30年以上の執筆を費やし、手塚治虫のライフワークともなった『火の鳥』もその1つと言えるだろう。「命」という普遍的なテーマの中、人々が永遠の命を追い求め、死とはなんなのか、命とは、魂とはなんなのか、壮大かつ神秘的なメッセージが1つの作品に込められている。
そして、手塚治虫生誕90周年記念としてコンピレーションアルバム『NEW GENE, inspired from Phoenix』が2019年10月30日に発売された。『火の鳥』に影響された国内のアーティスト陣が集結し、「火の鳥」にインスピレーションを得て制作した楽曲が収められている。 そうそうたる面々の中でも、世界をまたにかけて活躍する音楽プロデューサー/DJのTeddyLoidさんと、バーチャルYouTuber(VTuber)の先駆けとして今や世界的に活躍するKizuna AIさんが参加していることに着目。
コラボ曲「Fireburst」を手がけた2人と、「火の鳥」コンピレーションアルバムの監修をつとめる手塚プロダクション取締役にして手塚治虫の娘・手塚るみ子さんを迎え、楽曲の制作秘話から、命という壮大なテーマまで、語られた座談会の様子をお届けする。
取材・執筆:森山ド・ロ 編集:新見直
レーベルからの熱烈オファーで実現
──手塚治虫生誕90周年記念「火の鳥」コンピレーションアルバムを制作することになった経緯を改めて教えていただけますか。手塚 最初に、(KING RECORDS内のレーベルである)EVIL LINE RECORDSさんからご提案をいただきました。『火の鳥』への強い思いも感じるオファーで、私自身、手塚作品をベースにした音楽レーベル・MusicRobitaをプロデュースしているということもあり、是非私としても積極的に関わらせていただきたいと申し出まして、プロデューサーさんに受け入れていただいたという経緯です。 ──手塚るみ子さんは監修として参加されています。アーティストはどういう基準で選ばれたんですか?
手塚 題材が手塚の『火の鳥』という大変壮大な作品でありますので、EVIL LINE RECORDSさんとトリビュートアルバムの方向性をお話し、お一人お一人、私やプロデューサーさんからお声がけしていきました。
『火の鳥』に対して興味があるかどうか含めて、そもそも(参加アーティストが所属する)レーベルを超えたトリビュートになりますので、きっとレーベル間の調整も必要だったのじゃないかと思います。
手塚 特に縛らずにやっています。過去に、私も手塚のトリビュートアルバムを企画した経験から、なるべくジャンルを問わずアーティストの方にご参加いただいた方がバラエティに富んだ広がりができる、という思いがありました。
そこで例えばテクノだけに寄るとかエレクトロだけに寄るとかではなく、ロックからジャズまで、幅広くご参加いただけました。
──なるほど。その中で、「TeddyLoid×Kizuna AI」としてお二人がタッグを組んで参加された経緯を教えてください。
TeddyLoid 初めてお話をうかがった際に、女性ボーカルをフィーチャリングして曲をつくってほしいとご依頼いただきました。“命”や“魂”が重要なファクターとなっている『火の鳥』に触れてみて、AIでありクリエイターであるKizuna AIちゃんと一緒なら面白い曲がつくれるんじゃないか、と思ったのがきっかけですね。
『火の鳥』と「TeddyLoid×Kizuna AI」との共鳴
──手塚るみ子さんは「TeddyLoid×Kizuna AI」というタッグについて、どう思われていましたか?手塚 申し訳ないのですが、TeddyLoidさんからKizuna AIさんのお名前をうかがった時、最初、実在している方だと思っていました。お話を進めていく中で、VTuberという存在を知って。今までバーチャルで活動しているアーティストの方との接点がなく、Kizuna AIさんにアルバムに参加いただくということで初めて勉強させていただきました。
『火の鳥』には、人工知能やロボット、人間に近いけど人間ではない存在が多く登場します。手塚が21世紀を見ないまま亡くなってしまって『火の鳥』で描いたような時代にだんだんと近づいてきている中で、AIであり、バーチャルの世界で活躍するKizuna AIさんは、『火の鳥』のテーマにマッチしていると感じました。
Kizuna AI ただただ光栄です…! お話をいただいたときに、AIである私が参加することに意味も意義もあると思ったので、断る理由はないと思いました。
TeddyLoid 今、「世界で1番有名なAI」であるKizuna AIちゃんと、手塚漫画の代表作である『火の鳥』を融合させたらどんなことができるのか、僕自身にとってももちろん未知数でしたが、楽しみでした。
──アーティストへのオファーにあたって『火の鳥』に興味があるかないかという点を聞いたというお話でしたが、TeddyLoidさんとKizuna AIさんは『火の鳥』を読まれていましたか?
