Tainy『DATA』
レゲトン、ムンバトンなどラテンダンスジャンルはポップミュージックの太い一脚を率いている。昨年度にはRosalíaさんの『MOTOMAMI』(2022)がレゲトンからさらにクラブ色を強めたネオぺレオを世界的に示して、K-POPにおいてもLE SSERAFIMが「ANTIFRAGILE」(2022)でそのムーブに反応した。
そんな中でプエルト・リコ出身のプロデューサー=Tainyさんの『DATA』は今年聞き入ったレゲトンアルバムだ。
すでにスーパースターのBad BunnyさんやJ Balvinさんのようなプレイヤーの参加もそうだが、Arcaさん、Skrillexさん、Four Tetさんなどエレクトロニカ/EDMフィールドの先駆的な人々をプロデューサー陣に招き入れたことが興味深い。
SF的なコンセプトを借用しているとはいえ、DJ Khaledさんのアルバムのようにジャンルフィールドのプレイヤーを総集めする目的の方が強い作品に思える。一貫した作風を弱点に捉えるか、均等にコントロールする強みに捉えるかは判断次第だが、シーンを眺める史料としては十分な価値を持っているように思える。
ちなみに同作には日本人プロデューサーのTOMOKO IDAさんが、カバーアートに描かれたアンドロイドのデザインには『攻殻機動隊』の美術監督を務めた小倉宏昌さんが参加している。
NewJeans『Get Up』
K-POPグループ・NewJeansのセカンドEP『Get Up』もデビューEP『New Jeans』(2022)に比肩するくらい商業的な成功をおさめた。しかもその間に「Ditto / OMG」という問題的なくらい高い波及力のダブルシングルがあったのにも関わらずだ。PinkPantheressさん風のガラージビートが羽のように軽めなシンセに乗って踊らせる「Super Shy」、軽量化したクラブチューンに抒情性を植え込む「ETA」、ボーカルの繊細な運用が冴える「Cool With You」は全て異なる脈絡で成就を果たした。
その過程においてパワーパフガールのライセンスを買ったり、AppleのiPhone 14 Proとコラボしたりするビジネス戦略もまたアグレッシブに行われ、NewJeansというチームの「ブランド」化をより加速させた。
そう、その「ブランド」化の成功と着手がNewJeansを「現象」のように仕立てるのであって、その一環としての『Get Up』を巡るコンテンツ、番組出演や公演などの活動は要記述すべきだ。
yeule『softscars』
ドリームポップが示す「夢」とは甘いものではない。それは逃避に近い。近来、DIY音楽界隈で再度起きているエモロック/ドリームポップ/シューゲイズ・ブームはインターネット・アーカイブによって呼び起こされたノスタルジーと精神疾患、孤立感、抑鬱を表現する道具として広まっている。日本のラッパー・Tohjiさんとの交流で国内でも知られるシンガポールのシンガーソングライター・yeuleさんは、前作『Glitch Princess』(2022)に次いで今作『softscars』でも攻撃的なポップミュージックを持ってきた。
前作がグリッチポップという陰惨で分節的な電子音楽を中心にしたとすると、今作ではギターの音が増したドリームポップの形を成している。
アートワークにおいて前作のサイボーグから、今作ではパンクファッションをまとったのも特記すべき事項だ。つまり人間という存在に回帰し、傷つくことを選んだのだ。
その過程でギターサウンドを選択することにどんな意味があるのだろうか。Parannoulさん、Asian Glowさんなど、特にアジア圏で可視的になっているこのブームにおいて、yeuleさんがあらゆる境界線の間で放つノイズには注意して聞き入る必要がありそうだ。
君島大空 『no public sounds』
インディー・フォークやロックサウンドを基盤に多彩なジャンルを試みるアーティスト・君島大空さん。君島さんは2023年、アルバムを2枚も発売した。どちらともフォークの抒情性/叙事性を担保にして他ジャンルへ行き来する術が素晴らしいが、2番目のアルバム『no public sounds』がより同時代的な問いにつながると思った。
「˖嵐₊˚ˑ༄ 」は作中で最も優れた曲である。抒情的なギターをチップチューンのシンセサイザーのように見せかけたり、テクノやハウスビート、ダブステップなどを取り入れて実質エレクトロニカ的に仕上げる作りが圧巻だ。他にも入り口と出口をロッキングに飾る「札」と「沈む体は空へ溢れて」も良いし、狂気めいたバラードで反応を集めた「c r a z y」と「16:28」なども特記すべき曲だ。
それらが集って本作は「良い」アルバムであり、同時に「重要な」アルバムにもなっている。SoundCloudのエラー表示を題名にとっただけで本当に「インターネット時代」の音楽を代表するかについては議論の余地があるかもしれない。しかし情報技術は、個人の作業がより速く・広く発散させる力を増した。
例えば森に引きこもったBon IverのJustin Vernonさんやパンデミックで田舎に戻ったBig ThiefのAdrianne Lenkerさんがアコスティック・ギターを手にとって歌った自然的情緒が世界に届いたのは、情報技術の産物だ。
無名だった韓国アーティストの空中泥棒さんが宅録を通し、自然の情緒と電子の技術を巧妙に積み上げた奇妙な音楽で徐々に知られていき、君島大空さんの音楽とも共鳴するようになったのも思い出される。
Sufjan Stevens 『Javelin』
『Javelin』は今に聞ける最も悲しくて美しい愛の歌だ。フォーキーな弾き語りを中心に室内楽的な演奏で飾りながら、感情を深くから揺らすような作品である。「Goodbye Evergreen」で「さようなら、常緑樹よ 僕が君を愛することを君は知っているはずさ」と演奏が高潮して繰り返されるところは、二度と会えない愛する人に送る最大限のエールだ。「Will Anybody Ever Love Me?」は題名から分かるようにより根本的に問いかける。誰が私を永遠に愛してくれるだろうか?
そんな問いがより重くのしかかるのは、本作がSufjan Stevensさんが亡くなった恋人を追慕するために作られたからである。
そして本作が発売される前に、彼は自身が難治病と闘っていることを大衆に明かした。それらは個人的な話だが、普遍的に誰にでも起こり得る出来事でもある。喪失の絶望から生まれた歌が、こんなにも暖かく私たちを包んでくれて良いのだろうか。
かすれた声で、しかし美しいメロディーで問いかけるその文句がだんだんコーラスと重なっていく光景には感動が響く。だから私は涙を堪えながらも希望を込めて本稿に句読点を打つ。
その他の必聴アルバム!
● SZA, 『SOS』, TDE, 2022.12.09 (USA, R&B)
● Lana Del Rey, 『Did you know that there's a tunnel under Ocean Blvd』, Polydor • Interscope, 2023.03.24 (USA, Folk)
● boygenius, 『the record』, Interscope, 2023.03.31 (USA, Rock)
● cero, 『e o』, KAKUBARHYTHM, 2023.05.24 (Japan, Pop)
● Beenzino, 『NOWITZKI』, BANA, 2023.07.03 (S. Korea, Hip Hop)
● Mitski, 『The Land Is Inhospitable and So Are We』, Dead Oceans, 2023.09.15 (USA, Rock)
● PinkPantheress, 『Heaven knows』, WARNER, 2023.11.10 (UK, Pop)
この記事どう思う?
1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:10399)
잘 읽었습니다! 한국 분이 쓰셨다고하니 반갑네요