『新宿スワン』から『東京卍リベンジャーズ』への象徴的飛躍
和久井健さんのアイデンティティ、描きたいもの。
前作は『新宿スワン』やってましたよね?
いや、前作は『デザートイーグル』っていうマガジンの漫画です!
『新宿スワン』は、少なくとも俺の記憶だと、割とちゃんとヤンキー的魂をもって、裏社会を描いてたと思います。
あんまりネタバレしたくないけど、すごい大事な人が実は裏切っていたという話が最終章であって。絶大な信頼関係がないと成り立たなかった物語のクライマックスで、『新宿スワン』ではきちんとそれを描いていた。
そうですね。座談会の最初の方でも話が出たけど、要は『東卍』はクライムサスペンスではなくあくまでヤンキー漫画を実現しようとした作品でした。
『新宿スワン』は裏社会の話、つまり現代型の不良漫画だったってことだけど、そこにこの漫画をヤンキー漫画にしようと思ったきっかけがあったのではないかと。
それで言うと、よねさんがすっ飛ばした前作『デザートイーグル』っていう作品が5巻ぐらいで終わってるんです。これがちょうど『東京卍リベンジャーズ』と『新宿スワン』的なクライムサスペンスの中間ぐらいの作品なんですよ。
繁華街を舞台にした、一本気のある「俺のパンチはデザートイーグルじゃい!」っていう主人公の漫画で。
こわい。半グレの話なんですか?
半グレというか、プロの反社会的組織ぐらいの描き方でした。主人公たちの尊敬するおやっさんみたいな人はヤクザなんです。
そこにある種弓を引いた兄貴分が、倫理観、モラル、筋の通ってない半グレ組織のトップになるみたいな感じだったんですが……正直、あんまり伸び切らずに終わってしまいました。
結局、ヤンキー漫画をやりたいという意志は、前作からもあったという感じなのかな?
むしろ、そういう作品を少年誌で描こうとして失敗したから、もうちょっとヤンキーから半グレ要素と言うか、クライム要素とリアリティを抜いて、ある種のファンタジーにしたものが『東卍』なのではないかと。
現代の「東京卍會」も、あらゆる犯罪を全部やってる極悪集団と言われるわりに、実態がほとんど描かれていないですよね。それは『デザートイーグル』を経て得た経験なのかなと。
僕も『新宿スワン』は昔読んでたんですが、むしろ歌舞伎町のコミュニティはこういうシステムと倫理で動いてるよっていう細部を細かく描くようなイメージがあって。本当はちゃんと不良やその文化をリアルに描ける作家だと思うんです。
だからやっぱり『東卍』ではあえて描かないっていう選択を取ってるんじゃないかなと。それが「アイデンティティを捨ててる」という話に直結するのかはわからないけど。にいみさんは失敗と言うけれど、おそらくそれすらもコントロールして、わざとやってるのだろうなと。
本物のヤンキー漫画を少年誌で突き詰めても、ヤンキー漫画としてヒットすることはちょっと難しい。前作での経験から、作者が判断したっていうことですね。
『東卍』という企画がマーケティング的に、最初からそう考えてたわけではないと思うけどなあ。
そうだね。途中で、それこそ4巻の辺りで気づいたのかもね。
ヤンキー漫画を描きたいけど、ヤンキー漫画のリアリティを復活させるために、SF設定を導入した。でもその結果、ヤンキー漫画を否定していかないと、人気はやっぱり出ないということに気づいていったんだと。
『東京卍リベンジャーズ』という作品が体現してるのは、現代におけるヤンキー漫画の成立しなさ・不可能性でもある。
結果としてはそうなってると言えるかもしれないですね……。
それは、おもしろいけど悲しいね。もうヤンキー漫画出てこないのかな。『東卍』が最後のヤンキー漫画になるかもしれないじゃん。
ヤンキーっていう設定に対して少年たちがリアリティを持てないっていうのが一番じゃないですかね。だって我々は過去編を見てもさ、「いたよね、こういう人」ってわかるけど、今の若い人が見ても、私たちが戦争漫画を見てるみたいな感覚なんじゃないかなと。
「こんな悲しいことがあったんだな」っていう。それくらいのリアリティの持てなさなんじゃないかな、もしかしたら。
なるほどね。少なくとも当時僕らが読んでたヤンキー漫画って、ヤンキーの再生産としても機能していたと思うんです。ヤンキー漫画に影響されて、ヤンキーになる人は少なからずいた。『東卍』はどうなんだろうな。
いないんじゃないですか?
