「因習村」が流行するのは必然
──劇中の大奥という集団に対する個人として、アサとカメは対照的な存在として描かれているようでした。
中村健治 アサとカメは意図して対照的に描いているわけですが、もちろんどっちが正しいということはありません。
カメちゃんはああ見えて根暗なところもあって、周りからは可愛いって言われているけど、自分自身のことは中身が空っぽな人間だと思っているんです。
そんなカメちゃんが憧れの目線で見ているアサちゃんは、実際綺麗な子ですけど男大嫌いなんだろうなって思うんですよね。
隣の芝生は青く見えるというように、他人がうらやましく思えてしまうこともあるんですけど、その他人との違いをお互いに認め合えたらいいなと思うんです。
……自分でも、お花畑な考えだとは思います。よかれと思ってやったことが誰かを傷つけることもありますしね。まあ、世の中には本当にどうしようもない悪っていうものが存在することは知ってるんですけど(笑)。今作にはたまたま、そういう人は登場しませんでした。
プロデューサーともよく「僕らのような監督やプロデューサーは(権力をもって命令する立場にあるという時点で)スタッフに対して加害者なんだから、偉そうにしてはいけない」と話しているんです。
なにかをやらせているということは、絶対痛みを与えているわけですから、それを忘れちゃいけない。そういう意識や反省も入っています。
──今作は、「進むために、なにかを捨てなくてはならない時もある」という大奥で絶対とされていた価値観に、背いたようにも従ったようにも解釈できる、構造でした。
中村健治 まさに、ポイントはそこなんです。一応僕らの意図としては明確にどちらかを選んで描いているんですが、非常に入り組んでいるのでどのようにも捉えることができると思います。
いろんな捉え方ができるように幅はもたせましたが、考察してほしいということではありません。高校生の時は普通に見てたけど、子どもを産んでから『モノノ怪』の「座敷童」回を見たら涙が止まらなかったという感想をいただいたことがあるんですが、そうやってどのタイミングで見るかによっても作品の印象は変わるので。
作品ってそういうものだと思うので、どう見てもらってもいいようにレンジを広めにはつくってあります。なので今回はシリーズ初見でも大丈夫です。言葉や表現は難しいかもしれませんが、話自体はシンプルなので。
──「因習村」というジャンルが確立されてきたように、「因習」ものが急激に認知された今、大奥というある種の因習の極致を題材にするのは時代性を感じました。昨今の「因習」を題材にした作品群の隆盛はどうご覧になっていますか?
中村健治 必然かなとは思います。社会全体がもう因習村のようになりつつあるので、その苦しさをみんなSNSで吐き出しているような状態。本当はみんなに聞こえるところで「こんな村は嫌だ!」って言いたいけど、言えないんですよ。こんな村潰れろって思うけど、本当に潰れたら生きていけなくなる。
社会に属している感じが強いときは因習村モードで、独りになれたときに初めてSNSの無双モードになる(笑)。そこにはすごい乖離がある。だから本当はみんな、自分の中にものすごい誤謬が起きていることを知っているはずなんです。
そんなダブルスタンダードで生きていて、自分の中に矛盾が起こっていることはわかっているけど、それがどれくらい有りなのか無しなのかわからない。
中村健治 とはいえ僕も自分のことを全部わかっているわけではないですから、同じような漠然とした危機感を持つものとして、「合成の誤謬」をテーマにしました。
大奥で巻き起こる因習村的な流れを、自分の世界と重ねて共感してもらってもいいですし、因習村をモンスターとして捉えたエンターテイメントとして見てもらってもいいと思っています。
辞めようとしてたのに……9年ぶりの監督作品、一社提供で切り拓く新たな地平
──今作は従来の製作委員会方式とは異なり、一社提供方式になっています。ある意味で、これまで話してくださった「個と集団」という図式のメタ構造にも感じられますが、監督としてはどのような違いを感じられましたか?
中村健治 企画制作から、お金集めや法務、配給まですべてグループ内で完結しているので、溜まっていく経験値がすごいですよね。やりとりもスムーズだし、全体のコントロールもしやすいので、そういう気持ちよさはもうレベルが違います。
言ってしまえばかつての製作委員会方式というのは、作品のことはよくわかってないけどお金を出してる人がいるみたいな状態で、なんでこの提案が通らないんだ、みたいなことがよくありました。ただ今は製作委員会方式でも、ちゃんとアニメや作品のことが好きな若い人が関わっていることもあるので、昔よりはスムーズになっていると思います。
でも、「今どきなんでそんなことが起きるんだ」みたいなことがまだあるので、もっと早く代替わりして、良くなってはほしいですね。本当に、因習村なのでこの業界(笑)。僕も20年ちょっと業界にいるので、だんだん良くなっているのは本当に実感しているのですが、油断していると元に戻ってしまうので、引き締めていかねばと思います。
——監督作品という意味では9年ぶりですが、この期間は監督ご自身の中ではどういう意味を持っておられるでしょうか?
