個人の趣味や嗜好について、好きなアーティストのコミュニティが形成されるのと同じように、TCGについても一定のファンコミュニティが形成されています。戦略や駆け引きを楽しむTCG/DCGで遊ぶと、頭や心に「何か良いこと」が起きていそうな気がします。実際のところ、ポジティブな効用は期待できるのでしょうか?
そこで、宮城学院女子大学で心理学の講義を行い、子どもの主体性・創造性を育むための教育や研究活動、カードゲームの心理的効用についての研究に取り組まれている西浦和樹教授にうかがいました。
TCGは、アニメやハイテク、ソーシャル機能など新しい娯楽メディアと連動したものが生み出されています。また、当初は無料でプレイできるものの、ゲーム進行に伴って「強さ」や「好み」に応じたカードを収集したくなるような「課金制度」が巧妙に仕掛けられ、商業的な意味合いが色濃く出てくる場合もあります。
本稿では、様々なTCGが流通する中で、メディア研究で行われているファン心理の研究に加えて、TCGの心理的効用にはどのような特徴があるのかを述べます。
ファン心理の研究からTCGを読み解く
ネガティブな風潮で語られることの多いゲーム研究ですが、ここではポジティブな心理的効用に焦点を当てて、TCGを読み解きます。「おたく」や「追っかけ」のような熱狂的な支持者に関する心理学研究は、ファン心理の研究として知られています(※1)。
ここでは、ファン心理の研究で語られる、「趣味や愛好家にみられる5つの心理的特徴」を紹介します。
日常生活に支障をきたすレベルでTCGに熱狂するのは問題がありますが、好きなことに取り組み、集中力を養うことができれば、勉強や仕事にも生かすことができるでしょう。
TCGのプレイレベルが高ければ、プレイヤーの知的好奇心がくすぐられ、プレイ中の感動体験を味わえます。過去の対戦経験を次の対戦に活かす、あるいは別のゲームや現実生活に活かせれば、周りの人々にも感動体験を与えることができるでしょう。
TCGのキャラクターとの距離が近くなればなるほど、感情移入しやすくなります。TCGのキャラクターに扮したコスプレでファンのイベントに参加するような場合は、そのキャラクターに近づきたいという変身願望を叶えようとしたのでしょう。
この心理特性を理解すれば、自分の未熟さや劣等感を克服することができますので、心の成長へと導くことができます。
この親和欲求を理解すれば、友達や家族など対人関係の距離感を良好に保つことができます。
このモノへの愛着に磨きをかければ、デザイナーとしてのセンス、クリエイティブなデザイン思考を磨くことにつながります。
以上のようにTCGユーザーのファン心理を読み解くと、趣味の世界に生きることは決して悪いことばかりでないことが理解できます。TCGの世界から、「集中力」「知的好奇心」「感動体験」「劣等感の克服」「デザイン思考」など、日常生活のヒントを得ることができるのです。
TCGプレイ中の心理的要素と心理的効用
では、TCGそのもののプレイ中に含まれる心理的要素に話題を移します。一般的なTCGには、「目標(勝利条件などの目標設定)」「ルール(カードの使い方などのゲーム戦略)」「他のプレイヤーとの関係(表情認知などの対人認知)」「逆転や勝利を生み出す戦略(状況に働きかけたり分析したりする状況的認知)」といった問題解決の要素が含まれています。
人はゲームのルールとカードの特性を理解し、勝利につながる要素を自ら学び、主体的に状況判断して問題解決を行います。その意味では、問題解決能力が養われます。
したがって、未熟な子どもであっても、多くのゲームに触れることによって、対人関係を疑似体験し、良好に保つ能力を磨くことができるでしょう。
TCGには、高度な認知能力が必要とされることも心理学実験で明らかにされています(※2)。
さて、TCGの「楽しみ」はどのようなところにあるのでしょうか。ゲームの内容やルールを熟知してくると、難しい局面を「戦術」を使って乗り越えることができるようになります。難局を乗り越えた成功体験の積み重ねが自信につながります。
