8月30日(火)フリースタイルMCバトルの大会「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」の第10回目が行われた。現在のMCバトルムーブメントの立役者ともいえる大会の舞台は、なんと日本武道館。
開催のたびにその規模を拡大させてきた本大会だが、MCバトルの大会を日本武道館で行うのは初。平日であることや日本武道館のキャパシティなど、客入りが心配されたが、蓋を開けてみたらチケットは瞬く間に完売。名実ともに国内最大のバトルイベントとなった。 今回は10回目の開催を記念して、従来の現役高校生ラッパー同士の対決ではなく、T-PablowさんやMCニガリa.k.a赤い稲妻さんといった、歴代の優勝者+視聴者投票で選ばれた総勢16名のラッパーたちによるオールスター戦として開催された。
YZERRさんはフリースタイルダンジョンでも活躍するT-Pablowさんの双子の弟。兄とは同じヒップホップクルー・BAD HOPのメンバーでもあり、ユニット・2WINも組んでいる。そして、第5回大会の覇者にも輝いている。
一方のRACKさんは、第3回から第7回まで、5大会連続を記録しているラッパー。第5回で念願の決勝進出を果たすものの、あと一歩のところでYEZRRさんに敗れている。 YEZRRさんは先手1ターン目から「なんだその格好 お前武道館と友達の家間違えたんじゃねーの?」というパンチラインを決める。それに対してRACKさんは「このTシャツ地元のクルーのなんやけどあんまりdisらんといてー」と面白いけど、やや濁すような形に。その点を「disり合うのがバトル」と戦闘態勢を崩さなかったYZERRさんが押し切った形となった。
なによりも印象に残ったのはYEZRRさんの明らかなスキルの上達だった。独自性の高いライムの内容や韻の固さに定評にあったYEZRRさんだが、これまではそれらを重視するあまりか、リズムキープに難があり、かつてその点をRACKさんに見事に攻撃されて危うい場面もあった。しかし、今回のYZERRさんはビートへのアプローチも完璧かつ、もともと強いライミングにさらに説得力が増していた。 兄のT-Pablowさんが「フリースタイルダンジョン」などの表舞台で活躍する一方、粛々と自分のスキルを磨きあげていたことが分かる一戦となった。
RACKさんは得意の高速ライミングを見せることもできず、審査員のMARIAさんは「RACKはこんなもんじゃないって知ってるから、もう一回(延長)あってほしかった」と言葉をこぼす場面もあった。
第9回大会の決勝は、これまで「高校生RAP選手権」が築き上げてきたものが表出したハイレベルな戦いとなっている。それだけ、このバトルの期待は大きいものがあり、観客の歓声も一際大きくなっていた。 韻を丁寧に畳み掛ける裂固さんに対して、LICK-Gさんは韻を韻で返すという高校生離れした技術でアンサー。しかしながらフロー的にやや聞き取りずらく、歓声では裂固さんにあがっていたものの、審査は延長に。第9回の決勝そのままな高度な応酬になっており、今大会初の延長の札を漢さんが上げることとなった。 延長戦では、LICK-Gさんが放ったライム「俺ならば ヒップホップ唯一残されたClassicの在校生 お前はリリックしときな再構成ッ!」で一気に会場を沸かす。現役高校生で数多の大会で好成績を収めるLICK-Gさんにしか出せない言葉だった。
対して烈固さんは切れ味の鋭い言葉を連続して出すことができず、審査員の鎮座DOPENESSさんは「(第9回に比べて)怖くなくなってた」と評。結果はLICK-Gさんの勝利だったが、大会随一のスキルを持つ両者のバトルの面白さは健在だった。
ビートはSOUL SCREAM「蜂と蝶」。じょうさんは1回戦で肩の力が抜けたのか、「フッドの街 背中を背負ってるんだよ(中略)夢を描いてるトムソーヤァァア!」「こいつは単なるボロ雑巾! 俺が遊戯でこいつが城之内イィィ!」と独自性の高いパンチラインを連発し、会場のボルテージを一気に上げる。
対するYZERRさんは「城之内」を連続で踏み返す「どの口 で言ってんだ 序の口 EI YO 今日は取りに来た じょうの首 地元で話せよ 今日の愚痴!」(個人的にはここでYZERRさんが『遊☆戯☆王』を知っているであろうことでアガった)。
完全に互角の勝負にもつれこんで延長へ。先行のYZERRさんは自身がすでに高校生ラッパーではなく、アーティストであることを般若やAK-69といった大御所の名を挙げることで論理的に説明する一方、じょうさんは「面白みのない」と一蹴。歌い上げるようなフロウに最後の「調子どうや グランドマスターこいつのケツの中にプラスチック爆弾!」で一気に勝利をもぎ取った。
