稲見昌彦 東大教授VRインタビュー 先端技術は世界をどう変えるか?

人機一体は恐ろしい? コンピュータと二人三脚の未来

━━『スーパーヒューマン誕生!』の中で、稲見先生は人と機械が一体となった“人機一体”を提唱しています。例えば、「Google IME」といったIME(Input Method Editor/日本語入力システム)による予測変換を、機械が人をサポートしてくれる“人機一体”の好例として挙げています。

一方で、コンピュータに自分の欲望が先取りされて、自分が書きたいことをコンピュータが書く、ということに恐怖を感じる人もいると思います。「自分がコンピュータにハックされてしまったのではないか?」と。


稲見 「ケータイ小説」が慶應義塾大学 環境情報学部の増井俊之教授との合作だという考え方があります。なぜかというと、ケータイ小説はその大部分が予測変換によって書かれていると言われていて、増井先生は「POBox」という日本語予測変換入力の発明者なんです。 

増井先生はiPhoneの日本語入力システムも開発していて、予測変換のおかげで「ケータイ小説」の多くの文章が出来ている。作家本人の意思により文章が完成したのか、実は予測変換の候補によって文章が誘導されたか明確に区別することは難しい。だから、ケータイ小説は増井先生との共著だという(笑)。 

 これは笑い話ですが、表現というものをどう捉えるのか? というところは難しいです。 ━━今年3月には、人工知能が執筆した小説が文学賞「星新一賞」の一次審査を通過したという話もありましたね。技術に下支えされた表現をどう評価するかというのは難しいですし、「機械が主で人間が従」という感覚に恐怖を感じることもあるかと…。

稲見 機械を使いこなせばいいんじゃないんですか。だって、Excelを使って計算しても、それはExcelを使った人の仕事です。予測的なところでいうと、車を運転するときに前の車について走っていると楽ですよね。なぜなら、前を走っている車というのは自分の未来のサンプルなんです。だから、それに近いことがほかの作業でも起きているだけなんです。
IBM Cognitive Cooking at L'Effervescence - 未来を味わおう。-
 本当に何もない場合は自分の足で進む必要がありますが、その時にレコメンデーション(オススメ)を出してくれると楽かもしれない。近い例としては、IBMの人工知能(コグニティブ・テクノロジー)「ワトソン」を使った「コグニティブ・キッチン」という面白い試みがあります。

既存の料理レシピのデータベースをワトソンが読み込んで、過去に組み合わされたことはないけれど、美味しいであろう食材や調理法をレコメンドしてくる。それをシェフが見て「これは美味しくなりそうだ」と思ったものを料理して出してみるというものです。実際に東京でこのイベントが行われたこともありました。

 ほかにも、コンピュータがアドバイスをくれる「アドバンスト・チェス」など、コンピュータと人が二人三脚でやっていくことで、結果的に人間も学んで一緒に成長していくことができる。それが、人馬一体のアナロジー(類比)としての“人機一体”という考え方です。

 そもそも人馬一体という時、馬は自動操縦システムが付いたNatural Intelligence(自然知能)です。馬は、傷ついたカウボーイを背負っておのずと自宅に帰ってくれたりする(笑)。こんなハイテクな馬を、かつてはモンゴルの遊牧民のように特別な技能を持った人しか乗りこなせなかった。

しかし、馬具をつけることで多くの人が使いこなせるようになった。だから、今後、AIの研究が進んでいくと、人機一体を実現するために必要な馬具のような道具、つまりインターフェースが必要になってくるはずです。私はそういった発想から、AIのAritificial(人工)をAugmented(拡張)に変えていくアプローチをしていこうと考えています。

VRで現実に戻ってこれなくなる?

━━AIについて、示唆に富んだお話で非常に興味深かったです。話をVRに戻しますと、これまで主にゲームに対して、「没頭し過ぎると、ゲームの世界から現実に戻って来られなくなる」といった批判がありました。こうした批判は基本的に一笑に付されてきましたが、VRの場合、逆説的に「戻って来られないくらいの実質的現実感をつくる」ことができなければ、普及しないとも考えられます。

稲見 VRが現実の世界に代わるもうひとつの世界となるのは、VRの中で価値を創造できるようになった時だと思います。つまり、オンライントレードというのはほとんどVRの世界です。しかし、リアリティのないバーチャルな世界でも、実際に富を得ている人がいる。

ほかにも、「pixiv」やオンライン上のさまざまなWebメディアを軸として、ネット上で価値を創造して対価を得ています。その対価がリアルキャッシュである必要もなく、ビットコインといった仮想通貨でもいい。

また、自分が面白い小説を書いて提供する代わりに、相手からは自分が読みたい記事をもらう、といったような物々交換でもいいわけです。今はたまたま、価値を交換する媒介が通貨と呼ばれているだけ。そうした価値を大規模にVR空間で創造しようとしたのが『Second Life』でしたが、少し早すぎたのでしょうね。

『Second Life』スクリーンショット

━━確かに、『Second Life』内の通貨「リンデンドル」はリアルキャッシュに換金することが出来ました。「Second Life、再び」ではないですが、VRの中で経済を回していく、価値を見出してくという動きは今後加速していくのでしょうか?

