたいと思います。
ここでは2023年を通して記憶したい音楽アルバムを10作品選んでみました。2023年のポピュラーカルチャーにおいてそれぞれ意味を見出せるような作品です。必ずしも「ベスト」が基準ではありませんが、もちろん全部を強くおすすめします。
明くる年には、平和な世界にもう少し近づくよう願いを込めて。
※主な音楽媒体やチャートの年間リストは慣例的に12月に発表されます。その際に年末の作品が選考から省かれることを防ぐため、対象範囲を前年度12月から当年度11月の形にとっています。ご了承ください。
※各作品は発売日順で紹介しています。
音楽アルバムがアニメ制作の一環であることを踏まえると“仮想アーティスト”というコンセプトはそこまで珍しい話ではない──本作の半年前にはAdoさんの名を一気に知らしめた『ウタの歌』(2022)がチャートを独占していた。
それでも本作が三井律郎さん(THE YOUTH/LOST IN TIME)筆頭のセッションである同時に、仮想キャラクターたちの演奏としてもファンから了承を得ていることは押さえておく必要がある。
今日のJ-POPにおいてVTuberや覆面系歌手など、仮想ペルソナのアーティストが増えていく現状と奇妙な繋がりも見いだせるからだ。
その制作背景には、東京のオルタナティブ・ロック・シーンをメタに再現しようとする欲望があった。Olivia Rodrigoさんの大ブレイクや、Alvvays、Big Thief、Black Country, New Roadなど、良質のギターポップが再来している中、最も意外な形態をした、ストイックなロックアルバムであることは興味深いところだ。
日本ロックシーンの理想を、アニメコンテンツを媒介して再現したようなアルバムだ。
本作は最新のエレクトロポップからレトロなテクスチャー、エスニックなタッチまであらゆるレイヤーが混ざったカオスなアルバムだが、それらを率いてキャロラインさんの「願望(desire)」を実現させる優れたポップアルバムでもある。
序曲「Welcome To My Island」はセイレーンのようなファルセット(高音)で島に招き入れるかのように見せて、いずれ自らを運命より開放させる言葉に変わる。
次に幻想的なトリップホップ「Pretty In Possible」、不思議な世界に引き込む「Bunny Is a Rider」、フラメンコ影響の「Sunset」と連なるラインは多彩で素晴らしい。
エレクトロポップアンセム「I Believe」と「Fly To You」も中盤の醍醐味で、神聖さまでも感じる「Billions」は彼女の島体験を締めるに最適なナンバーだ。キャロラインさんとDanny L Harleさんが中心になって紡ぎ上げた多彩で良質なプロダクションと、それらに息を吹き込むパフォーマンスは、ただ感嘆しか吐けないくらい特別に思える。
そこにピーナッツくんや崎山蒼志さん、Peterparker69など、さまざまなアーティストが参加した「集い」の場ということが、『GOOD POP』をより面白くさせる。
グリッチやノイズを多用したエレクトロポップ作品で、そのスタイルは音の使い方においての過剰さや過激さ、異様さをもとによく「ハイパーポップ」と呼ばれる。メロディーがだんだんと過激さを帯びていく「peanut phenomenon」や「river relief」は良い例だ。
もちろん「sunameri smoke」や「blanc benzo」のように定石的なダンスビートがより中心に出るものもあれば、「finger frame」はチルバイブスへと持っていく。
ハイパーポップスタイルは2010年代よりだんだんと基盤を拡大してきたが、その一人者であったSOPHIEさんの急逝などにより、その推進力は多少落ち着いた現状に思える。
そんな中でDJたちが集って人々を呼び集めたのは、その奇妙でポップな音の魔法を守り続けようとする儀式にも思えた。
例えば筆者にとって『Safe In The Hands Of Love』(2018)、中でも「Lifetime」はつい泣きそうになるくらい感情を徐々に揺さぶっていく作品だ。一方『Heaven To A Tortured Mind』(2020)は性的快楽をよりサイケデリック・ロックへの好奇心と共に表した。
一見難しそうに聞こえる音楽だが、そこから生じる感想を辿っていけばより高い刺激が楽しめる。そんな中で発表された今作は、ロックへの探究心により深く浸っていく。例えば、「Meteora Blues」で永遠のロックスター、Kurt Cobainさんが思い浮かぶのは偶然だろうか。「Parody」はPrinceさんらしきR&B式ファルセット(高音)ボーカルにエモーショナルなリフを積んでいく。
「God Is a Circle」や演奏曲「Purified by the Fire」で回す儀式的でノイジーなループはブラック/アフロミュージックとも連携させるし、「Ebony Eye」で弦楽的なシンセサイザーであげる高揚感はYvesさんが与えてくれてきた感動的な部分を補う。
近年の大衆音楽作品ではギターへの有意味な探究成果が再びやたらと現れてくる様子だ。彼の作業はその中で今年最も冴えて見えた結果だった。