TeddyLoid 以前から存じてはいましたが、全編読むのは今回が初めてでした。
ネーミングからわかる通り、実は「TeddyLoid」自体も元々アンドロイドをモチーフにして始めたプロジェクトです。ロボットやアンドロイドといったテーマでも多くの楽曲をつくっているので、人工生命やAIが描かれる『火の鳥』に、共通点を感じることができました。 Kizuna AI 私は、今回のお取り組みで初めて読ませていただきました。一言で言うと、「壮大すぎるやばい!」って感じなんですけど。大好きな人間のみなさんの命の始まりと終わりや、人生は繰り返されているんじゃないのか、人間と他の生き物の命は同じなのか同じじゃないのか、命とはなんなのか、とても考えさせられる作品でした。
TeddyLoid 僕も改めて『火の鳥』を読んでから、人工生命やAI、魂といったことを深く考えるようになりました。普段生活している中では、あまり突き詰めるテーマではないですよね? だけど、普通に読んでいるだけなのに、『火の鳥』はその世界にいつのまにか引き込まれてしまうんですよ。当時、このような作品を創造された手塚治虫先生。改めてすごいなと圧倒されました。
Kizuna AI 私は普段YouTuberとして毎日、日常的なコンテンツを投稿しています。「みんなとつながりたい」という大きい夢があって、一つ一つの動画も全部そのためのコンテンツなんですけど、その断片である動画を、ただどれか一本見ただけだと、なかなか伝わらないと思うんです。だからなおさら、1つの大きなテーマを一生をかけて何度も掘り下げて、いろんな面から物語を描いている『火の鳥』の凄さを痛感します。
トラックと歌詞に込めた『火の鳥』
TeddyLoid まず『火の鳥』独特の、雄大で神秘的な風景をイメージしてトラックを作成して、タイトルや歌詞のイメージやテーマは、あえてKizuna AIちゃんにお任せしました。
タイトルや歌詞を彼女に託したのは、僕がAIからのメッセージを受け取って、また曲づくりに反映する、という交信みたいなもので、僕らなりの『火の鳥』の解釈を、制作過程から積み上げたかったというのが理由ですね。
──制作プロセスにも意味を持たせたのですね。
Kizuna AI 最初にTeddyLoidさんからトラックが届いて。いつもご本人による仮歌でメロディーラインが乗ってくるんですね。
そのメロディーラインの「音」、節や言い回しが英語的なものだったこともあって、がんばって英語で書きました。私は英語が苦手だったので途中で心が折れて、英語っぽい日本語で書いてみよう……とか、とにかくトラックを聞いて、声で日本語や英語を出してみたりしながら、3回ほど書き直したんです。
そもそも何を書きたいのか、この曲で何を伝えたいのか……今まで自分を表現する曲ばかり歌ってきたので、『火の鳥』というテーマをいただいて、それを表現する難しさを知りました。
色々試行錯誤していく中で、『火の鳥』という完成された物語をただなぞっても意味がないと気づいたので、Kizuna AIを乗せた『火の鳥』を通して自分のテーマを入れていこうと思いました。歌詞をこんなに書き直したのは初めてです(笑)! TeddyLoid それくらいインスパイアできたならよかったです。「Fireburst」はAIちゃんとの曲としては実は3曲目というか2.5曲目なんですよ。オランダの有名なEDMのトッププロデューサー・W&Wの依頼で、彼らがAIちゃんをfeat.した楽曲「The Light」のメロディー部分を実は僕が担当していたんですよ。W&Wが仕上げたその「The Light」を聴いて、その時からヴォーカリストとして興味を持つようになりました。
