連載 | #10 アニメーションズ・ブリッジ

アニメ作家 谷口悟朗インタビュー『エスタブライフ』で描く分断と逃避の肯定

アニメ作家 谷口悟朗インタビュー『エスタブライフ』で描く分断と逃避の肯定
アニメ作家 谷口悟朗インタビュー『エスタブライフ』で描く分断と逃避の肯定

テレビアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』谷口悟朗インタビュー

3月からFODで先行配信され、4月からの地上波放送がこの6月に完結したテレビアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』。『ご注文はうさぎですか?』の橋本裕之監督と『フルメタル・パニック!』の賀東招二さんによる3DCGアニメーションだ。

舞台は、AIによって管理された地域(クラスタ)ごとに独自の文化や価値観が形成されている近未来の東京。そこで馴染めない人々を別のクラスタへと移動させる「逃がし屋」の少女たちを描いている。
TVアニメ『エスタブライフ』本PV
……と語ってきた『エスタブライフ』だが、テレビシリーズのみで完結する物語ではない。スマートフォンゲーム『エスタブライフ ユニティメモリーズ』と映画『エスタブライフ リベンジャーズロード』が企画されており、まだまだこの世界は拡張し続けるのだ。

プロジェクトとしての『エスタブライフ』を統括するのは、『コードギアス 反逆のルルーシュ』や『プラネテス』、『スクライド』などで知られる谷口悟朗さん。どういった経緯でプロジェクトが始まったのか。そして今後どう広がっていくのか? 気になるプロジェクトの全貌について、本人を直撃した。

取材・構成:太田祥暉(TARKUS) 編集:恩田雄多

目次

AIに管理されたディストピア…にはしたくなかった

『エスタブライフ』プロジェクト発表時のビジュアル。テレビアニメ・スマートフォンゲーム・劇場アニメという3つの作品で構成されている。

──『エスタブライフ』というプロジェクトはどのような経緯で始動したのでしょうか?

谷口悟朗 2019年に放送された『revisions リヴィジョンズ』の制作終了後、同作で企画を担当したスロウカーブの代表・尾畑(聡明)さんから「次は谷口さんメインの企画で、ゲームをベースにした作品をやりたい」という変わったオーダーを受けたんです。

ゲームをスタートとして企画を考えていくのは意外と面白いなと思ったんですよ。でも同時に、スケジュールの問題もあって「監督を引き受けるのは難しいかも」とお伝えしていました。制作時期的に問題がなければ監督はできるんですが、ちょっとその時点では厳しかった。なので、ひとまずプロジェクトの枠組みを考えていくことになりました。

──アニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』は、近未来の日本にクラスタと呼ばれる地域が形成されているという設定です。

谷口悟朗 ゲームを軸に考えていった企画ではあるのですが、システムに関してはいったん置いておくことにしたんです。MMORPGとかジャンルを勝手に決めても、タッグを組む会社によって得手・不得手がありますから。

なので、ゲームやアニメの世界観として、まず人が集まる場所をつくって、そこからそれぞれの世界を組み上げていくという方法を選択しました。ちなみに、クラスタに関してはもともと「エリア」という名前だったんですが、『グレイトエスケープ』の作業中に賀東さんが名前を提案されて。そこから設定が固まっていきました。

壁によって分断されたクラスタのひとつ・秋葉原万歳商店街。

上野どうぶつの森。住人のほとんどが獣人。

新宿ヤクザ街。アニメでは全部で10のクラスタが登場した。

──クラスタごとにいろいろな人種や生き方が提示されているのが面白いですが、逆に言えば多様性が壁によって分断されたものでもある。そこを逃がし屋たちが手助けするのが『グレイトエスケープ』のストーリーですよね。

谷口悟朗 まさにそれがやりたかったことなんです。例えばアメリカだと、街と街の間には何もないことが多いし、それぞれの街の文化や住んでいる人種の比率も異なっていますよね。そういった形で多様性を認めている、というのを突き詰めたのが『エスタブライフ』なんです。

ただ、それだけだと20世紀のSFのような、一昔前の作品といった印象があります。つまり、多様な社会でありながらAIによって管理されたディストピア……そういった話をやるつもりはなかったんですよ

なので、その先の未来として、管理者だったAIが経年劣化によって狂いはじめたらどうなるかを描けないか、と考えたんです。そこでイメージとして出たのが『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』でした。

──『NieR:Automata』というと、『エスタブライフ』プロジェクトにおいてゲーム『ユニティメモリーズ』を制作されているスクウェア・エニックスの作品ですね。

