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「神様になろうかな」の一言から始まった 戸田真琴×飯田エリカ、写真集を語る

「神様になろうかな」の一言から始まった 戸田真琴×飯田エリカ、写真集を語る

(C) para,inc & Iida Erika/Shufunotomo Infos Co.,Ltd. 2022

AV女優や文筆家として活躍する戸田真琴さんと少女写真家・飯田エリカさんによる写真集『神画』(こうが)の発売記念イベントが各所で行われた。

飯田エリカさんにとって、初のヌード作品となる『神画』。本稿では、同作刊行後、女性限定トークイベントやサイン会の後に行われた購入者限定のオンライントークイベントの模様をご紹介。

現在、東京都新宿区・Place Mにて同作の写真展が9月18日(日)まで開催中。

なお、今回提供されている写真4点は、写真集にも未掲載の本邦初公開のものとなる。

【写真】飯田エリカさんによる戸田真琴さんの写真をもっと観る

戸田真琴「神様になろうかな」

戸田真琴 最初に、この本ができた経緯からお話しましょうかね。

飯田エリカ まず、今回本を出させていただいた出版社(主婦の友インフォス)の編集の方とは以前からお仕事をさせていただいていたんです。

で、戸田さんがAV女優の引退を発表された頃、その編集さんから「飯田さんの撮るヌード作品が見たいし、飯田さんがヌード作品を撮るとしたら戸田さんなのでは」というお話をいただいて、今回の作品が出来あがりました。

戸田真琴 飯田さんと出会って5~6年経っていて、撮影もたくさんしてきたんですが、これまでは露出が多いと言ってもランジェリーカットくらいで、ガッツリ肌を撮ろうみたいなことはしてこなかったしね。そういうことを忘れているくらいの感覚で撮影していたから。

飯田エリカ そんな中、今回の作品も何を撮るかも完全に任せていただいたんですよね。何となくの発売時期くらいだけ決まっていて。

戸田真琴 で、その撮影より前に、私が監督・脚本をした映画『永遠が通り過ぎていく』の一般公開が始まっていたんです。 戸田真琴 私も登壇してゲストの方ともお話したりしていたんですが、その時、飯田さんが送迎をしてくれていて。そこで毎日話をするタイミングがあったんです。

そこで話していたのは「自分のつくるものが世の中に対してどういう役割を負えるんだろう」とか、「つくったものって他人に対して何かの装置だなって思っている」ということとか。

『永遠が通り過ぎていく』を観てくださった方の感想を見ると、映画の内容というよりそれに反射した自分の物語を語っていただけることが多くて「不思議な映画だな、もしかしてそういう役割を負っていたのかな」と思ったんです。

そういう中で、自分のつくったものが見た人の鏡になりたいよね、という話になって。それは今回の写真集の根底にも流れている部分だと思います。

飯田エリカ 確かに。

戸田真琴 で、映画の上映最終日が終わって、また飯田さんと話していた時に言ったんですよね。「神様になろうかな」って。それはあくまで自分にとってのもので、何の宗教にも依存しない、信じたい“何か”というか、概念というか……。見た人が自分を反射する鏡ということにニュアンスが近くて。

この世に“もしかしたらあるかも”と思っている、信じたいけれど誰も見たことがないものを「あるんだよ」って言えるものになりたいな、その依り代に自分がなれるのならなりたいなと……。大層な話に聞こえるかもしれないんですが、そう思ったんですよね。

元々「戸田真琴を見てほしい」という感情が希薄だったのに、さらに無くなっていて。戸田真琴という肉体は肌をさらすことに上限が無い活動の仕方をしている、ということは、表現できる“幅”がある気がしたんです。それを通して何ができるだろうと考えた時に、神様を目に見える形にする装置になったらいいな……と。いま、その思いを初めて言語化しているので、まとまりなくてすみません。

飯田エリカ 戸田さんといるときは一緒に何かをつくっていると感じることが多くて。被写体になってくれている人を撮っているというより、撮るべきものの目標があって、それに2人がどう向かっていけるかの作業に割く時間が多いというか……。

今回ヌードを撮るとなった時も、そもそもヌード作品とか肌を出して撮る作品に対して自分ができることって、ただその状況としてヌードを撮るだけだと違うのかな、と。今回は「I'm a Lover, not a Fighter.」(外部リンク)の2人にできる、2人なりの究極のLoverなのでは、と。

ずっと具体的なイメージはつかめないままだったんですが……。ただ、旅をしながら撮りたいとは思っていて。それは心を表すために。「ヌード」、「裸」ありのまま、というか、もっともっと時間を逆にしたいというか、さかのぼりたいというか……。

戸田さんが、「戸田真琴」というものを6年くらいやってきた中で、いろんな人からイメージが付いて、それを脱いだ姿まで撮れたら良いんじゃないかという話をしていたことを思い出しました。

戸田真琴 この作品では、私自身がヘアメイクやスタイリングもやっているんですが、いつの時代かわからない、過度なキャラクターづけをしない、ということを意識していたんです。なるべくプリミティブなものと言いますか。

今回は自己表現ではない、もっと人間の根幹みたいなものに向かっていくというか。ただの体として、ただの魂として、ただの命として、ただ存在しようと。言葉を持たない植物みたいな、海に転がっている貝殻みたいなものとしていたいな、と思いました。それは撮られている時も。

すごく不思議だったんですが、普段は虫とか得意じゃなかったんですが、この撮影の間は自然にあるものが何一つ自分と違わないと感じて。そこら辺を飛んでいる虫と自分は同等、それは葉っぱも土もそう。私の体も土とかと地続きで。それであらゆる自然のものに対して抵抗感がない状態だったんですよね。

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