しかのこのこのここしたんたん!
しかのこのこのここしたんたん!
しかのこのこのここしたんたん!
年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる連載「漫画百景」。
第四十一景目は、放送前にもかかわらず謎の呪文が大反響を巻き起こしている7月放送のアニメ……の原作『しかのこのこのここしたんたん』です。
「しかのこのこのここしたんたん」と囁くTVアニメOP主題歌のイントロ“だけ”流れる耐久動画が、公開10日で200万再生と大ヒット。注目を集めているギャグ漫画です。
この動画に加え、視覚的にも聴覚的にも残りやすいタイトルで『しかのこのこのここしたんたん』を知った人も多いはず。
そして「一体どんな話なんだ?」と思っているはずです。
アニメ公式サイトを見ても、「ツノの生えた謎多き女の子」「シカ部所属のシカ」など、謎が深まる言葉ばかり並んでいます。
ざっくり言ってしまうと、ノリで読むJKギャグ漫画です。しかし、それだけではない魅力を持つ本作。今回は作者・おしおしおさんの過去作との比較を交えて、至極真面目に考えてみます。
これさえ読めば、『しかのこのこのここしたんたん』について一家言ある人間になれます。学校や会社でぜひ披露してみてください。
おしおしお、渾身のギャグ漫画『しかのこのこのここしたんたん』
『しかのこのこのここしたんたん』(以下『しかのこ』)は、2019年11月に講談社の月刊漫画誌『少年マガジンエッジ』で連載がスタートしたギャグ漫画です。
同誌が2023年10月に休刊したことを受け、同年12月から漫画アプリ・マガジンポケットに移籍して連載中。2024年7月7日(日)から、TVアニメの放送がスタートします。
作者は漫画家/イラストレーターのおしおしおさん。2014年から、4コマ漫画『神様とクインテット』と『さくらマイマイ』を連載していました(現在共に完結)。
イラストレーターとしては、ライトノベルの表紙イラストや挿絵のほか、VTuberグループ・ホロライブの天音かなたさんと、にじさんじの空星きらめさんのキャラクターデザインを担当しています。
その縁で、TVアニメ化が発表された際には、両名からお祝いコメントが寄せられていました。
ツッコんだら負け! 『ボーボボ』『日常』にも通じる何でもありの作風
『しかのこ』の舞台は東京・日野市のとある高校。
メインキャラクターは、ツノの生えた女の子・鹿乃子のこ(しかのこ・のこ)と、元ヤン清楚系少女漫画脳・虎視虎子(こし・とらこ)。通称のこたんとこしたんです。
高校入学と共にヤンキーから足を洗いキャラ変したこしたんが、ひょんなことから自分をシカだと言い張るのこたんと邂逅。シカ部なる謎の部活動の部長に仕立て上げられ、以来、散々に振り回されるという物語です。
のこたんの飼い主にいつの間にか任命された、こしたんの七転八倒が、面白おかしく描かれます。
「そもそも鹿のツノが生えた女の子がいるってどんな世界観?」と、疑問に思う人もいるかと思いますが、作中ではこしたん以外ほぼ誰も気にしていません(こしたんも次第に気にしなくなります)。
のこたんが頭の上半分を自由に開け閉めできることも、悟りを開いて空を自在に飛べるのも気にしない。
ツノが着脱可能なところも、そのツノが爆発することも、伸び縮みしたり意思を持ったりすることも、『しかのこ』では当たり前の光景。
ギャグ漫画の中でも、『ボボボーボ・ボーボボ』『日常』『ポプテピピック』などと同じ、何でもありの作風です。
『しかのこ』に繋がる前作『神様とクインテット』と『さくらマイマイ』
のこたん&こしたんの他にも、途中からこしたんの妹で極度のシスコンである虎視餡子(こし・あんこ)と、常に空腹で山盛り白米が乗っかった茶碗を持ち歩く馬車芽めめ(ばしゃめ・めめ)が、シカ部へ入部。
姉であらぬ妄想を繰り広げるあんこと、美味しい米を求めて稲作に励むばしゃめが加わった後は、ストーリーの無軌道っぷりに拍車がかかりました。
ほぼ同時に、シカ部廃部を目論むチビっ子生徒会員・猫山田根子(ねこやまだ・ねこ)ことねこちゃん。ネガティブ過ぎる生徒会書紀・狸小路絹(たぬきこうじ・きぬ)。のこたんの強火オタク・燕谷千春(つばめや・ちはる)も登場。
彼女たち可愛いキャラクターのボケとツッコミ、理解不能な展開を楽しむのが『しかのこ』という漫画です。
そしてこのスタイルは、前述した作者・おしおしおさんの前作『神様とクインテット』と『さくらマイマイ』から続くお家芸。
