連載 | #10 アニメーションズ・ブリッジ

アニメ作家 谷口悟朗インタビュー『エスタブライフ』で描く分断と逃避の肯定

壁を乗り越える“逃し屋”は『エスタブライフ』の案内役

逃し屋の面々。左から、アルガ、マルテース、エクア、フェレス、ウルラ。

──“逃げ”を肯定する『グレイトエスケープ』の中核となる逃がし屋という設定については、どういった経緯で決まったのでしょうか?

谷口悟朗 やはりプロジェクトの第1弾ということで、作品世界の入口として、いろいろなクラスタについて説明が必要になります。そうなると、各クラスタの壁を乗り越えて動けるキャラクターがいた方がいいですよね。同時に重くなりすぎず、『夜逃げ屋本舗』のような、辛いことがあるから逃げたいよね、逃げましょうくらいの空気感にしたかった。そこで少女たちが主人公の話にすることになりました。

──橋本裕之監督と賀東招二さんがメインスタッフということで、かなり美少女ものという側面が強く押し出されていましたね。

谷口悟朗 昨今の観客は疲れている人が多い。そうなると、私ではなく疲れない作風、そういった作品に長けている人の方が、うまくプロジェクトをスタートさせられると感じたので、橋本監督にお願いしました。賀東さんにも初期から加わっていただいていて、私からは『フルメタル・パニック? ふもっふ』くらいのイメージで、と相談したと思います。

『グレイトエスケープ』で逃がし屋の物語を観る人たちは、その人自身の生活をキャラクターに重ねるはずです。ならば、アニメを観ているお客さんに対して、人生の厳しさを突きつけるのではなく、優しく包み込んであげなきゃいけない。となると、私ではなく橋本監督のフィールドなんですよね。 ──以前、谷口さんがクリエイティブプロデューサーとして参加されていた『ファンタジスタドール』と同じようなスタンスと言いますか。

谷口悟朗 そうですね。『ファンタジスタドール』(2013年)はカードから出てくる女の子のお話なので、生っぽい描き方になってはいけません。なので、二次元の美少女を描くことに長けた人が監督をやるべきで、それが斎藤(久)監督でした。『グレイトエスケープ』ではもう少し生活感とかも必要かと思ったので、バランスがとれている橋本監督にお願いしたんです。

──谷口さん自身は、『グレイトエスケープ』でクリエイティブ統括とクレジットされています。具体的にどういった形で携わられているのでしょうか?

谷口悟朗 当初は総監督で、という話もあったんです。でも、最終決定権を橋本監督に置きたかった。私も本読み(脚本内容を検討する会議)には参加しているんですが、以降の作業はすべて橋本監督がリードしています。

なので、総監督ではありえない。とはいえ、ゲームのシナリオやグッズ展開には私も目を通しています。言ってしまえば世界観を守るための役割が今回の仕事なので、クリエイティブ統括という肩書きになりました。

国内だけだと僕ら世代のアニメ監督は逃げ切れない

──『エスタブライフ』というプロジェクト全体の印象ですが、ポリゴン・ピクチュアズ制作ということもあり、かなり海外マーケットを意識したつくりのようにも見えます。

谷口悟朗 私はずっと海外マーケットも並行して考えています。過去に監督した『純潔のマリア』では、原作がマニアックなストーリーなので、海外の人にも楽しんでもらえるように意識しました。それに、国内のマーケットだけを考えていると、私ら世代のアニメ監督は逃げ切れないんですよね

──逃げ切れないというと?

谷口悟朗 私よりも上の世代、具体的には現在60歳以上のアニメ監督の方たちだと、現役のうちは国内のマーケットだけでもビジネスが成り立つんです。でも、それより下の世代だと危ない。これからどんどん国内マーケットは縮小していき、ファンがアニメーション単体にお金を払うかどうかもシビアになっていく。マーケットの縮小というのは、お金を使ってくれる層が高齢化していき、趣味嗜好に回せるお金の割合が減るということです。

国内のアニメファンがアニメにお金を使ってくれなくなる可能性があるなら、海外です。必要なことは危機感を持って対応するということ。私のように個人で監督を請けて仕事をしている人間は待っているだけでは発表の場は来ないのです。ですから私自身は、『エスタブライフ』も含め、近年は国内のマーケットに向けた作品なのか、同時に海外も視野に入れた作品なのかを自覚してつくるようにしています。 ──『エスタブライフ』のプロジェクトとして今後リリースされるゲームや映画も同様ですか?

