VRビジネスは普遍的なものとなるか?
━━今年が“VRビジネス元年”ということで、3月に「Oculus Rift」が発売され、今年10月には「PlayStation VR」が売りだされます。稲見先生から見て、現在ブームとなっているVRは本当に普及すると思われますか?稲見 今のように“VR技術=HMDというデバイス”を指している時点では、まだまだだと思います。90年代も最初は“VR=HMD”だったのが、後に投影型VRが登場したり、VR技術がウェアラブル技術に使われていきました。
VRの「Virtual」という言葉は「仮想」と訳すのではなく、「実質的な」「(見かけや形はそのものではないが)等価である」という訳が正しいとされています。そういう意味で、今後は「Virtual VR」になるんじゃないか、ということが研究者たちの間で言われています。
つまり、HMDや身体とうまく連動した映像提示デバイスといったVR技術が、生活空間の中にいつの間にか溶け込んでいく(VRがVirtual化する)。そうなることで、我々の感じる世界がアップグレードされる。もうスマホをコンピュータとは言わないですよね? それは、もはやスマホの中にコンピュータが溶け込んでいるからなんです。
━━現在は“VR=HMD”というイメージが強い。VRはまだ透明な技術にはなっていない、ということですね。
稲見 「HMDを長く着けていることは出来ない」という話もありますが、少なくともコンソール機(HMD)は変わるんじゃないか、と言われています。
一方で、VRはやはり後戻りできない体験なんですよ。私はVRを体験したことで、世の中の見え方が変わりました。もちろんHMDを着けてVRゲームをやった上で、コンシューマゲームに戻ってくる人もいるでしょうが、多分、VRゲームとこれまでのゲームの両方を使い分けるようになると思います。メディアとしてのVRが消えることはもうないでしょう。少なくとも「バーチャルボーイ」みたいにはならないかな(笑)。
━━HMDデバイスを使ってのVRはともかくとして、VR分野自体は今後も盛り上がるだろう、と。
稲見 そうですね。現在のVRブームが、どこで飽和するかはわかりませんが…。今、「Oculus」などを見ていると、90年代にも起きていたような方向にいくのではないか、と心配です。
「Oculus」は低価格で気楽にVR体験が出来たということで、結果的にVRのコミュニティを広げてきた。しかし、VRで提示する映像の質というのは、後退させることがなかなか出来ません。そして、高解像度の映像を表現するためには、ハイスペックで値段の高いデバイスが必要になってくる。今の「Oculus」などは高スペックを要求して気軽にVR体験が出来ない方向に進んでいるので、少し危険な匂いがします。
PSVRは成功するか? 実はすごかったバーチャルボーイ
━━敷居が高くなり、VR体験を出来る人が限られてしまう懸念がある。そんな中、今年10月には4万4980円(税抜)という破格の値段で「PlayStation VR」(以下、PSVR)が発売されます。PSVRは体験されましたか?稲見 私の同僚の南澤孝太(慶應義塾大学院メディアデザイン研究科准教授)が、メディアアーティストの水口哲也さんと一緒にPSVRゲーム『Rez Infinite』のスーツ型デバイス「Synesthesia Suit」を制作しているので、私もPSVRを色々と体験させていただいております。
むしろ勝負のときに鉢巻を締めて気合を入れる感じに近いですかね。あと、私はメガネをかけていますが、あんなにメガネ着用者に優しいHMDはなかなかありません。
装着性だけでなく、ディスプレイと眼の位置関係にズレが生じた時でもクリアな映像が見える範囲、通称「アイボックス」が広いので、光学的にもよく出来ています。 ━━PSVRでHMDデバイスが広く行き渡る可能性はありますか?
