「孤独じゃ幸せになれない」TikTokで人気のアニメ作家、安田現象が長編に挑む理由

脚本がよくても、企画がつまらなければ見てもらえない

──現在はスタジオを構えていますが、設立までの経緯を教えていただけますか?

安田現象 最初のきっかけは、「とめどなき白情」のMVを『メイク ア ガール』のプロデューサーである川瀬好一さんが見てくれていて。そこからオリジナルの長編をつくれるスタジオをつくりませんかとお話をいただきました。

当時は自分も立ち回りに悩んでいたタイミングでして。脚本から自分で納得できるアニメをつくりたいけど、そのためには企画・原作の段階から構築しないといけない。ただ、自分一人だけでちゃんとしたビジネスの規模で作品を成立させる道筋は見えていなかったんです。

そこでスタジオをつくって、しっかりビジネスとしてやっていこうと声をかけていただけたのは、本当にタイミングが良かったと思います。
スタジオ設立のきっかけ「とめどなき白情」のMV
──自主制作とスタジオを構えての制作、双方を経験されて、その違いをどう感じられていますか?

安田現象 自分のつくりたいものをつくりつつ、多くの人に見てもらえるような作品をつくれればお互いに満足できると思うんですが、現状ではそのバランスは自主制作に近い場所でないと取りづらいのも確かです。

ありがたいことに、今は自分の考えた企画で長編オリジナルアニメが制作できる環境を構築することができたので、自分の考え方は間違っていなかったと証明していけたらと思います。

様々な視点を取り込んで、作品はかたちづくられていく

3Dアニメの制作に100点はない

──クラウドファンディングの説明には、スタッフ6人で制作していると記述がありましたが、その体制は今も変わらずでしょうか?

安田現象 変わらずですね。最初は手描きも考えていたんですが、手描きだと僕が監修できないので、なんとか自分の土俵である3Dでつくりきることはできないかと計算しまくりました。その結果、このバランスでなら理論上なんとかなるというやり方を編み出して、6人の編成で制作を進めています。

長編アニメ『メイク ア ガール』の制作は、これまで自分が学んでつくり上げてきた考え方をチームに当てはめるとどうなるのか、いろんなことをゼロから組みなおしているような感覚です。ただでさえ自主制作でやっていた頃のワークフローが業界のスタンダードから外れていましたし、やってみなければわからないところもあって、チーム全体に考えを浸透させるのは時間がかかりました。

作品が生み出されて行っている、安田現象さんのデスク

──個人の作業とチームの作業とで違いを感じる部分はありますか?

安田現象 自分一人でやる場合は、自分で演出も考えて、ここまでつくれたら大丈夫というラインを設定して次の作業に移ることができます。

3Dでは2次元的なアニメと違って、カメラに映らない部分もつくりこめてしまうので、こだわるポイントとそうでないポイントの境を感覚として理解してもらうのに意外と時間がかかりました。

すべてを完璧につくろうとすると結果的に完璧にはできないですし、そもそも3Dでセルルックのアニメをつくるという試みに、いまだに100点のやり方は存在していない。完成度は高めつつも、どこにこだわってどこを削るかのバランスを探っていくのは、チーム作業特有の難しさがあるかもしれません。

それでも制作を進める中で、今はチームとして機能するようになってきたと思います。

──ショートアニメ制作で培ったものが長編アニメ制作に活きてくるということはありますか?

安田現象 ショートアニメ制作では毎回なんらかのチャレンジをしていて、その度に新しい発見もあるので、それはチームにもすぐ共有するようにしています。

もちろん僕の中でもアニメーションのロジックの成長があるので、一番最初につくったカットと最近つくったカットとでは毛色が違ったりもします。加えて、今はアニメーターによって仕上がりに違いが出るようなつくり方をしているので、逆に手描きのような担当者ごとの職人っぽさが出て面白いなとも思いますね。

積み重なったページの分だけ進化していく

涙の結晶『メイクラブ』を長編アニメに

──制作中の長編『メイク ア ガール』のベースとして『メイクラブ』を選んだ理由はありますか?