共に「高校生RAP選手権」でプロップスを得たラッパーであり、この二人なくしては武道館でやるような大会にもなっていなかっただろうし、もしかしたら未だにMCバトルはヒップホップヘッズにしか見向きのされない、小さな地下文化に収まっていたかもしれない。「高校生RAP選手権」でもすでに戦ったこともあり、またチームを組んでバトルに出るなど、その親交も周知のMCニガリとT-Pablowさんだが、今回の戦いは予期せぬ方向へと動いていった。 まずは先手のT-Pablowさん。「フリースタイルダンジョンで曲やる約束して そのあとに2回飯食いに行って そのあと連絡もでねえ(中略)見た目おじいちゃん子で純情キャラ そういう嘘つくラッパー人生って順調かなあ?」と過去のバトルを引き合いに出し、楽屋裏話でニガリさんの裏側をえぐる。
これに対して、ニガリさんは露骨に怒りを示し、ビートに乗せてラップするというよりも、ふつうに言い合いに。ついには「こっち向けよ」とドスを効かせた声で睨みつける場面も。 ラップバトルというよりは、ガチな喧嘩の様相を見せた試合だったが、それも一般的なMCバトルではままある光景だ。時に暴力に発展する現場もある。しかし「高校生ラップ選手権」では異様に移ったのか、観客もやや困惑していた印象を受けた。
それを察知したのか、普段は時間の都合からも延長戦をなるべく止める役に回る司会の小籔さんが、率先して審査委員長の漢さんに延長を求めた。「2回ずつ優勝している二人が、裏でしゃべればいいようなことをして終わるってどういうことでしょうか?」と小籔さん。
延長戦では気をとりなおしたニガリさんだったが、やはりT-Pablowさんに的確すぎるdisの前に屈することに。詳しくは下記の記事にも書かれているが、ある種、現在のMCバトルの状況を象徴する出来事だった。
準決勝で言×THE ANSWERさんという強敵を倒し、勢いに乗るじょうさんは「T-Pablow 俺の目の前じゃかわいい ちび丸子ぉ!」と、これまでの「高校生RAP選手権」という文化をつくりあげ、多くの同世代のラッパーから恐れられるT-Pablowさんに考えもつかないような韻でいきなり攻撃。 T-Pablowさんは、今大会において「フリースタイルダンジョン」で見せるようなメロディアスなフロウは使わず、大会の客層を意識して聞き取りやすさを重視したライミングで丁寧に言葉を選んでdisを続ける。しかしそのテクニックによって、じょうさんの自由自在で派手なフロウが目立つ結果になってしまったようだった。得意の「勝利の女神」をモチーフにしたライムに対しても「女たらし」とあっさりとアンサーされてしまう。
結果は、審査員の満場一致でじょうさんの優勝となった。じょうさんの優勝者インタビューは下記をチェック。
現在、MCバトルという文化は、日本のラップ史から考えてもかつてない勢いで注目され、また進化を続けている。それは時に一過性の流行のようにも見られ、そうなった大きな要因として「高校生RAP選手権」の名前がマイナスの方向で挙げられることも多い。
しかし、「高校生RAP選手権」をきっかけに知名度をあげ、一人のヒップホップ・アーティストとして活躍するラッパーは今では少なくない。そのラッパーたちの一人一人の活躍は、決して流行などではなく、人生のすべてを賭けた戦いの結果によるものだろう。
第11回大会の開催も来春に予定されているが、あえて今回の第10回大会を過去出場者だけの特別編としたことは、一つの歴史の節目でもあると考えることができる。
若き才能が集うこの大会がどのように日本のラップシーンへと寄与していくのか、今後がさらに楽しみになる大会であったことは間違いない。
※記事初出時、一部表記に誤りがございましたのでお詫びして訂正いたします
写真提供:BSスカパー! BAZOOKA!!! 第10回高校生RAP選手権in日本武道館
開催のたびにその規模を拡大させてきた本大会だが、MCバトルの大会を日本武道館で行うのは初。平日であることや日本武道館のキャパシティなど、客入りが心配されたが、蓋を開けてみたらチケットは瞬く間に完売。名実ともに国内最大のバトルイベントとなった。 今回は10回目の開催を記念して、従来の現役高校生ラッパー同士の対決ではなく、T-PablowさんやMCニガリa.k.a赤い稲妻さんといった、歴代の優勝者+視聴者投票で選ばれた総勢16名のラッパーたちによるオールスター戦として開催された。
新時代を牽引するラッパーたちのベストバウトの数々
過去の大会を彩ってきた実力派・人気ラッパーたちが凌ぎを削り合っただけでに、数々の名勝負が生まれたが、ここではベストバウトを選出。YZERR vs RACK
