稲見昌彦 東大教授VRインタビュー 『電脳コイル』は必修です

稲見昌彦 東大教授VRインタビュー 『電脳コイル』は必修です
稲見昌彦 東大教授VRインタビュー 『電脳コイル』は必修です

稲見昌彦教授

2016年は“VR元年”と言われている。VR(人工現実感)とは、一般的にHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着し、360度にわたって視界が広がる世界を体感できる技術だ。2015年末にスマートフォンを装着する「Gear VR」が、今年3月に「Oculus Rift」が一般発売され、10月13日(木)には「PlayStation VR」が発売予定となるなど、廉価なHMDデバイスが続々と登場したことで、VR業界はかつてないほどの注目を集めている。

今回、そんなVRのスゴさや、待望視される「PlayStation VR」の真価などを解明するため、東京大学 先端科学技術研究センターの身体情報学分野の稲見昌彦教授にお話をうかがった。

稲見教授はSF作品『攻殻機動隊』に登場する「光学迷彩」を実装したことでも話題となり、現在はVR研究のほか、テクノロジーによって人間の身体を拡張する“人間拡張工学”を提唱している。

そんな教授に、VRのこれまでの歴史から2016年が“VR元年”と呼ばれる理由、果たしてPSVRは成功するのか? などの質問を投げかけた。

取材・構成/須賀原みち 編集/コダック川口

人間の持っている身体観をアップグレードしたい

━━まず、稲見先生の自己紹介として、研究内容とそのビジョンをお聞かせください。

稲見昌彦教授(以下、稲見) もともと私は、テクノロジーとバイオロジー(生物学)が組み合わされることによって、それぞれの苦手な部分を補いながら、より役に立つ新しいシステムがつくれないか、ということを考えていました。その新しいシステムを、人と科学・工学技術が一体化する“人機一体”と呼んでいます。最初は生物工学を研究していましたが、もう少し等身大のヒューマンスケールの取り組みをしようということで、VRや“人間拡張工学”をはじめました。

 テクノロジーを身に纏うことによって、生物的な制約や機能を補填したり、伸ばしてあげる。最終的には、人間の持っている身体観をアップグレードしたい

 今の社会システムは「人間が本来持っている五体満足で完全な体に健全な精神が宿り、十分な情報があれば正しい判断ができる」という考えに基いて出来ています。でも、その考え方って、実はひとつのイデオロギーでしかない。実際には、身体が変われば心が変わるかもしれないし、心を変えるために変身してしまってもいいのかもしれない。「ひとつの身体にひとつの魂がある」という考え方は、近代で発明されたものに過ぎないのです。

 VRやテレイグジスタンス(遠隔存在感)、ウェアラブル技術を使えば、ひとつの心が複数の体を持ったり、ひとつの身体の中にいくつもの精神を持たせることができる。そういった技術を使って、私たち自身の身体に対する考え方や世の中の見方を変えていきたい、というのが私の研究のモチベーションです。

2016年は実はVR28年? VRのこれまで

━━ありがとうございます。さて、今年2016年は“VR元年”と叫ばれて、かなりの盛り上がりを見せています。この“VR元年”を稲見先生はどのように見ていらっしゃいますか?

稲見 まず、VRの歴史をお話ししましょう。VRの起源は1965年に遡ります。マサチューセッツ工科大学(MIT)でインタラクティブなCGシステム「Sketchpad」を創りあげた科学者のアイバン・サザランドが、1965年に『究極のディスプレイ』というエッセイを書いています。

その中で、自然界と同じように我々の感覚を刺激するデバイスが我々にとっての究極のディスプレイだとしている。『鏡の国のアリス』にひっかけて、“Mathematical Wonderland(数理的なおとぎの国)を覗く鏡”と呼んでいます。

その後、彼は1968年に、「Head-mounted three dimensional display」という世界初のHMDをユタ大学で開発します。これが“一番最初のVR”で、世界にひとつしかなく、体験できた人もごく限られた人だけでした。