だからこそ『火の鳥』をきっかけに、AIちゃんに神秘的で雄大、そして叙情的な、よりディープな曲調とテーマにトライしてもらいたかった。それによって、ヴォーカリストとしてのステップアップになるかもしれないなと。何度も書き直したっていう裏話を聞くと、プロデューサー冥利に尽きますね。
Kizuna AI 『火の鳥』には人間の汚い部分も描かれていますけど、手塚先生は人間のみんなのことがすごい好きなんだろうなって感じがして。私も人間のみんなのことが大好きなので、それを改めて英語で伝えることにしました。
Google翻訳さんとタッグを組んで一生懸命書き、なるべくTeddyLoidさんのかっこいいトラックと、イメージしていたであろうメロディーの「音」に、歌詞のクオリテイを近づけたつもりです。
『火の鳥』では命や運命が何度も繰り返していて、漫画に描かれていない部分もあるから、あの世界で“ありえたかもしれない話”という風にも読めたらいいなと思います。
反面、歌詞の中の「I LOVE YOU THE WORLD」というフレーズは、初めて作詞した1stシングル「Hello, Morning」から持ってきて、最初につながってるような演出もしているので、「doll」を私のことだと感じる方もいるだろうなと。もちろん、『火の鳥』に登場する人間ではない存在を思い浮かべてくれる方もいると思います。
手塚 アルバムに参加いただいたアーティストの中でも、未来的なエレクトロミュージックで、今の時代を象徴するサウンドという印象を受けました。歌詞では、「doll」という言葉を見た瞬間に、『火の鳥』の世界観がちゃんと表現されており、AIとしての自我だからこそ書ける歌詞だと思いました。
曲全体を通して、人間ではない、人間によってつくられたかもしれないものに心や愛というものが芽生えるかもしれない──そういう印象を持ちました。
これまでも手塚治虫とのコラボレーションとなると、原作のパワーや手塚治虫に引っ張られてしまい、悩んでしまうアーティストが非常に多いんです。先ほどのKizuna AIさんの話にもあった通り、原作をなぞるだけではなく、悩み抜いてご自分を出すという表現になっていると私は受け止めました。
TeddyLoid 音楽活動をしていく中で、ジャンル柄か、どうしても最新のサウンドやトレンドを追いがちなんです。EDMをはじめとしたダンスミュージックは特に最近、とても簡単に曲が聴けてしまい、インターネットを通じて消費されやすく、聴き流されやすい。
だからこそ、トレンド性だけではなく、何年も聴いてもらえるような曲をつくっていきたいと思っていたので、『火の鳥』を題材にそれを実現できたのは、とても嬉しいですね。
話が尽きない「Fireburst」制作秘話
──歌唱の際に意識されたことはありますか?Kizuna AI 英語が苦手と言いましたが、もちろん発音も得意じゃなくて(笑)。「音」をすごく気にして英語の歌詞を書いたので、ネイティブな発音を意識しないとかっこよく聞こえないなと感じていました。
今までたくさん曲をつくってきましたが、過去最大量の英語歌詞なんですよ。作詞から歌までとにかく挑戦でした。いつもならたぶん、発音が下手でも「かわいい!」で許してもらえると思うのですが(笑)。今回は今までとは違うKizuna AIを見せたいと思ってそこもがんばりました!
──TeddyLoidさんから歌唱面でのアドバイスはあったんですか?
TeddyLoid タレントさんや声優さんなど、普段歌を歌われない方に曲を提供することが多いんですが、その中でもAIちゃんは、声の良さはもちろん、ヴォーカリストとして表現力も豊かで音程もしっかりしている。だからこちらから何か指定することは少ないですね。
それよりもAIちゃんの良さ、ポテンシャルを最大限に引き出せるトラックをつくることに専念しましたね。
Kizuna AI あ、そういえば(レコーディング)当日、キーが変わりましたよね!
