チケット完売、満員御礼と、これまでのヒップホップ史上から見ても類を見ない盛り上がりを見せたMCバトルの大会「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権第10回大会」。
中高生の夏休み終盤である8月30日に東京・日本武道館で開催された本大会は、これまでの歴代チャンプのほか、投票で選ばれたラッパーが出場する、いわばオールスター戦とも言える、10回の節目にふさわしい面々が熾烈な戦いを繰り広げ、幕を閉じた。 「高校生ラップ選手権」といえば、エネルギッシュで若々しい高校生たちが熱意をラップにしてぶちまけ、戦いながらも、時に「友情」や「努力」といった要素を感じるほどの、「少年ジャンプ」顔負けのアツいバトルを繰り広げることでも知られている。
しかし今回の第10回では、1戦だけ、これまでの大会では見られなかった、MCの小籔千豊さんが声を荒げるほど、異様な空気に包まれた試合があった。
ヒップホップやMCバトルが好きな立場から見るといたって普通の試合が、なぜ異様とされたのか?
K-九の名前で第1回目で優勝し、復活を遂げた第4回でも優勝したT-Pablow。現在は「フリースタイルダンジョン」でチャレンジャーを迎え撃つモンスターとして、数々の凄腕ラッパーを打ち倒し、めざましい成長を見せている。
一方のニガリは、第6回、第7回と大会史上初となる2連覇を遂げた唯一のラッパー。「UMB」初参戦で、見事2014年度の東京予選代表の座を勝ち取るなど、その実力は折り紙つき。
2人は「第4回高校生ラップ選手権」「フリースタイルダンジョン」でも一戦交えており、どちらもT-Pablowがニガリを下している。また、5月の「戦極MCBATTLE第14章×AsONE」ではお互いにタッグを組み、チーム・バズーカとして大会に出場しているほど、2人の関係性は深い。
2人の姿を追っているファンからすると、どちらも大人のラッパーが出る大会でもしっかりと実績を残している大人顔負けのスキルを持つ者同士であり、「高校生ラップ選手権」では2回ずつ優勝している者同士の戦い。互いに切磋琢磨するちょっとしたライバル関係でもある2人の戦いには、この日最大の歓声が上がるほどの相当な注目が集まっていた。
先攻はT-Pablow。 「フリースタイルダンジョンで曲やる約束して、その後2回飯食いに行って、なぁ、その後連絡もでねぇ、色んな人のことバックれて、そんなお前にねぇんだよ優勝なら、つきつけてる銃口なら、見た目おじいちゃん子で純情キャラ? こいつ嘘つくラッパー人生って順調かな?」(T-Pablow 先攻)
と、ニガリとのプライベートで起きた気持ちの行き違いを想像させるバースから入ったT-Pablow。
『フリースタイルダンジョン』での約束といえば、今年3月に放送されたREC-6での2人の戦いが思い出される。自分のアルバムを出すといったニガリに対して、「俺のこと呼んでくれ、一緒に曲やろうぜ!」と返すT-Pablow。
それに対し、ニガリは「一緒に曲やろうぜ、でも絶対これ嘘はつかないでくれ、頼むぜ、早く飲みに連れて行ってくれ、俺はそれが楽しみにしてたのに年が明けたぜ、今年は嘘はつかずやってくれ」と、T-Pablowが嘘つきであると突き返すと同時に、一緒に楽曲で共演する約束をしていたのだ。
つまり、今回のラップ選手権でのT-Pablowのバースは、ZeebraさんがTwitterで指摘しているように、ダンジョンでニガリにやられたことをそのまま返したとも言える。
しかし、続くニガリのバースで事態は急変した。 「全然順調ではねぇ まだ上手くいかねぇ事ばっか でもお前の言葉がそんな事並べんなら裏で言ってくれればよかったのに嘘つきどっちかな? 本当に こんなやつほっとけよマジで 勘弁してくれ そういうところは楽屋ではこのWACKバカ」(ニガリ 後攻)
「一切嘘はつかねぇ お前の目だけ見てやるぜ こっち向けよ」(ニガリ 後攻2回目)
言葉ではなかなかそのニュアンスが伝わりづらいと思うが、「嘘つきどっちかな?」と声を荒げたのち、間を置いて話し言葉のように「本当に」「こんなやつほっとけよマジで」と怒りを露わにし、その後の2バース目では目を逸らしたT-Pablowに「こっち向けよ」とガンを飛ばすかのように言い放つ、いつもと明らかに違うニガリの姿に、会場はざわついた。
そして、誰よりもざわつき、この試合に異議を唱えたのが、メインMCの小籔さんだった。
