チンピラを殺せなければ人生終了──緊張感を途切らせない、緩急を活かした演出
『ねずみの初恋』の魅力は、“緩急の効いた演出”と“殺人と恋愛を描くシーンのギャップ”、大きく分けてこの2つだと考えます。
まずは前者から。本作の痺れる演出が炸裂した代表的なシーンと言えば、碧が初めての殺人を犯すエピソードです(7話〜9話)。
ねずみの正体を知ったことで彼女を囲うヤクザの組長・鯆(いるか)に命を狙われた碧は、自分も殺し屋になり、組織に貢献するという約束を取り付けることで危機を脱します。
与えられた1ヶ月の猶予で殺しの技を身体に叩き込み、初仕事に挑む運命の日。ターゲットのチンピラを殺せなければ人生が終わる日です。
駅の構内で隙だらけのチンピラの背後を取りながら、碧の手は止まり続けます。極限の緊張で景色は歪んで見え、鏡に映ったナイフを持つ自分の姿に汗が止まらなくなる。
とうとう決意が鈍って諦めかけた時、ねずみの心配そうな顔が一瞬、脳裏を駆け巡り、ナイフを強く握りしめる見開きは鮮烈でした。
7話と8話で碧の逡巡を丁寧に描いて溜めをつくり、9話で一気に開放する。緩急の効いた演出にやられたものです。
「はじめてのチュウ」が脳内再生 甘々な恋愛と殺人のギャップに痺れる、殺られる
他人の命を奪うことで生きる、過酷な人生を歩むことになる碧ですが、作中では折に触れて死者を悼むが様子が見られ、自らの所業に思い悩みます。
普通ならとても正気ではいられません。
しかし、彼には愛しのねずみがいます。彼女と生きていくためになら人だって殺せる。手が血まみれになっても、家に帰ればねずみが笑顔で出迎えてくれる。それでなんとか心の均衡が保たれます。
本作で何度も見られる、殺人シーンと2人がいちゃつくシーンのギャップは、本当に凄まじい。ねずみも碧も恋愛に関しては超奥手。「かわいい」と言って、言われるだけで、お互いに赤面して顔を手で覆う始末。甘々です。
前述した碧の初仕事の後に、2人のデート回(10話〜11話)がありまして、これがもうあっまあまでした。まだ人を初めて殺したショックを拭いきれない碧の様子を察して、ねずみが精一杯励まそうと頑張る姿が健気でたまりません。
脳内で勝手に名曲「はじめてのチュウ」が流れはじめるシーンの破壊力はすんごいので、ぜひ読んでほしいです。
そして、気付いた方もいるかもしれませんが、殺人と恋愛も一種の緩急です。交互に描くことで物語に波をつくり出し、差分で読者を虜にしてきました。
このような緩急で読者を揺さぶる演出は要所で効果的に使われており、作品の緊張感を保ち続けています。
1話からずっとテンションが下がらないので、続きが気になり、購買意欲が刺激される……『ヤンマガ』で今一番売れている作品になった理由は、本作の緩急及びギャップが生み出す中毒的な魅力でしょう。
幕を開けた『ねずみの初恋』第二章の展望 碧の過去は明らかになるのか?
ねずみと碧の純愛がたまんねえ!
と、書いた後に触れるのも辛いのですが、2人の恋愛はとても上手くいきそうにないことが、『ねずみの初恋』の端々で示されます。正直、現状では破滅しか見えません。
最大の理由は、ねずみが昔、碧の姉を殺害していることです。
この問題はまだ表面化していませんが、この特大の地雷がある限り2人に真の意味での幸せは訪れないでしょう。愛しの碧の肉親を殺していたことに気づいた時、ねずみはどうするのか?
そして碧は、ねずみが姉の仇だと知った時にどうするのか? あるいは仇だと知っていて、ねずみに近づいた可能性すら考えられます。
というのも、碧の過去はほぼ明かされていません。姉が死んだ学生時代(中学or高校?)以降、どこでどう過ごしてきたのかが全く分かっていないのです。そもそも、なぜ姉がヤクザに狙われるのか? 碧のうなじに残る傷の謎など、不穏な伏線も見え隠れしています。
碧の過去が明らかになった時に、『ねずみの初恋』は佳境を迎えるはずです。
6月17日から開幕した第二章では、ここに踏み込むのか。
拳銃を持つツインテールの少女らしき新キャラクターの正体も気になります(1話に出ていたツインテの少女? 3話で「ねずみが死んだ時のスペアがもう一人 組におってもええかもしれません」という台詞があるため、筆者はねずみのスペアであると予想しています)。
第二章も相変わらず初回から飛ばしており、物語はなお加速中。まだ追いつきやすい今のうちから読むことをオススメします。
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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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