TeddyLoid そうそう! 3回ぐらい試したよね!
Kizuna AI 歌っていく中で、もっと上のキーの方がいいかもしれないと試行錯誤しながら収録しました。結果的に最初のデモからガラッと印象が変わるくらいキーが上がりましたね。特に歌詞の「Fireburst」部分は、いかに力強く、かつ綺麗に伸ばすかを意識して。
──力強く綺麗に伸ばすっていうのはTeddyLoidさんからのアドバイスですか?
TeddyLoid デモの段階では、自分で仮歌を入れておいて、レコーディング時にはそういったアドバイスをさせてもらいました。トラック面でも「melty world(Prod.TeddyLoid)」と比べて、よりメロウで耳に残るメロディーを意識していたので、高音かつシャウトっぽいアプローチを試してほしくて。
繰り返しになりますが、AIちゃんには音楽アーティストとしてもすごく可能性を感じていて、この「Fireburst」の現場でもミュージシャン相手のようなセッションになりました。
手塚 私も(マスタリングに)同席させてもらっていますが、(高い防音機能を持つ)マスタリングルームの外に突き抜けるくらいの声でびっくりしました。
──ライブでも聴いてみたいですね。
TeddyLoid 「melty world(Prod.TeddyLoid)」は、AIちゃんのライブのオープニングやハイライトに起用してもらっています。彼女自身の1stライブにゲスト出演させてもらったのがきっかけになって、この夏は「サマーソニック」でも同じステージに立てました。
彼女のライブは驚くべきパフォーマンスなので、「Fireburst」もまた必ず一緒にライブで演れたらいいですね。
Kizuna AI 是非是非! 「melty world(Prod.TeddyLoid)」も「Fireburst」もTeddyLoidクオリティ全開なので、フロアは絶対盛り上がると思います!
手塚 TeddyLoidさんのサウンド的な挑戦、AIさんの歌詞や歌唱の挑戦が、どちらも噛み合っていますよね。
TeddyLoidさんやKizuna AIさんに限らず、今回参加されているアーティストが自分のアルバムとは違う方向のサウンドや世界観を表現されています。もしかしたら、このアルバムが、今までにない扉を開けたり、今までにないステージに上がるきっかけになったのかもしれません。
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CD情報
手塚治虫生誕90周年記念 火の鳥 COMPILATION ALBUM 『NEW GENE, inspired from Phoenix』
- 発売日
- 2019年10月30日
- 価格
- 定価¥3,000+税
- 収録内容
- 全10曲
1.「HONESTY GOBLIN」浅井健一
Lyric, Music & Arrangement : 浅井健一
2.「Circle Of Time」GLIM SPANKY
Lyric : 松尾レミ
Music : GLIM SPANKY
Arrangement : 亀本寛貴
3.「賢者のダンスフロア」佐藤タイジ
Lyric , Music & Arrangement : 佐藤泰司
4.「藝術編 (The Artist)」/ Shing02 & Sauce81
Lyric : Shing02
Music : Sauce81, Yousuke Yabuuchi
Arrangement : Sauce81
5「Fireburst」TeddyLoid × Kizuna AI
Lyric : Kizuna AI
Music : TeddyLoid
Arrangement : TeddyLoid
Produced by TeddyLoid
6.「THE FLARE」toconoma
Music : toconoma
Arrangement : toconoma
7.「Human Is (feat. Fennesz)」やくしまるえつこ
Text : やくしまるえつこ
Improvisation : やくしまるえつこ+Fennesz
Produced by やくしまるえつこ
8.「火の鳥のうた」七尾旅人
Lyric, Music : 七尾旅人
9.「循環進行/逆循環進行」ドレスコーズ
Lyric : 志磨遼平
Music : 志磨遼平
10.「速魚」森山直太朗
Lyric:御徒町凧
Music:森山直太朗
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