ゲームであってもうまくいく場合ばかりではありませんので、何とか耐えながら成功のためのヒントを見つけ出す「戦術」を学習することにもつながります。
「戦術」にまで練られた高度な情報を収集・整理し、活用することには、高度な認知能力が必要とされます。「戦術」を操ることも「楽しみ」の一つでしょう。 他には、TCGは、カード自体にデザインやルールが工夫されているため、ゲームの強弱とは無関係に、自分の好きなキャラクターを集めるような本来のゲームの目標とは違った楽しみを求める収集家も現れます。
そのようなコミュニティを自分で探し、参加するには相当の事前準備が必要です。事前準備には、当然、壮大な収集計画を立て、計画を実行し、レアなカードが過不足なく手元に集まったかどうかを評価しなければなりません。
集まっていなければ収集計画の改善が必要です。子どもの好奇心を満たしながら、ビジネスセンスの基礎となる「計画」「収集(実践)」「評価」「改善」のPDCAサイクルを身につけることができるでしょう。
さらに、強いカードを収集するための資金を集め、勝利への強いこだわりによって、自己の欲求を満たそうとする人も現れます。
特に、携帯ゲームアプリは「没入感」が得られやすい反面、匿名性が高いので、プレイに熱中すると、自分の立場をついつい忘れがちになり、相手への共感や配慮に欠ける事態に陥りかねません。こうした「没個性化」への問題にも注意を払うことが必要です。
まとめ
本稿では、TCGプレイで期待できる心理的効用について、ファン心理およびゲームの心理的効用に着目して、TCGの持つポジティブな側面とネガティブな側面について解説しました。ファン心理については、熱中できるTCGが見つかれば、「劣等感の克服」や「デザイン思考の獲得」につながります。また、ゲームの心理的効用の点でも、「没個性化」への問題に注意を払えば、高度な認知的方略を操る能力を身に付けることができます。
TCGの心理的効用を理解し、精神的に豊かな生活を手に入れられることを期待しています。
写真:坂東樹 編集:長谷川賢人
大風望 2017 ファン態度・ファン行動の分類と個人の性格がファン心理に与える影響について 宮城学院女子大学卒業論文(未公刊)
※2:西浦和樹 2017 第3章 ゲーム利用教育の学習評価 藤本徹・森田裕介(編著) 教育工学選書Ⅱ ゲームと教育・学習 ミネルヴァ書房 Pp.58-78.
※その他
西浦和樹 2012 コラム8 創造的思考 宮谷真人・中條和光(編)心理学研究の新世紀:認知・学習の心理学 ミネルヴァ書房 Pp.423-427.
池田和浩・澤邉裕子・安井朱美・西浦和樹 2011 カードゲームを用いたブレインストーミング法による心理的ストレス低減効果の検証 山形大学紀要,17,21-33.
西浦和樹 2010 第6章 日常生活とこころの健康 加藤伸司・山口利勝(編著) 心理学理論と心理的支援 ミネルヴァ書房 Pp.134-148.
西浦和樹・田山淳 2009 ブレインストーミング法習得のためのカードゲーム開発及びルール学習効果の検討 日本教育工学会,33,177−180.
特集「人生を変えるカードゲームの魔力」
KAI-YOU.netが送る特集第一弾「人生を変えるカードゲームの魔力」では、様々な切り口から記事を更新予定です。特集の記事の一覧は特設ページから。続々更新していきますので、ご期待下さい。
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西浦和樹
教授、博士(心理学)、臨床発達心理士
宮城学院女子大学では、保育学生を対象に教育心理学や心理学実験、保育実習などの授業を担当。子どもの主体性・創造性を育むための教育・研究活動に従事し、カードゲームの心理的効用についての研究に取り組んでいる(JSPS科研費研究課題番号:26380942の助成を受けた研究成果報告の一部である)。
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