「中身がわけわからへんすぎた」「私怨が入りすぎていて、韻もくそも(ない)」「2回ずつ優勝してる2人が、裏でしゃべったらええようなことを言い合っておわる、なんじゃそら!」と異議を唱え、審査委員長の漢さんに「なぜ、もう1回札(延長戦)をあげないのか?」とまで訴えた。結果的に漢さんは「こういう戦いもヒップホップのリアルで良いと思う」と認めながらも、もう1回札をあげることとなった。
若々しい高校生たちが熱い思いをぶちまけながらも、バトル終了後は「握手する」「LINE交換する」とされているくらい、バチバチに戦いながらも、最後には友情が芽生えるという、「努力」「友情」「勝利」という、心突き動かす3大要素が備わっている、他のMCバトルにはない特殊な大会。
「高校生ラップ選手権」がここまで一般層に広がったのも、この、高校生同士の友情ドラマに魅了されていた人が多いのも要因だろう。
しかし、そんな「高校生ラップ選手権」で起きた今回のT-Pablow vs ニガリ戦は、これまでの「高校生ラップ選手権」であったどんな戦いすらも超える、スリリングな戦い。今にも喧嘩が始まりそうな、見ている側からすると、握手はありえないし、友情という文字も見えない。いうならば、突然目の前で喧嘩が起きそうになってあたふたしてしまう戦いだった。
「魂の甲子園」と打ち出す「高校生ラップ選手権」で目の前で喧嘩が起きてしまう状況は普通ではなく、小籔さんの反応はいたって普通の反応だったと思う。とはいえ、MCバトル好きからすると、こうしたラッパーの本気やリアルを感じられる戦いこそがMCバトルの醍醐味であるのもたしか。
T-Pablow vs ニガリ戦は、ヒップホップヘッズの楽しみ方と、そうではない人たちの楽しみ方の違いが明るみになる象徴的な一戦だった。会場も盛り上がる観客と不安そうな表情を浮かべる観客の2つに分かれ、小籔さんの反応は、大会終了後、MCバトル関係者やヒップホップヘッズから疑問視されることへとつながった。
小籔さんはどのような気持ちでこの試合を見ていたのだろうか? 大会終了後の囲み取材で、小籔さんは「高校生ラップ選手権」についてこう語っている。
武道館地下に現れた小籔さんは、そのまま静かに言葉を続ける。
「今日はちょっとそれを超えるようなことがあったり。僕は素人なんで、「あっ」って一瞬びっくりしたんですけど。それも含めてMCバトルで、僕はすごい心配したんですけど、その後、2人がね、握手してたのを見てね、ラップバトルってチャラい、かっこつけてるって言う人もおるかしれないけど、すごいいいもんやと改めて思いましたね」 実は延長戦終了後、小籔さんが「握手するかどうかは2人に任せる」と言っていた中、T-Pablowさんから手を差し伸べ、最終的には握手で終わっていた。「2回優勝している2人の戦いといった感じではない」と興奮していた小籔さんも、2人が握手している姿を見て、心が洗われた部分があったようだった。
今や地上波での放送や武道館で開催されるまでに広がったMCバトル。ましてや武道館で行うとなると、当然ながら、今までのヘッズだけではなく、老若男女、さまざまな目線で楽しまれることになる。
今回の出来事は、それだけMCバトルがさまざまな層に広がり、大きく成長していると感じさせられる一方で、現在のエンタメ化したMCバトルが抱える問題でもあるかもしれない。
写真提供:BSスカパー! BAZOOKA!!! 第10回高校生RAP選手権in日本武道館
※記事初出時、一部表記に誤りがございましたのでお詫びして訂正いたします
中高生の夏休み終盤である8月30日に東京・日本武道館で開催された本大会は、これまでの歴代チャンプのほか、投票で選ばれたラッパーが出場する、いわばオールスター戦とも言える、10回の節目にふさわしい面々が熾烈な戦いを繰り広げ、幕を閉じた。 「高校生ラップ選手権」といえば、エネルギッシュで若々しい高校生たちが熱意をラップにしてぶちまけ、戦いながらも、時に「友情」や「努力」といった要素を感じるほどの、「少年ジャンプ」顔負けのアツいバトルを繰り広げることでも知られている。
しかし今回の第10回では、1戦だけ、これまでの大会では見られなかった、MCの小籔千豊さんが声を荒げるほど、異様な空気に包まれた試合があった。
ヒップホップやMCバトルが好きな立場から見るといたって普通の試合が、なぜ異様とされたのか?