稲見 あると思います。だって、「バーチャルボーイ」でさえ、それなりの数が出ているんですよ。「バーチャルボーイ」は日本だけで約15万台売れて、世界でも約77万台。失敗作と言われていますが、意外と売れてるんです。私も全部のゲームを揃えました(笑)。逆に、VRブームと言われているのであれば、「バーチャルボーイ」以上に売れないとブームと言ってはいけないと思います。
キョロキョロが、今、自分がどこにいるのかを知る大事な儀式
━━HMDのゲームというと、やはり「バーチャルボーイ」の印象は強いですよね。稲見 「バーチャルボーイ」もよく出来てました。でも、「バーチャルボーイ」はHMDではなく、サザランドのVRよりも前の1960年代初頭に開発された体感型シネマ「Sensorama」と同様、立体ゴーグルを覗き込むというものなんです。
VRやテレイグジスタンスの基本的な特徴として、“キョロキョロできる”ということがあります。我々は電車で寝過ごした時などに、「ここはどこだ?」という感じで、キョロキョロあたりを見回します。実はこのキョロキョロが、今、自分がどこにいるのかを知る大事な儀式なのかもしれない。
VRでキョロキョロするということは、自分の頭の向きを読み取って、それに合わせた映像をきちんと出すというシンプルなことで、「ハコスコ」でもできる。でも、これが「バーチャルボーイ」だとできなかった。この“キョロキョロできるディスプレイ”というのは、これまでのコンシューマ機にはありませんでした。
HMDを着けて周りをキョロキョロすることで、自分の目の前の世界からバーチャルな世界に移ったことを本人が認知できる。
最初は不思議に思って見ていたんですが、HMDでVRを体験した人って大抵口を開けてるんですよね。これは比喩的にいうと、VR体験をしている人は魂が抜けている。自分の目の前にある世界が気にならなくなって、魂がVR世界に行ってしまっているんです。だから、自身の体は抜け殻になっていて、人前で出さないような口を開けた表情をしてしまう。テレビゲームなどに没入してボケーっとしてしまうことがありますが、それに近いことがVRであれば一瞬で出来るんです。VRにはそういった強力な現実書き換え能力がある。
━━VR空間で女の子に勉強を教えるゲーム『サマーレッスン』をプレイしている時とかは、男性プレイヤーはすごくだらしない表情になってしまうかもしれませんね(笑)。
稲見 最近の学生と話していると、「VR技術が進んだら、点滴をしながらずっとVRの世界で生きていきたい」ってことを言うんですよ!(笑)。今は、映画『マトリックス』で描かれたようなVR世界から覚醒したくないっていう学生のほうが多いのかもしれません。
━━これまでの稲見先生のお話を聞いて、初めてVRに興味を持った読者もいるかと思います。そういった前提知識がない人に、VRの魅力に触れられるオススメの作品はありますか?
稲見 まず『攻殻機動隊』は外せませんね。また、『ソードアート・オンライン』もVRを理解する上で良いと思います。テレイグジスタンス的な“変身”を描いた作品では、映画『アバター』や『サロゲート』もオススメです。『ドラえもん』の、もしもボックスや『スタートレック』のホロデッキもVRそのものです。
また、2007年の作品なので、今の学生はあまり知らないのですが、AR社会を描いているアニメ『電脳コイル』は必修です。ぜひ教養として見てください!
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稲見昌彦
東京大学先端科学技術研究センター教授
東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野教授。同大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科客員教授、超人スポーツ協会共同代表を兼任。専門は人間拡張工学、バーチャルリアリティ、複合現実感、エンタテインメント工学、ロボット工学。
1994年、東京工業大学生命理工学部生物工学科卒。1996年、同大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年、東京大学大学院工学研究科博士課程修了。東京大学助手、マサチューセッツ工科大学コンピュータ科学・人工知能研究所客員科学者、電気通信大学電気通信学部知能機械工学科教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て現職。
『攻殻機動隊』に登場する技術「熱光学迷彩」をモチーフとした、再帰性反射を利用した光学迷彩を実際に開発した研究者として世界的に知られている。著書に『スーパーヒューマン誕生!』(NHK出版新書)がある。
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