一回戦Aブロックの第4試合。RACKさんの希望もあって、大会の歴史の中でも特に人気の高いバトルだった第5回決勝の再現が一回戦目から行われるという異例の勝負となった。YZERRさんはフリースタイルダンジョンでも活躍するT-Pablowさんの双子の弟。兄とは同じヒップホップクルー・BAD HOPのメンバーでもあり、ユニット・2WINも組んでいる。そして、第5回大会の覇者にも輝いている。
一方のRACKさんは、第3回から第7回まで、5大会連続を記録しているラッパー。第5回で念願の決勝進出を果たすものの、あと一歩のところでYEZRRさんに敗れている。 YEZRRさんは先手1ターン目から「なんだその格好 お前武道館と友達の家間違えたんじゃねーの?」というパンチラインを決める。それに対してRACKさんは「このTシャツ地元のクルーのなんやけどあんまりdisらんといてー」と面白いけど、やや濁すような形に。その点を「disり合うのがバトル」と戦闘態勢を崩さなかったYZERRさんが押し切った形となった。
なによりも印象に残ったのはYEZRRさんの明らかなスキルの上達だった。独自性の高いライムの内容や韻の固さに定評にあったYEZRRさんだが、これまではそれらを重視するあまりか、リズムキープに難があり、かつてその点をRACKさんに見事に攻撃されて危うい場面もあった。しかし、今回のYZERRさんはビートへのアプローチも完璧かつ、もともと強いライミングにさらに説得力が増していた。 兄のT-Pablowさんが「フリースタイルダンジョン」などの表舞台で活躍する一方、粛々と自分のスキルを磨きあげていたことが分かる一戦となった。
RACKさんは得意の高速ライミングを見せることもできず、審査員のMARIAさんは「RACKはこんなもんじゃないって知ってるから、もう一回(延長)あってほしかった」と言葉をこぼす場面もあった。
LICK-G vs 裂固
Bブロック第二試合。YZERR vs RACK戦に続き、第9回大会決勝戦の再現となっている。事前に放映された「BAZOOKA!!!」の特別番組では、トーナメントの組み合わせを決める時にLICK-Gさんが「一回戦で当たらないと裂固くんが負けちゃうじゃないかと思うんで」という理由から一回戦でのマッチを希望。第9回大会の決勝は、これまで「高校生RAP選手権」が築き上げてきたものが表出したハイレベルな戦いとなっている。それだけ、このバトルの期待は大きいものがあり、観客の歓声も一際大きくなっていた。 韻を丁寧に畳み掛ける裂固さんに対して、LICK-Gさんは韻を韻で返すという高校生離れした技術でアンサー。しかしながらフロー的にやや聞き取りずらく、歓声では裂固さんにあがっていたものの、審査は延長に。第9回の決勝そのままな高度な応酬になっており、今大会初の延長の札を漢さんが上げることとなった。 延長戦では、LICK-Gさんが放ったライム「俺ならば ヒップホップ唯一残されたClassicの在校生 お前はリリックしときな再構成ッ!」で一気に会場を沸かす。現役高校生で数多の大会で好成績を収めるLICK-Gさんにしか出せない言葉だった。
対して烈固さんは切れ味の鋭い言葉を連続して出すことができず、審査員の鎮座DOPENESSさんは「(第9回に比べて)怖くなくなってた」と評。結果はLICK-Gさんの勝利だったが、大会随一のスキルを持つ両者のバトルの面白さは健在だった。
じょう vs YZERR
第一回戦を勝ち上がった二人による一戦。じょうさんは第6回高校生ラップ選手権の2回戦で敗退。以降、特に目立った成績を残していなかった。対してYZERRさんは上述した通り、第5回の覇者だ。ビートはSOUL SCREAM「蜂と蝶」。じょうさんは1回戦で肩の力が抜けたのか、「フッドの街 背中を背負ってるんだよ(中略)夢を描いてるトムソーヤァァア!」「こいつは単なるボロ雑巾! 俺が遊戯でこいつが城之内イィィ!」と独自性の高いパンチラインを連発し、会場のボルテージを一気に上げる。
対するYZERRさんは「城之内」を連続で踏み返す「どの口 で言ってんだ 序の口 EI YO 今日は取りに来た じょうの首 地元で話せよ 今日の愚痴!」(個人的にはここでYZERRさんが『遊☆戯☆王』を知っているであろうことでアガった)。
完全に互角の勝負にもつれこんで延長へ。先行のYZERRさんは自身がすでに高校生ラッパーではなく、アーティストであることを般若やAK-69といった大御所の名を挙げることで論理的に説明する一方、じょうさんは「面白みのない」と一蹴。歌い上げるようなフロウに最後の「調子どうや グランドマスターこいつのケツの中にプラスチック爆弾!」で一気に勝利をもぎ取った。
T-Pablow vs MCニガリa.k.a赤い稲妻