2回ずつ優勝している実力者同士の戦い
問題となった試合は、Bブロック第2試合、T-Pablow vs MCニガリ☆赤い稲妻戦。K-九の名前で第1回目で優勝し、復活を遂げた第4回でも優勝したT-Pablow。現在は「フリースタイルダンジョン」でチャレンジャーを迎え撃つモンスターとして、数々の凄腕ラッパーを打ち倒し、めざましい成長を見せている。
一方のニガリは、第6回、第7回と大会史上初となる2連覇を遂げた唯一のラッパー。「UMB」初参戦で、見事2014年度の東京予選代表の座を勝ち取るなど、その実力は折り紙つき。
2人は「第4回高校生ラップ選手権」「フリースタイルダンジョン」でも一戦交えており、どちらもT-Pablowがニガリを下している。また、5月の「戦極MCBATTLE第14章×AsONE」ではお互いにタッグを組み、チーム・バズーカとして大会に出場しているほど、2人の関係性は深い。
2人の姿を追っているファンからすると、どちらも大人のラッパーが出る大会でもしっかりと実績を残している大人顔負けのスキルを持つ者同士であり、「高校生ラップ選手権」では2回ずつ優勝している者同士の戦い。互いに切磋琢磨するちょっとしたライバル関係でもある2人の戦いには、この日最大の歓声が上がるほどの相当な注目が集まっていた。
プライベートで起きた2人の溝
こうして始まったT-Pablow vs ニガリの戦い。先攻はT-Pablow。 「フリースタイルダンジョンで曲やる約束して、その後2回飯食いに行って、なぁ、その後連絡もでねぇ、色んな人のことバックれて、そんなお前にねぇんだよ優勝なら、つきつけてる銃口なら、見た目おじいちゃん子で純情キャラ? こいつ嘘つくラッパー人生って順調かな?」(T-Pablow 先攻)
と、ニガリとのプライベートで起きた気持ちの行き違いを想像させるバースから入ったT-Pablow。
『フリースタイルダンジョン』での約束といえば、今年3月に放送されたREC-6での2人の戦いが思い出される。自分のアルバムを出すといったニガリに対して、「俺のこと呼んでくれ、一緒に曲やろうぜ!」と返すT-Pablow。
それに対し、ニガリは「一緒に曲やろうぜ、でも絶対これ嘘はつかないでくれ、頼むぜ、早く飲みに連れて行ってくれ、俺はそれが楽しみにしてたのに年が明けたぜ、今年は嘘はつかずやってくれ」と、T-Pablowが嘘つきであると突き返すと同時に、一緒に楽曲で共演する約束をしていたのだ。
つまり、今回のラップ選手権でのT-Pablowのバースは、ZeebraさんがTwitterで指摘しているように、ダンジョンでニガリにやられたことをそのまま返したとも言える。
しかし、続くニガリのバースで事態は急変した。 「全然順調ではねぇ まだ上手くいかねぇ事ばっか でもお前の言葉がそんな事並べんなら裏で言ってくれればよかったのに嘘つきどっちかな? 本当に こんなやつほっとけよマジで 勘弁してくれ そういうところは楽屋ではこのWACKバカ」(ニガリ 後攻)
「一切嘘はつかねぇ お前の目だけ見てやるぜ こっち向けよ」(ニガリ 後攻2回目)
言葉ではなかなかそのニュアンスが伝わりづらいと思うが、「嘘つきどっちかな?」と声を荒げたのち、間を置いて話し言葉のように「本当に」「こんなやつほっとけよマジで」と怒りを露わにし、その後の2バース目では目を逸らしたT-Pablowに「こっち向けよ」とガンを飛ばすかのように言い放つ、いつもと明らかに違うニガリの姿に、会場はざわついた。
そして、誰よりもざわつき、この試合に異議を唱えたのが、メインMCの小籔さんだった。
「中身がわけわからへんすぎた」「私怨が入りすぎていて、韻もくそも(ない)」「2回ずつ優勝してる2人が、裏でしゃべったらええようなことを言い合っておわる、なんじゃそら!」と異議を唱え、審査委員長の漢さんに「なぜ、もう1回札(延長戦)をあげないのか?」とまで訴えた。結果的に漢さんは「こういう戦いもヒップホップのリアルで良いと思う」と認めながらも、もう1回札をあげることとなった。
MCバトルの楽しみ方の違い
「高校生ラップ選手権」は、「BAZOOKA!!!」というスカパー!のバラエティ番組から生まれた企画だ。若々しい高校生たちが熱い思いをぶちまけながらも、バトル終了後は「握手する」「LINE交換する」とされているくらい、バチバチに戦いながらも、最後には友情が芽生えるという、「努力」「友情」「勝利」という、心突き動かす3大要素が備わっている、他のMCバトルにはない特殊な大会。