そして本作『SCARING THE HOES』は、先言ったトレンドとはだいぶ離れたものの、今聴ける最も刺激的なラップアルバムに違いない。
ラッパーでプロデューサーのJPEGMAFIAさんがサンプラーを扱う力量が高点に至っていることと、ラッパーのDanny Brownさんの酔拳的なラップスキルが意外と上手く混ざり合った結果だ。JPEGMAFIAさん特有の前衛的で暴力的な音の圧力に負けず、独特なグルーブを再創造するDannyさんのラップは本作の価値において決定的な要素である。
例えば「SCARING THE HOES」でフリージャズらしきサンプルを使って恐怖心を湧かせたり、「Garbage Pale Kids」で日本のCMをリズムの素材にすると同時にギターストロークを組み込んで刺激を高める。
「Lean Beef Patty」や「Steppa Pig」「Fentanyl Tester」などでR&B曲を押しつぶしたり、逆に「Kingdom Hearts Key」で声優・坂本真綾さんの素材をドリーミーに取り扱う工夫も抑えておきたい。
ここでは2023年を通して記憶したい音楽アルバムを10作品選んでみました。2023年のポピュラーカルチャーにおいてそれぞれ意味を見出せるような作品です。必ずしも「ベスト」が基準ではありませんが、もちろん全部を強くおすすめします。
明くる年には、平和な世界にもう少し近づくよう願いを込めて。
選考対象期間:2022年12月〜2023年11月発売【筆者】万能初歩
韓国からの留学生です。日本の大衆文化をあらゆる現場で学んでいます。音楽ライター活動もしています。大衆音楽を通じて日韓の文化を互いに理解する場をつくりあげたいです。『Tonplein』WEBZINEを拠点にして『ミュージック・マガジン』などに寄稿しています。
※主な音楽媒体やチャートの年間リストは慣例的に12月に発表されます。その際に年末の作品が選考から省かれることを防ぐため、対象範囲を前年度12月から当年度11月の形にとっています。ご了承ください。
※各作品は発売日順で紹介しています。
目次
- 1. 結束バンド『結束バンド』
- 2. Caroline Polachek『Desire, I Want To Turn Into You』
- 3. PAS TASTA『GOOD POP』
- 4. Yves Tumor 『Praise a Lord Who Chews but Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』
- 5. JPEGMAFIA & Danny Brown 『SCARING THE HOES』
- 6. Tainy『DATA』
- 7. NewJeans『Get Up』
- 8. yeule『softscars』
- 9. 君島大空 『no public sounds』
- 10. Sufjan Stevens 『Javelin』
結束バンド『結束バンド』
アニメ『ぼっち・ざ・ろっく』の作中バンド「結束バンド」名義で発表されたアルバムが、本年度最も成功したアニソンアルバムかつロックアルバムであることについて考えてみよう。音楽アルバムがアニメ制作の一環であることを踏まえると“仮想アーティスト”というコンセプトはそこまで珍しい話ではない──本作の半年前にはAdoさんの名を一気に知らしめた『ウタの歌』(2022)がチャートを独占していた。
それでも本作が三井律郎さん(THE YOUTH/LOST IN TIME)筆頭のセッションである同時に、仮想キャラクターたちの演奏としてもファンから了承を得ていることは押さえておく必要がある。
今日のJ-POPにおいてVTuberや覆面系歌手など、仮想ペルソナのアーティストが増えていく現状と奇妙な繋がりも見いだせるからだ。
その制作背景には、東京のオルタナティブ・ロック・シーンをメタに再現しようとする欲望があった。Olivia Rodrigoさんの大ブレイクや、Alvvays、Big Thief、Black Country, New Roadなど、良質のギターポップが再来している中、最も意外な形態をした、ストイックなロックアルバムであることは興味深いところだ。
日本ロックシーンの理想を、アニメコンテンツを媒介して再現したようなアルバムだ。
Caroline Polachek『Desire, I Want To Turn Into You』
アメリカのシンガーソングライター・Caroline Polachek(キャロライン・ポラチェック)さんはセカンドアルバム『Desire, I Want To Turn Into You』を通して新たなディーヴァの座を獲得した。本作は最新のエレクトロポップからレトロなテクスチャー、エスニックなタッチまであらゆるレイヤーが混ざったカオスなアルバムだが、それらを率いてキャロラインさんの「願望(desire)」を実現させる優れたポップアルバムでもある。
序曲「Welcome To My Island」はセイレーンのようなファルセット(高音)で島に招き入れるかのように見せて、いずれ自らを運命より開放させる言葉に変わる。
