連載 | #46 漫画百景 いま読むべき漫画たち

香港の歴史的スラム街「九龍城砦」が舞台──『九龍ジェネリックロマンス』が描く、恋とディストピア

過去を思い出せない主人公・鯨井と、廃墟になった九龍 

『九龍ジェネリックロマンス』最初の衝撃は、1巻に収録されている8話でしょう。

鯨井とそっくりな人間、作中では鯨井B(仮称)と呼ばれる女性の存在と、鯨井Bが工藤の婚約者だということが明らかになります。

続いて鯨井に過去の記憶がないことが判明。鯨井Bが何らかの原因で記憶喪失になった結果が今の鯨井で、工藤は彼女の記憶が戻るのを待っているのではないか?

という説が浮かび上がるのですが、それを反証するように、鯨井がすでに亡くなっていることがわかります。鯨井と鯨井Bは、外見が同じで中身が異なる別人だったのです。

『九龍ジェネリックロマンス』2巻の書影。眼鏡を外した鯨井。鯨井Bは眼鏡がよく似合い、影のある、ミステリアスな人物だった/画像はAmazonから

次に鯨井が鯨井Bのクローンである説が浮上するのですが、この鯨井クローン説に対立する別の可能性も考慮しなくてはならない展開になり……このように、8話以降、鯨井の出自に限らず、謎が謎を呼んでは読者を煙に巻きます。

まずAという謎があり、その回答Bが導き出されたかと思えば、Bを否定するCなる事象が起こるという具合です。

また、物語の舞台となる九龍が何者かの意図によって造られた、ディストピア的な世界であることが判明。人によってはただの廃墟にしか見えず、鯨井の存在も認知されないという不可思議な現象が発生します。

しかし、人によっては九龍も鯨井もちゃんと見えるし触れる。街では人が生活を営み、商店街は常にざわめいていて、食欲を刺激する香しく美味しい食べ物も並んでいる。

九龍が見える者と見えない者の差は何なのか? どちらが正常で異常なのか? 九龍は夢か現実か?

さながら胡蝶の夢のようです。

かなり複雑な話なのでは、と思われるかもしれませんが、過度に読者を混乱させるのではなく、整合性が取れる範囲で次第に謎は解決し、破綻なく物語が展開していくのがお見事。絶妙なストーリーテリングで魅せます

そうしてロマンスのみならず、サスペンス、ミステリー、スリラーの要素を混ぜ合わせていく作風は、混沌とした街並みで“東洋の魔窟”と称された九龍城砦を思わせます。

読めば誰かしらが癖に刺さる! 個性豊かなキャラクターたち

『九龍ジェネリックロマンス』は上で見てきたように、摩訶不思議な九龍で繰り広げられるロマンスであり、サスペンスであり、ミステリーであり、スリラーでもあります。

ちょっと不穏な要素が多いですね。しかし、不思議と重苦しい雰囲気や悲壮感は漂いません。

それは、主人公の鯨井を筆頭に、賑やかで個性的なキャラクターが魅力的だからでしょう。もっと言えば、本作は程よくフェティシズムを刺激してくれます。

左から工藤、鯨井、楊明、みゆき、グエン。『九龍ジェネリックロマンス』のメインキャラクターたち/画像は公式Xから

鯨井の想い人である工藤は、決めすぎないスーツとネクタイがよく似合う。悩み多き鯨井を支える無二の親友・楊明(ようめい)は、チャイナブラウスの着こなし素敵です。

鯨井&工藤と同様に、一筋縄ではいかないロマンスが描かれる蛇沼みゆきグエンは、とにっかく筋肉が美しい!

本作のマスコット的キャラクターの小黒はロリータファッションがトレードマーク。

みゆきと幼馴染で、ジェネリックテラの鍵を握るユウロンはダウナーな雰囲気が良し。さらには歳を重ねた枯れの魅力を持つ汪先生までいます。

全メインキャラクターが読者の誰かの癖(へき)を刺す個性があり、刺さった人には、それはもうたまらなく魅力的に映っているでしょう。

そもそも、今はなき九龍という舞台設定からロマンが溢れていますよね。表紙やタイトルロゴのデザインでピンときた方は、その直感を信じて良いと思います。

物語も佳境? 核心に迫りはじめた『九龍ジェネリックロマンス』

連載開始からの約5年でじっくりロマンスと謎を深めてきた『九龍ジェネリックロマンス』も、佳境を迎えつつあるように感じます。

6月20日発売の『週刊ヤングジャンプ』に掲載された最新話では、鯨井Bの死が初めて直接的に描かれており、本作の数多い謎の中でも核心に近い部分に迫りました。

悲恋を予感させる鯨井と工藤は、そしてみゆきとグエンは果たして幸せになれるのか。

相変わらず全く先が読めないまま、痺れる終盤に突入していきそうです。

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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。

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