中村健治 人生の休憩期間……というか、実は業界を辞めようとしていました。『ガッチャマン クラウズ』が終わって、(スーパーバイザーとして関わった)「Infini-T Force」の後に新しい企画をやっていて、もう現場が動く段階までいっていたんですが、その企画が主に自分のせいでなくなってしまったんです。
それまでコンスタントにオリジナル作品を連続でやっていたこともあって、自分が思っている以上に壊れてしまっていて、身体やメンタルがボロボロになっていたんですね。
それで両親にも「もう辞める」って言って、実家に戻るために引っ越しの準備までしていたんですが、そんな時にプロデューサーの山本さんからしつこい感じの電話があったんです。もう3回くらい断っているのに、「モノノ怪をもう一回やりませんか」とか言ってくるので、「そもそもアニメ業界を辞めるんだよ!」って言ってたはずなんですけど……気づいたら契約してたんですよね(笑)。いやー、まいったー。
──無責任な言い方ですが、いち視聴者としては戻ってきてくださって嬉しいですし、山本さんに感謝の念が絶えません。
中村健治 業界のみんなからも同じことをよく言われるんですよ。その度にチッって思うんですけど(笑)、そう言っていただけるのは今は本当に嬉しいです。
本気でもう、田舎に帰って第二の人生を始めるつもりだったんです。だから時間がこれだけ空いてしまいました。本気で辞めようと思ったのは業界に入ってから3回くらいあったんですけど、なんやかんやその度に誰かに引き戻されています(笑)。ありがたいです。
戻っても絶対に幸せになれないと思って断り続けていたのですが、やってみたらとんでもなく楽しかったですし、今もウキウキで頑張れています。本当に人生いろいろだなって思いますね。
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作品情報
『劇場版モノノ怪 唐傘』
❁キャスト
薬売り:神谷浩史 アサ:黒沢ともよ カメ:悠木碧 北川:花澤香菜 歌山:小山茉美 大友ボタン:戸松遥 時田フキ:日笠陽子
淡島:甲斐田裕子 麦谷:ゆかな 三郎丸:梶裕貴 平基:福山潤 坂下:細見大輔 天子:入野自由 溝呂木北斗:津田健次郎
❁スタッフ
監督:中村健治 /キャラクターデザイン:永田狐子 /アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一 /美術設定:上遠野洋一
/美術監督:倉本章 斎藤陽子 /美術監修:倉橋隆 /色彩設計:辻󠄀田邦夫 /ビジュアルディレクター:泉津井陽一 /3D 監督:白井賢一 /編集:西山茂 /音響監督:長崎行男 /音楽:岩崎琢 /プロデューサー:佐藤公章 須藤雄樹 /企画プロデュース:山本幸治
/配給:ツインエンジン ギグリーボックス 制作:ツインエンジン EOTA
❁主題歌
「Love Sick」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
❁物語 大奥とは、世を統べる“天子様”の世継ぎを産むために各地から美女・才女たちが集められた“女の園”であると同時に、重要な官僚機構でもある特別な 場所。独自の掟が敷かれた“社会”でもあるこの異質な空間に、新人女中のアサ(黒沢ともよ)とカメ(悠木碧)が足を踏み入れる。キャリアアップを図る才 色兼備のアサ、憧れの大奥に居場所を求めるカメ。正反対の二人は初日から、大奥で信仰される“御水様”に「自分の大切なもの」を捧げるという、集団 に染まるための“儀式”に参加させられる。そこで起きた出来事をきっかけに、二人の間には絆が生まれてゆく。御年寄の歌山(小山茉美)は、大奥の繁栄 と永続を第一に考え女中たちをまとめあげるが、無表情な顔の裏に何かを隠している。そんな中、少しずつ、彼女たちを覆っていく“何か”。夜ごと蓄積 されていく女たちの情念、どこからともなく響いてくる唐傘がカラカラと回るような異音、取り憑かれたように理性を失っていく女中...。ついに決定的 な悲劇が起こり、薬売り(神谷浩史)はモノノ怪を追って大奥の中心まで進むが、モノノ怪を斬り祓うことができる退魔の剣は「形」「真」「理」の三様が揃わ なければ、封印を解き抜くことが叶わない。薬売りが大奥に隠された恐ろしくも切ない真実に触れるとき、退魔と救済の儀が始まる──。
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