「Head-mounted three dimensional display」Google画像検索スクリーンショット

 サザランドのHMDはその後NASAへと流れていきます。NASAのエイムズ研究所に所属していたスコット・フィッシャーが「バーチャルワークステーション」という名前で研究し、その後、スコット・フィッシャーと共同研究をしていたマーク・ボラスが、南カリフォルニア大学でVRやCGの研究グループを立ち上げます。そのラボに出入りしていたのがOculus VR創業者のパルマー・ラッキー。だから、「Oculus」はVR技術の正統派の流れを汲んでいるのです。

『Oculus Rift』/Oculus Webサイトより

 VRの研究をNASAがやっていたのは非常に面白い。60年代は、アメリカが2つの世界を開拓しました。ひとつは宇宙(Outer Space)というフロンティア。もうひとつがサイバースペースというフロンティアです。今、宇宙に行ける人はそんなにいないけれど、サイバースペースに行くための道具はたくさん揃っていますね。この両者を、70〜80年代にNASAが担っていたというのは興味深い。

━━こうした動きに影響を受けてか、SFの世界では1980年代に稲見先生の掲げる“人間拡張工学”にも通じるようなサイバーパンク・ブームがありました。そんな中で、なぜ今年が“VR元年”と呼ばれているのでしょうか?

稲見 今年は“VR元年”と言われていますが、研究者の間では、VRの元号は平成と同じで、今はVR28年とされています。なので、今年は“VRビジネス元年”と言い換えたほうが良いのかもしれません

 平成元年の1989年に、アメリカのベンチャー企業・VPLリサーチ社が世界初の商用VRシステム『Reality Build for 2』、通称『RB2』を発売し、「VRシステム」というコンセプトを打ち出しました。VRという言葉は『RB2』によって一気に広まり、90年代のVRブームがはじまったのです。『RB2』はHMDとデータグローブのセットで、当時のHMDの値段は大体300万円くらいしたり、CGをリアルタイムで描画するグラフィックスワークステーションは数千万〜数億円するほど、大変コストのかかるものでした。

 日本で最初に『RB2』を買ったのは東京電力で、その次が松下電工(現・パナソニック)といわれています。パナソニックは、キッチンのショールームをVRで体験出来ないか? と考えていたそうで、今のVRでもそういったプロジェクトが出てきていますね。

 当時、学部の一年生だった私も『RB2』を体験しましたが、「VRってすごい!」という気持ちと「映像の面ではまだまだの技術だ」という気持ちでした。映像的には、今の『Minecraft』よりも解像度が低かったので(苦笑)。

ただ、当時はセガの体感ゲームが流行っていた時代で、コンピュータの世界はあくまでもディスプレイの向こう側の世界だと思っていた。でも、「VRはコンピュータでその場にいる感じを出せる“体験をつくるエンジン”なんだ」ということに感銘を受けました。

iPhoneがEyePhoneになった

━━28年も前にVR研究は盛り上がりを見せていた。では改めて、今年が“VRビジネス元年”というのはどういう意味なのでしょう?

稲見 28年前のVRシステムと今のVRシステムを比較したときに思い起こすのがコンピュータにおけるメインフレーム(大型コンピュータ)からパソコンへの流れです。かつてコンピュータは国の研究所や大企業がIBMのメインフレームを導入して、タイムシェアリングして使うというものでした。

それからパーソナルコンピュータ(PC)が生まれたことで、今まで特定の研究者がシリアスな用途でしか使えなかったコンピュータからパソコン産業が生まれ、ホビーユース(趣味用途)も含めて、アプリケーションをつくったり、一般のユーザが体験できるようになったのが大きいと思います。

━━PCの誕生によって、VR技術もまさしく“パーソナル”(個人的)なものとして、利用することが可能になった。

稲見 以前は数百万〜数億円の価格で販売されていたVRシステムが、今は10万円を切る値段で手に入れることができる。そういう意味でVRは、28年前の研究者たちのブームから、今年になって一般ユーザーにまで広がるビジネスのブームに変わった。それが、28年前と2016年の大きな違いだと思います。