「高校生ラップ選手権」がここまで一般層に広がったのも、この、高校生同士の友情ドラマに魅了されていた人が多いのも要因だろう。
しかし、そんな「高校生ラップ選手権」で起きた今回のT-Pablow vs ニガリ戦は、これまでの「高校生ラップ選手権」であったどんな戦いすらも超える、スリリングな戦い。今にも喧嘩が始まりそうな、見ている側からすると、握手はありえないし、友情という文字も見えない。いうならば、突然目の前で喧嘩が起きそうになってあたふたしてしまう戦いだった。
「魂の甲子園」と打ち出す「高校生ラップ選手権」で目の前で喧嘩が起きてしまう状況は普通ではなく、小籔さんの反応はいたって普通の反応だったと思う。とはいえ、MCバトル好きからすると、こうしたラッパーの本気やリアルを感じられる戦いこそがMCバトルの醍醐味であるのもたしか。
T-Pablow vs ニガリ戦は、ヒップホップヘッズの楽しみ方と、そうではない人たちの楽しみ方の違いが明るみになる象徴的な一戦だった。会場も盛り上がる観客と不安そうな表情を浮かべる観客の2つに分かれ、小籔さんの反応は、大会終了後、MCバトル関係者やヒップホップヘッズから疑問視されることへとつながった。
小籔さんはどのような気持ちでこの試合を見ていたのだろうか? 大会終了後の囲み取材で、小籔さんは「高校生ラップ選手権」についてこう語っている。
「胸が痛くなった」ラップ選手権を見続けてきた男の心境
「最初の1回目の時にすごいバトルを高校生がしているのを見て、胸が痛くなったんですよね。子供がいてましたから。うちの子がどっちかやったら嫌やなって。バトルとは、もともとは抗争をなくすために、殺し合いをなくすために始まったものであって、ある意味平和的なものだと後で知ったんですけど、『握手し、君らケンカなんてしたらあかん』みたいな思いはあって、(バトル終了後に)みんなきっちり握手してくれて」武道館地下に現れた小籔さんは、そのまま静かに言葉を続ける。
「今日はちょっとそれを超えるようなことがあったり。僕は素人なんで、「あっ」って一瞬びっくりしたんですけど。それも含めてMCバトルで、僕はすごい心配したんですけど、その後、2人がね、握手してたのを見てね、ラップバトルってチャラい、かっこつけてるって言う人もおるかしれないけど、すごいいいもんやと改めて思いましたね」 実は延長戦終了後、小籔さんが「握手するかどうかは2人に任せる」と言っていた中、T-Pablowさんから手を差し伸べ、最終的には握手で終わっていた。「2回優勝している2人の戦いといった感じではない」と興奮していた小籔さんも、2人が握手している姿を見て、心が洗われた部分があったようだった。
今や地上波での放送や武道館で開催されるまでに広がったMCバトル。ましてや武道館で行うとなると、当然ながら、今までのヘッズだけではなく、老若男女、さまざまな目線で楽しまれることになる。
今回の出来事は、それだけMCバトルがさまざまな層に広がり、大きく成長していると感じさせられる一方で、現在のエンタメ化したMCバトルが抱える問題でもあるかもしれない。
写真提供:BSスカパー! BAZOOKA!!! 第10回高校生RAP選手権in日本武道館
※記事初出時、一部表記に誤りがございましたのでお詫びして訂正いたします
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イベント情報
BSスカパー! BAZOOKA!!! 第10回高校生RAP選手権in日本武道館
- 放送日
- 9月26日(月)21時〜0時
- チャンネル
- BSスカパー!BS241、プレミアムサービス585
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連載
8月30日(火)に日本武道館で開催されるMCバトルの大会「BSスカパー! BAZOOKA!!! 第10回高校生RAP選手権in日本武道館」。 記念すべき第10回として、特別に歴代チャンピオンと視聴者からの人気投票で選ばれた16名のオールスター戦が行われる本大会の情報をお届けする。
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