ほのぼのとした雰囲気と、SFの絶妙なバランス
『となりの妖怪さん』は、多数の登場人物たちによる群像劇になっています。
妖怪、人間、神様と多くの登場人物がいて、その中でも物語の中心になっていくのが、好奇心旺盛な人間の少女・むつみ(杉本睦実)。彼女を見守るカラス天狗のジロー(縁火山次郎坊)。飼い猫から猫又に新生したぶちおの3人です。
山合いの風がよく吹く町、縁ヶ森町(静岡県西部の遠州地域がモデル)に暮らす彼らは、家族や友人との暮らしを営みながら、手を取り合って助け合い、成長していきます。
雰囲気は全体的にほのぼのとしているのですが、虚数次元あるいは虚無と呼ばれる謎多き概念や、鬼と呼ばれる危険な生物も登場します。それらは善悪で推し量れるものではなく、ただそこに在るだけなのですが、人間と妖怪に危害を加えることもある存在です。
また、作中では並行世界、いわゆるパラレルワールドが確認されており、別の世界からの干渉を受けることもあります。読者としてはそうしたSF的設定にワクワクしてしまうものの、これらは作中の穏やかな日常を揺るがす事件を引き起こします。
この事件に登場人物たちがどう立ち向かっていくのかが、本作の見せ場となります。
“となり”にいる誰かに、気持ちを言葉にして伝える大切さ
『となりの妖怪さん』は、人間と妖怪。同族同士。ひいては今“となり”にいる誰かへ、気持ちを言葉にして伝えることの大切さをテーマにしていました。
虚無の中に消えた父親に寂しさを募らせるむつみと、むつみを守ると言いながら彼女の意思に向き合いきれないジローの関係性は、このテーマを色濃く反映しています。
時折虚無に引かれるむつみをジローは守ります。一方で自己犠牲の性質が強く、1人で色々な事を抱え込んでしまうジローを、むつみは何とか助けたいと思っています。
しかし、ジローはむつみを危険な目に遭わせたくないと一線を引くのです。大人としては正しい判断でしょう。むつみは何の力もない子どもです。
が、いつまでも大人の庇護下にいるのでは、子どもは成長できません。対等な関係は築けない。ジローは肝心なところでむつみと言葉を交わしてこなかったことで、彼女を悲しませてしまいます。
そんなジローへむつみが、意を決して自分もジローを守りたいと言葉にして伝えるいくつかの場面は、本作のハイライトです。
また、猫又に新生した意味を考え続け、答えを見つけたぶちおが家族に想いを伝える場面。
長らく折り合いがつかなかった家族と向き合う化け狐・百合のエピソードや、河童の女の子・虹と人間の男の子・りょうの恋物語。
長年連れ添ったパートナーに先立たれて、自分の死を見据えてしまう和彦と、彼に今を生きてほしいと願う車の付喪神・千彰。
ほかにも、様々な縁で繋がる数多の関係を丁寧に紡いでいった本作は、他者と生きる困難と尊さを描いた名作です。
TVアニメ放送中で盛り上がる今こそ、読んでみてください。
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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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