 PCが出来てから、「コンピュータ業界」とはまったく違った「PC業界」が出てきた。そして、90年代後半にはインターネットの商業利用ができるようになり、「ネット業界」が誕生した。それまでは大学や研究所しか使えなかったインターネットが、今はまったく違う様相を見せてます。当時は「2ちゃんねる」もなく、今のネット業界を思い浮かべることも困難な時代でしたよね。今のVR業界には、それぐらいのことが起きているんです

━━値段が安くなったことで、VRシステムを一般のユーザーも手に入れることが出来るようになった。これによって、ビジネスとして盛り上がりを見せているのが今年、ということですね。

稲見 評論家の立花隆さんは「百聞は一見にしかず」にかけて「VRの分野において、百見は一体験にしかず」と言っています。VRは、いくら話を聞いたり、横から体験している姿を見たところで、その感動を伝えることが難しい。でも、今はVRを体験できる機会が増えている。

 今回のVRビジネスブームの裏には、スマホのインフラ化、コモディティ化(汎用品化)があります。Oculusに使われているセンサーやディスプレイ技術は、基本的に全部スマホのものですよね。そうした技術の値段が安くなり、VRにも使えるようになったわけです。

『ハコスコ』/ハコスコWebサイトより

 よくVR研究者の間で言われているジョークに、「iPhoneがEyePhoneになった」というものがあります。さきほどお話しした『RB2』のHMDは「EyePhone(眼の電話)」という名前でした。だから、2007年にAppleがiPhoneを発表した時に、VR研究者はみんな「“アイフォン”といえばHMDだろ!」とツッコミを入れていた(笑)。

でも、今は「ハコスコ」などで、スマートフォンがVRのHMDデバイスになっている。だから、一周回って「iPhoneがEyePhone」になったんです。一周回るといっても、螺旋階段のように高いところへどんどん昇っていっている。今は学生にハコスコを配って、「(ゲームエンジンの)Unityを使ったアプリをつくりなさい」といったようなことが普通に出来るようになった。

 ちなみに、この「EyePhone」は、『RB2』販売と同じ年に公開された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』にも影響を与えていたかもしれません。同作は、30年後の未来として2015年が舞台で、その中に「電話がかかってきた」と言って登場人物が眼にデバイスを装着するシーンがあるんです。あれは「EyePhone」にインスパイアされた設定なんじゃないかな、と。

━━1965年にVRのコンセプトが誕生し、1989年には研究者の間でブームが起こった。そして、今年2016年はVRビジネスとして盛り上がりを見せている。VRの歴史がよくわかりました。

稲見 「ARがVRになった」というのも面白いんですよ。かつて、VRの概念は、メディアアーティスト兼エンジニアのマイロン・クルーガーが提唱した「Artificial Reality(人工現実感/AR)」と呼ばれていました。それが1990年頃に「Virtual Reality(VR)」となって、その後、2000年初頭には「Augumented Reality(拡張現実感/AR)」ブームが来た。

次に2000年代後半に『Google Glass』といったウェアラブルコンピューティングが流行って、2010年代前半にまた「Augumented Reality」が流行ったかと思えば、今度は再び「Virtual Reality」が来ている。この先は「Mixed Reality(複合現実感)」といった形になるかもしれません

 このように「Aritificial Reality」が「Augumented Reality」に変化していく一方、「AI/Artificial Intelligence(人工知能)」はいまだに“Aritificial(人工)”のままなんですよね。

AIは「Virtual Intelligence(実質的な知能)」と言い換えてもコンセプトはそんなに変わらないし、「Augumented Intelligence(拡張知能)」といった方向性に進んでもいいはず。もし私がAI分野に貢献することがあるとすれば、AIのAritificialをAugementedに変えていくのが、私の提唱する“スーパーヒューマン”というコンセプトにもつながる部分です。

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