次に幻想的なトリップホップ「Pretty In Possible」、不思議な世界に引き込む「Bunny Is a Rider」、フラメンコ影響の「Sunset」と連なるラインは多彩で素晴らしい。
エレクトロポップアンセム「I Believe」と「Fly To You」も中盤の醍醐味で、神聖さまでも感じる「Billions」は彼女の島体験を締めるに最適なナンバーだ。キャロラインさんとDanny L Harleさんが中心になって紡ぎ上げた多彩で良質なプロダクションと、それらに息を吹き込むパフォーマンスは、ただ感嘆しか吐けないくらい特別に思える。
PAS TASTA『GOOD POP』
PAS TASTAは6人のエレクトロニカ・DJ/プロデューサーの集団だ。そこにピーナッツくんや崎山蒼志さん、Peterparker69など、さまざまなアーティストが参加した「集い」の場ということが、『GOOD POP』をより面白くさせる。
グリッチやノイズを多用したエレクトロポップ作品で、そのスタイルは音の使い方においての過剰さや過激さ、異様さをもとによく「ハイパーポップ」と呼ばれる。メロディーがだんだんと過激さを帯びていく「peanut phenomenon」や「river relief」は良い例だ。
もちろん「sunameri smoke」や「blanc benzo」のように定石的なダンスビートがより中心に出るものもあれば、「finger frame」はチルバイブスへと持っていく。
ハイパーポップスタイルは2010年代よりだんだんと基盤を拡大してきたが、その一人者であったSOPHIEさんの急逝などにより、その推進力は多少落ち着いた現状に思える。
そんな中でDJたちが集って人々を呼び集めたのは、その奇妙でポップな音の魔法を守り続けようとする儀式にも思えた。
Yves Tumor 『Praise a Lord Who Chews but Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』
Yves Tumorさんの実験的な音楽は苦痛の現れでも、悦楽の表現でもあった。例えば筆者にとって『Safe In The Hands Of Love』(2018)、中でも「Lifetime」はつい泣きそうになるくらい感情を徐々に揺さぶっていく作品だ。一方『Heaven To A Tortured Mind』(2020)は性的快楽をよりサイケデリック・ロックへの好奇心と共に表した。
一見難しそうに聞こえる音楽だが、そこから生じる感想を辿っていけばより高い刺激が楽しめる。そんな中で発表された今作は、ロックへの探究心により深く浸っていく。例えば、「Meteora Blues」で永遠のロックスター、Kurt Cobainさんが思い浮かぶのは偶然だろうか。「Parody」はPrinceさんらしきR&B式ファルセット(高音)ボーカルにエモーショナルなリフを積んでいく。
「God Is a Circle」や演奏曲「Purified by the Fire」で回す儀式的でノイジーなループはブラック/アフロミュージックとも連携させるし、「Ebony Eye」で弦楽的なシンセサイザーであげる高揚感はYvesさんが与えてくれてきた感動的な部分を補う。
近年の大衆音楽作品ではギターへの有意味な探究成果が再びやたらと現れてくる様子だ。彼の作業はその中で今年最も冴えて見えた結果だった。
JPEGMAFIA & Danny Brown 『SCARING THE HOES』
トラップ、ドリル、レイジなど……ヒップホップを巡る表現はだんだん過激になっている。そして本作『SCARING THE HOES』は、先言ったトレンドとはだいぶ離れたものの、今聴ける最も刺激的なラップアルバムに違いない。
ラッパーでプロデューサーのJPEGMAFIAさんがサンプラーを扱う力量が高点に至っていることと、ラッパーのDanny Brownさんの酔拳的なラップスキルが意外と上手く混ざり合った結果だ。JPEGMAFIAさん特有の前衛的で暴力的な音の圧力に負けず、独特なグルーブを再創造するDannyさんのラップは本作の価値において決定的な要素である。
例えば「SCARING THE HOES」でフリージャズらしきサンプルを使って恐怖心を湧かせたり、「Garbage Pale Kids」で日本のCMをリズムの素材にすると同時にギターストロークを組み込んで刺激を高める。
「Lean Beef Patty」や「Steppa Pig」「Fentanyl Tester」などでR&B曲を押しつぶしたり、逆に「Kingdom Hearts Key」で声優・坂本真綾さんの素材をドリーミーに取り扱う工夫も抑えておきたい。
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1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:10399)
잘 읽었습니다! 한국 분이 쓰셨다고하니 반갑네요