谷口悟朗 『NieR』のようなどこか壊れた世界観を参考にしたいよね、と。そういった前提もあって、ゲームの話をスクウェア・エニックスに持っていくことになりました。

『コードギアス』『スクライド』…描き方の変化

テレビアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』

──『エスタブライフ』全体に通じる多様性と分断というテーマ、これまでの谷口監督作品でもたびたび語られてきたモチーフだと思います。

谷口悟朗 本当は「誰々が監督の作品なら、○○というモチーフが出てくるよね」みたいなことはしたくないんですよ。お客さんはそれを欲するでしょうけど、つくり手からしたら自分自身を縛ってしまうことになりかねませんからね。

だから、お馴染みのモチーフにならないように意識することもあるんですけど、やっぱり好きなことだとどうしても出てきてしまう。多様性や分断といった要素に関しては、僕自身が逃げられないテーマなんだと思います。

──昨今でいえば多様性が声高に叫ばれる一方で、実際は分断されているし解り合えていない、というのが『エスタブライフ』で訴えたいことなのかなと感じたのですが。

谷口悟朗 実は人間って、分かり合いたくないんじゃないのかなと思っているんです。正直に「分かり合わなくていい!」と言うといろいろと問題が起こるので、きれいな言葉でコーティングしておいた方がいいという意味で、「人と人は分かり合えない」って言っているだけで。

本質的には分かり合いたくない、分かり合えないのに、相手を理解しようとするからこそ、多くの可能性の芽を摘んでいるのが現在だと思っています。

個人的にはそのまま未来に進んでいっていいのかという危惧があり、『エスタブライフ』では、分かり合えずに逃げることを肯定的に描いています。「逃げる」という言葉は否定的に取られていますけど、逃げることによって救われる人もいますから。それぞれの嗜好に特化した管理された社会。意外とユートピアじゃなかろうか、と思うんですよ。 ──多様性や分断など、共通するテーマを持つものの、『コードギアス』や『スクライド』といった過去作品とは描き方も変化しているのでしょうか?

谷口悟朗 そうですね。『無限のリヴァイアス』(1999年)のときは、どうやっても現実以上のものはない、現実から目を逸らしても、そこには可能性は広がっていないという描き方をしていました。でも、『スクライド』(2001年)以降になると、インターネットが普及して、フィクションにおける描き方の面でも、現在の仮想空間やメタバースのような発想・捉え方が登場するようになりました。

初期は少し胡散臭さを感じていたんですけど、徐々にリアルになってきて、私自身の考えも変化しました。「現実以外に複数の人生を持てる可能性があってもいいかもしれない」「自分が一番楽しいところで生きてもいいのではないか」と、『エスタブライフ』の“逃げる”ことにも通じる、目の前にある現実以外での生き方について、肯定的に考えるようになっていったんです。

多様性や分断という点で加えると、『純潔のマリア』(2015年)のときに原作から読み取ったメッセージの一部に、「互いに譲れないところはあるが、違うところで手を結ぶことは可能なのではないか」というものがあります。この考え方が個人的にかなり響いていて、『エスタブライフ』にはその影響が少しあるかもしれません。

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作品情報

TVアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』

原案・クリエイティブ統括
谷口悟朗
監督
橋本裕之
原作
SSF
シリーズ構成・脚本
賀東招二
キャラクターデザイン原案
コザキユースケ
アニメーションキャラクターデザイン
舛田裕美
コンセプトアート
富安健一郎(INEI)
CGスーパーバイザー
坂間健太、関水大樹、上本雅之
美術監督
高橋佐知、島村大輔
色彩設計
野地弘納
音楽
藤澤慶昌
オープニング・テーマ
めいちゃん「ラナ」
エンディング・テーマ
GOOD ON THE REEL「0」
企画・プロデュース
スロウカーブ
アニメーション制作
ポリゴン・ピクチュアズ
キャスト
エクア:嶺内ともみ
フェレス:高橋李依
マルテース:長縄まりあ
アルガ:速水奨
ウルラ:三木眞一郎

■スマートフォンゲーム『エスタブライフ ユニティメモリーズ』
原案・クリエイティブ統括 : 谷口悟朗
原作:SSF
制作:スクウェア・エニックス

■劇場アニメ『エスタブライフ リベンジャーズロード』
原案・監督・脚本 :谷口悟朗
原作:SSF
企画・プロデュース:スロウカーブ
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ

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毎クールごとに膨大な量が放送されるアニメ。漫画やライトノベルを原作としたもの、もしくは原作なしのオリジナルと、そこには新たな作品・表現との出会いが待っている。 連載「アニメーションズ・ブリッジ」では、数々の作品の中から、アニメライター兼ライトノベルライターである筆者が、アニメ・ラノベ etc.を橋渡しする作品をピックアップ。 「このアニメが好きならこの原作も」、そして「こんな面白い新作もある」と、1つの作品をきっかけにまだ見ぬ名作への架け橋をつくり出していく。

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