谷口悟朗 もちろんです。ゲームは特に、日本という枠を飛び出す可能性があると思っています。これまではアニメ業界でも日本中心・海外中心と線引きがなんとなくありましたが、そこを無くしていくのが我々世代の役割です。なので、その一つとして『エスタブライフ』が役割を果たせればいいですね。

誤解しないでほしいのは、海外を視野に入れるということは日本にこだわるということです。それが武器になるわけですから。

谷口悟朗が監督・脚本の劇場版は“ハード”な作品に?

──これから公開される劇場アニメ『エスタブライフ リベンジャーズロード』は谷口さんが監督・脚本を担当されますが、どのような作品になるのでしょうか?

谷口悟朗 『グレイトエスケープ』と比べると、どちらかと言えばポリゴン・ピクチュアズが得意としてきた範疇の物語になると思います。個人的にやりたかったこともいろいろ入れています。

──となると『シドニアの騎士』や『亜人』のようなハードな描写が増えていく?

谷口悟朗 今の段階ではっきりとしたことは言えません。が、テレビはテレビ、映画は映画として考えています。とはいえ、エクアたち『グレイトエスケープ』のキャラクターも登場します。性格などは少し変わっているかもしれませんが……。 ──テレビシリーズを観ていた人の中には、映画での描写に驚く人もいるかもしれないですね。

谷口悟朗 世間一般の中には、勧善懲悪のような理想的な物語をアニメーションに求めている人がいると思うんですよ。高校生の男女が出てきても、イリーガルなことは何も起こらず、社会のルールに則って動いている。

別にそれはそれで否定しないんですけど、私はそういう人たちばかりだと、どこか嘘くさく感じてしまう。人間って場合によっては、別に目的もないけど生きていることだってありますよね。

ただ、アニメーションを取り巻く現状を考えると、そういったキャラクターはなかなか受け入れ難いわけです。当然ながら、分かりやすい方向にお客さんの好みが動いているのも分かっているんですが、そういったタイプの作品ばかり生まれていいのだろうかと。

最近、またいろいろなタイプの作品が増えてきています。そういう作品がたくさん出てくることでアニメーションの多様性が担保されていると感じています。なので、王道もいいけれど、変化球のような方向性で挑戦したいアクションものを『リベンジャーズロード』では撮ってみようと考えています。
劇場アニメ『エスタブライフ』特報

谷口悟朗(たにぐち・ごろう)
1966年生まれ、愛知県出身。J.C.STAFFを経て、サンライズにて「エルドランシリーズ」「勇者シリーズ」「ガンダムシリーズ」などの絵コンテ・演出を務める。1998年に『ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック』で監督デビュー。『スクライド』や『プラネテス』、『コードギアス 反逆のルルーシュ』など多くのオリジナル作品でも知られる。現在は監督・脚本を手掛けた『エスタブライフ リベンジャーズロード』のほか、監督作『ONE PIECE FILM RED』の公開が控える。

©︎SSF/エスタブライフ製作委員会

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作品情報

TVアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』

原案・クリエイティブ統括
谷口悟朗
監督
橋本裕之
原作
SSF
シリーズ構成・脚本
賀東招二
キャラクターデザイン原案
コザキユースケ
アニメーションキャラクターデザイン
舛田裕美
コンセプトアート
富安健一郎(INEI)
CGスーパーバイザー
坂間健太、関水大樹、上本雅之
美術監督
高橋佐知、島村大輔
色彩設計
野地弘納
音楽
藤澤慶昌
オープニング・テーマ
めいちゃん「ラナ」
エンディング・テーマ
GOOD ON THE REEL「0」
企画・プロデュース
スロウカーブ
アニメーション制作
ポリゴン・ピクチュアズ
キャスト
エクア:嶺内ともみ
フェレス:高橋李依
マルテース:長縄まりあ
アルガ:速水奨
ウルラ:三木眞一郎

■スマートフォンゲーム『エスタブライフ ユニティメモリーズ』
原案・クリエイティブ統括 : 谷口悟朗
原作:SSF
制作:スクウェア・エニックス

■劇場アニメ『エスタブライフ リベンジャーズロード』
原案・監督・脚本 :谷口悟朗
原作:SSF
企画・プロデュース:スロウカーブ
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ

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毎クールごとに膨大な量が放送されるアニメ。漫画やライトノベルを原作としたもの、もしくは原作なしのオリジナルと、そこには新たな作品・表現との出会いが待っている。 連載「アニメーションズ・ブリッジ」では、数々の作品の中から、アニメライター兼ライトノベルライターである筆者が、アニメ・ラノベ etc.を橋渡しする作品をピックアップ。 「このアニメが好きならこの原作も」、そして「こんな面白い新作もある」と、1つの作品をきっかけにまだ見ぬ名作への架け橋をつくり出していく。

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