『しかのこ』と同じか、それ以上にふざけ倒した両作の上に『しかのこ』はあるのです。
以降、おしおしおさんのデビュー作『神様とクインテット』と比較しながら、ハチャメチャが売りの『しかのこ』をあえて真面目に考えていきます。
2作のネタバレを多分に含む内容なので、未読の方はご留意ください。
やりたい放題だった作者・おしおしおのデビュー作『神様とクインテット』
『神様とクインテット』は、田舎から上京した美大生の主人公が、個性豊かな友人たちとドタバタなキャンパスライフを送る漫画です。
芳文社の漫画誌『まんがタイムきらら』で2014年〜2016年に連載され、単行本は全2巻が刊行されました。
可愛い女の子たちのキラキラした学園青春といえば、まさにきらら作品の王道ですが、『神様とクインテット』はその遥か斜め上を突っ走りました。
仔細を端折って書くと、主人公の頭に定期的に何か(彫刻刀とか)がぶっ刺さり流血している。あるいは犬に脳内をぐっちゃぐちゃに掘られたり。水着回では、なぜかダイオウイカを捕獲して焼いて食うカオスっぷり。
最終話では、前話で唐突にぶっこんだ、主人公が大学を離れて実家に帰るシリアスな伏線を、「最終回前だしシリアス展開やってみたかっただけだよ作者が」「このマンガで深く考えたら負けだよ」などのメタ発言と共に、ぜ〜んぶひっくり返すやりたい放題っぷりでした。
『神様とクインテット』(と『さくらマイマイ』)から、すでに『しかのこ』でもよく見るよだれや鼻血、擬音がコマを飛び越えて描かれる十八番の演出も頻出。『しかのこ』の土台となる作風は、すでにこの頃には完成していたのです。
では『しかのこ』と『神様とクインテット』の何が違うのかと言えば、キャラクターの扱いだったように思います。
『しかのこ』と『神様とクインテット』の違い
『しかのこ』は連載開始からしばらく、のこたん&こしたんに焦点が絞られており、2人の掛け合いが中心でした。
序盤でじっくり時間をかけて、『しかのこ』が、のこたん&こしたんのボケとツッコミで組み立てていく漫画だと、読者に説明していったのです。
3人目のメインキャラクターとして、こしたんの妹・あんこが本格参戦したのが2巻から。4人目のばしゃめが3巻で、4巻で生徒会メンバー3人が加わり一気に賑やかになりました。
段階的にキャラクターを投入することで、順々に掘り下げが行われ、結果それぞれの個性が分かりやすくなり、愛着が湧きやすくなっています。
一方、『神様とクインテット』では、最初からメインキャラクターが勢揃い。紙面は華やかですが、誰を中心に見れば良いのか、視点が分散してしまう側面があったように思います。
また、ボケとツッコミをどちらも兼務するキャラクターが多かったため、役割も分散しており、ストーリーのカオスっぷりが天上知らずでした(これが同作の特徴であるドタバタ劇をつくりだしていたので、効果的ではありました)。
一方の『しかのこ』では、常識人のこしたんをツッコミ役として真ん中に置き、その周りに何でもありの色物・のこたん、メンヘラ暴走特急・あんこ、我が道を行くマイペース・ばしゃめと、個性の違うボケ担当を配置。キャラクターの役割がより分かりやすくなっています。
後に、こしたんと同じ常識人でツッコミ担当のねこちゃんを筆頭に、生徒会の新キャラ3人を加えて、展開にバリエーションが増えたのも印象的でした。
『神様とクインテット』で確立したぶっ飛んだ作風とキャラクター造形を、より整理した形で出力したのが『しかのこ』なのではないでしょうか。
最終的にはノリで読め! しかのこのこのここしたんたん!
最後に、『しかのこ』を非常に分かりやすく評した言葉を紹介してお別れしましょう。
「結局『よくわからんがかわええからええか。』と脳内から直接言葉が出る」
前述した天音かなたさんのアニメ化お祝いコメントの一節です(外部リンク)。
まさにこれです。
よく分からないけど、キャラクターが可愛いからええ!──この気持ちに至る漫画が『しかのこ』です。
『しかのこ』はノリで読む漫画です。でも、頭を空っぽにして読んだら、脳内に大宇宙が広がるほどの深淵を見つけられるかもしれません。まずはご一読ください。
©おしおしお・講談社/日野南高校シカ部
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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