安田現象 『メイクラブ』をベースの作品として選んだのは、近代が舞台なので背景などの美術デザイン面のコストを削れるのと、物語の構造がシンプルだったので、まだ何も整っていない状態のチームでも手を伸ばしやすい作品だったからという理由があります。

もちろん思い入れがないわけではありません。仕事をやめて無職のまま大賞用のラノベを描いていた頃、友達からの誘いを全部断り、社会には置いていかれ、付き合って長い彼女にもフラれ、自他ともに認めるウルトラ孤独状態になっていて……

その時ふと気づいたんです。
自主制作アニメ『メイクラブ』by安田現象
──と言うと?

安田現象 たとえこのまま成功して名を上げても何も楽しくないのではないかと。アスリートたちが金メダルを取って喜べるのは、彼らの頑張りを知るライバルやスタッフ、周りの人たちがいるからだと思うんです。

客観的に自分の頑張りを知っている人がいないと、何かを達成しても実感を伴うことができない。自分の頑張りを知る人を全て断絶してしまった自分には、もう絶望しかないじゃないかと。何者かになれても幸せにはなれないと思ってしまったんです。

創作者として何者かになろうと思ったら孤独に努力し続けないといけないけど、そうすると幸せからは遠ざかってしまう。矛盾した二つのロジックが自分を責め立て、朝は起きづらいしなぜか涙は止まらない。零れてくる涙をぬぐいながらキーボードを打ち続けても、ラノベで賞を獲ることもできない。今思うと、当時はかなり精神的にまいっていたと思います。

それでも週に一度くらいは、気分転換にショッピングモール巡りをしていました。人がたくさんいる場所に行くと、自分も社会に生きる一人なんだと実感して少し幸せになれて、逆に言えば、そうでもしなければならないほどに全ての人間関係を犠牲にしてしまってもいた。そんな頃合いに生まれた作品のひとつが『メイクラブ』です。

あれは文字通り僕の涙の結晶なんです。

今後続く人が歩ける道を

──クラウドファンディング開始時点では完成度が45%でしたが、現在は完成像が見えてきていますか?

安田現象 年内にはおそらく3Dアニメーション作業は全部終わるかなという見通しですね。以前つくったカットを今になって見直すと気になる部分もあるんですが、スケジュールと相談しつつ、可能な範囲で手直しもしています。

──自主制作アニメのシーンはここ2〜3年で大きな盛り上がりを見せ、その中から台頭したアーティストたちが長編制作に挑むなど、大きな舞台へ挑戦しているような流れもあります。その当事者の一人として、現在のシーンについてはどう観測されていますか? 安田現象 シーン全体の話をするのは少し難しいのですが、やはりまだ個人のクリエイターが長編アニメをコンスタントにつくるのは茨の道です。そういった道をちゃんと開拓して、今後続く人が歩けるような道を自分がつくれたらとは少なからず思っています。

──創作活動の出会いから現在に至るまで非常に興味深いお話をうかがうことができました。最後に、様々な表現を経た安田現象さんが、今どのようなモチベーションで創作に臨んでいるかをうかがえますか?

安田現象 自分が目指しているのは、トライ&エラーを重ねまくって、すごいものが確実に出来上がるというロジックを組み上げることです。

元々ライトノベル作家を目指していたがゆえに、アニメをつくり始めた頃は見せ方や演出が映像的ではなかったんですが、トライ&エラーを繰り返しながら、アニメではこうしないといけないんだって考え方が見えてきました。

そうして積み上げたノウハウを活かしつつ、今度は長編アニメに合わせたロジックをつくり上げて、何十年後かの後世の人たちが見ても、最新の作品と見劣りしないと思ってもらえるような作品をつくりたいです。
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