稲見 インターネットが発達したのも、パソコンを使って、そこで価値の創造が出来るようになってから。消費するしかない時点では、まだまだダメです。VRを使って価値を創造することが出来て、その価値を交換できるようになった時、そこにコミュニティが生まれて、生活出来るようになる。そこで、初めて世界が出来上がってくるのです。

 現実世界で、我々は複数の顔を持っています。例えば、トンカツを食べるときも、我々は豚を飼育するというリアルをなかなか知らない。それは我々が住んでいる世界をうまく切り分けて分業し、価値を交換し合っているから。VRの中で価値が創造されたら、その価値を交換すべき対象のひとつとして現実世界がある、ということになるでしょう。

 VRの良いところには、やはり「自分も変身することができる」ということ。現実世界の自分がどんな状況でどこに住んでいようと、どんな健康状態だったとしても、自分のやりたいように世界との接点を持つことができる。体や場所、心によって拘束をされない時代になるということです。

すでに、Twitterなどでハンドルネームを使い分ける人がいるように、別々の人格をそれぞれ別のコミュニティに出していく。それは逆に、人生をいろんなやり方で体験できるということでもある。あるコミュニティで上手くいかなかったら、そのアカウントは消してしまってもいい。

 あまり良くない例かもしれませんが、今、現実世界で失敗すると「来世に期待」と言って、現実から消えてしまう人もいますよね。でも、別の世界があれば、どこかで失敗しても別の世界でもう一回やり直して成長すれば良い。それでもダメだったら、また別のところでやっていくことも出来る。そちらのほうが、今の現実という世界がひとつしかない時代よりも幸せかもしれない、と私は感じます。 ━━現実世界では上手く生きることが出来ないけれど、インターネット上でなら承認欲求を満たされて幸せになれる人もいる。だから、「現実に戻ってこれなくなる」という批判に対しても、現実以外で価値を創造できればいいじゃないか、ということですね。

稲見 「現実に戻ってこれなくなる」と批判する人は、現実原理主義者ですよ。もちろん現実原理主義が残ってもいいと思いますが、それは昔の「自然に帰れ」運動と大差のない話になるかもしれません。宮沢賢治が「イーハトーブ」と言っていたような農業を基本とするユートピア。そういう生活が選択できる自由はあるべきですけど、そうじゃない生活を否定してもしょうがない。私は、さまざまな生き方を選べる自由な世の中のほうが良いと思います。 

 我々VR学会の人たちが言っている「超参画社会」というのは、本人がどこに住んでいて、何歳になっていても、主体的にコミュニティとの接点を持つことができて、お互いが価値を創造することができるような社会のことです。どこにいても社会に参加できるような世の中こそが幸せだ、という風に考えています。場合によっては、自分が死んでしまった後もコミュニティに参加できるかもしれない。

 それこそ自分が早逝してしまった場合、まだ小さい自分の子どもにどういった言葉を残してあげられるのか。今は一生懸命に手紙を書いたりしていますが、これからはVRとしての自分を残すことを選ぶ人もいるかもしれない。そうした今までなかった選択肢を提示できる可能性も出てくるでしょう。

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稲見昌彦

東京大学先端科学技術研究センター教授

東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野教授。同大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科客員教授、超人スポーツ協会共同代表を兼任。専門は人間拡張工学、バーチャルリアリティ、複合現実感、エンタテインメント工学、ロボット工学。

1994年、東京工業大学生命理工学部生物工学科卒。1996年、同大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年、東京大学大学院工学研究科博士課程修了。東京大学助手、マサチューセッツ工科大学コンピュータ科学・人工知能研究所客員科学者、電気通信大学電気通信学部知能機械工学科教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て現職。

『攻殻機動隊』に登場する技術「熱光学迷彩」をモチーフとした、再帰性反射を利用した光学迷彩を実際に開発した研究者として世界的に知られている。著書に『スーパーヒューマン誕生!』(NHK出版新書)がある。

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