第四試合。共に高校生ラップ選手権を2回優勝したことがある二人の一戦。同時に、今大会の優勝候補でもあり、この戦いで勝ったほうが優勝されるとも目されていた。共に「高校生RAP選手権」でプロップスを得たラッパーであり、この二人なくしては武道館でやるような大会にもなっていなかっただろうし、もしかしたら未だにMCバトルはヒップホップヘッズにしか見向きのされない、小さな地下文化に収まっていたかもしれない。「高校生RAP選手権」でもすでに戦ったこともあり、またチームを組んでバトルに出るなど、その親交も周知のMCニガリとT-Pablowさんだが、今回の戦いは予期せぬ方向へと動いていった。 まずは先手のT-Pablowさん。「フリースタイルダンジョンで曲やる約束して そのあとに2回飯食いに行って そのあと連絡もでねえ(中略)見た目おじいちゃん子で純情キャラ そういう嘘つくラッパー人生って順調かなあ?」と過去のバトルを引き合いに出し、楽屋裏話でニガリさんの裏側をえぐる。
これに対して、ニガリさんは露骨に怒りを示し、ビートに乗せてラップするというよりも、ふつうに言い合いに。ついには「こっち向けよ」とドスを効かせた声で睨みつける場面も。 ラップバトルというよりは、ガチな喧嘩の様相を見せた試合だったが、それも一般的なMCバトルではままある光景だ。時に暴力に発展する現場もある。しかし「高校生ラップ選手権」では異様に移ったのか、観客もやや困惑していた印象を受けた。
それを察知したのか、普段は時間の都合からも延長戦をなるべく止める役に回る司会の小籔さんが、率先して審査委員長の漢さんに延長を求めた。「2回ずつ優勝している二人が、裏でしゃべればいいようなことをして終わるってどういうことでしょうか?」と小籔さん。
延長戦では気をとりなおしたニガリさんだったが、やはりT-Pablowさんに的確すぎるdisの前に屈することに。詳しくは下記の記事にも書かれているが、ある種、現在のMCバトルの状況を象徴する出来事だった。
じょう vs T-PABLOW
第10回の決勝戦。完全なるダークホースとなったじょうさんと、優勝候補の筆頭・T-Pablowさんが優勝を争うことになった。これまの決勝戦にビートといえば、日本語ラップのクラシックが選ばれるのが大会の恒例だったが、今回はEMINEMの「lose your self」。準決勝で言×THE ANSWERさんという強敵を倒し、勢いに乗るじょうさんは「T-Pablow 俺の目の前じゃかわいい ちび丸子ぉ!」と、これまでの「高校生RAP選手権」という文化をつくりあげ、多くの同世代のラッパーから恐れられるT-Pablowさんに考えもつかないような韻でいきなり攻撃。 T-Pablowさんは、今大会において「フリースタイルダンジョン」で見せるようなメロディアスなフロウは使わず、大会の客層を意識して聞き取りやすさを重視したライミングで丁寧に言葉を選んでdisを続ける。しかしそのテクニックによって、じょうさんの自由自在で派手なフロウが目立つ結果になってしまったようだった。得意の「勝利の女神」をモチーフにしたライムに対しても「女たらし」とあっさりとアンサーされてしまう。
結果は、審査員の満場一致でじょうさんの優勝となった。じょうさんの優勝者インタビューは下記をチェック。
「ヒップホップは流行じゃない、生き方だ」
2012年から続く「高校生RAP選手権」。これまでヒップホップに関心がなかった人も多く巻き込み、「高校生RAP選手権」に出場することを目的にラップをはじめる若いファンも多く存在しているという。現在、MCバトルという文化は、日本のラップ史から考えてもかつてない勢いで注目され、また進化を続けている。それは時に一過性の流行のようにも見られ、そうなった大きな要因として「高校生RAP選手権」の名前がマイナスの方向で挙げられることも多い。
しかし、「高校生RAP選手権」をきっかけに知名度をあげ、一人のヒップホップ・アーティストとして活躍するラッパーは今では少なくない。そのラッパーたちの一人一人の活躍は、決して流行などではなく、人生のすべてを賭けた戦いの結果によるものだろう。
第11回大会の開催も来春に予定されているが、あえて今回の第10回大会を過去出場者だけの特別編としたことは、一つの歴史の節目でもあると考えることができる。
若き才能が集うこの大会がどのように日本のラップシーンへと寄与していくのか、今後がさらに楽しみになる大会であったことは間違いない。
※記事初出時、一部表記に誤りがございましたのでお詫びして訂正いたします
写真提供:BSスカパー! BAZOOKA!!! 第10回高校生RAP選手権in日本武道館
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1件のコメント
怪しいものでは有馬先生
第5回に延長ってありましたか?
7かいでは?