いたら面白いし、ヤンキー漫画の未来は明るいんですが……。
散々言うようだけど『東卍』はヤンキー漫画を否定しているから、影響されてヤンキーになるとかはないと思うけど……。
僕らが子供の当時はさ、ヤンキー漫画を読んで、ヤンキーに憧れるって普通に結構あることだったよね。むしろそれもヤンキー漫画の力というか最たる特徴ともいえる気がするんですが。
ありましたよ。うちのマンションの友達の兄ちゃんがめちゃめちゃヤンキーで。兄貴の本棚だけは絶対触るな!って言われたんだけど、ヤンキー漫画全部揃ってたもん。
結果、兄ちゃんの目を盗んでその漫画たちを読んでた友達もばっちりヤンキーになったし。
僕の従兄もそうでした。本棚全部ヤンキー漫画で、彼は峠の走り屋みたいなことをやってました。その影響で僕もヤンキー漫画に出会いましたし。
年寄りだと思われるよ(笑)! そんな話してると!
でも本当にそういう時代だったの! たしかに再生産っていう側面はあったんだけど、あの当時、ヤンキー漫画がリアリティを持って読まれていたのかって言われると、ちょっと違う気もするんですけどね……。
さすがに『東卍』は「『SLAM DUNK』読んでバスケを始めた」みたいなヤンキーを増加させる社会現象にはならないよね。魔法使いとか兵隊と同じ軸というか、そういうファンタジーとしての不良になっているから。
ええ、ヤンキーは増えないっていうことですか?『東京卍リベンジャーズ』で😢
そうだと思うなあ……。
増えないと思います。だって、現代では暴走族になれないですもん。
終わらない物語ーー読者の欲望に応える『東京卍リベンジャーズ』
最後にひとつ、おんださんからの「『東京卍リベンジャーズ』はなぜ22巻で終わらなかったんだと思うか?」っていうことについて。
すでに話はしてるよね。
結構出てる気はしますね。
というと?
つまり、人気になったから引き伸ばしてるっていうことですよね......?
やめなあ! そんなこと記事に書けないよ。
書くべきだと思う、俺は😡
また叩かれるよ!
俺は今日、正しく喧嘩しにきてるから。『東卍』の話を真面目にするっていうことは、そういうことですよ。
いつになく卍で攻撃的になっとる! 終わらなかった理由、他にあるのかな。
まず、メディアミックスが遅かったですよね。例えば10巻あたりでやってれば、もしかしたら普通にヒナちゃんを救って終わったかもしれないけど、20巻からっていうのが。
そうなんですよね。アニメも映画もやってる今のタイミングって、『東卍』を取り巻く環境が一番最高の状態なんですよね。
でも、素朴な疑問として聞きたいんだけど、稀咲が本当は黒幕だった、漫画の大ヒットをうけて物語の結末が変わったっていう風に、みんな思ってるの?
……僕は完全にそう思いますね。
私もあそこで終わっておけばよかったと思う。
イザナがいて、半間がいて、稀咲がいた梵天編が、明らかにちゃんと「東京卍會」の対比構造になってたんですよ。
イザナがマイキーの対になっていて、タケミッチーの対に稀咲がいて。作品としてきれいな構造になっていました。
23巻で出てきた、マイキーの「黒い衝動」もふわっと、いきなり出てきた印象が拭えないと言いますか。
うん、いきなりふわっと出てきたよ。
危ういところがあったけど、イザナがいなくなったことで闇堕ちは免れたで終われたと思うんです。実際、「マガポケ」で単行本未掲載分の続きを読んでショックだったんですが。
お!?
三天っていうマイキーを含むマイキー並みに強い人たちが出てくるんですけど、そのうちの一人が音楽記号の名前を言いながら人を攻撃するっていう人で。ドラケンのことを「フォルテシモ!」って言いながら殴るんです。もうSF的なタイムリープの考証とかどうでもよくなりました。
どういうこと??? ピアニッシモもあるの?
僕も読んでるんですが、まだピアニッシモは出てきてないですね。
「フォルテ、フォルテ、フォルテシモ!」って言ってて。「嘘だろ?ドラケンくんが?」ってタケミッチーが驚いてる見開きがあって。「これは稀咲の死のあとにわざわざやるような話なのか?」って悲しい気持ちになったんです。僕の大好きな『東卍』が……。
ただ、今の中心となってる読者としては、やっぱり続けてもらえることを望んでいると思うんです。「終わらない物語」みたいなものが求められてるのかなというのは、22巻で終わらなかった時点でなんとなく思って。
タイムリープってそういう意味でも都合よく使えちゃう能力だし、タケミッチーに未来予知的な新しい能力が芽生え始めた、という点も踏まえてまだまだ長く続きそうだなあと。
にいみさんはどうですか。もはやあんまり興味なさそうに聞いてますけど。
みんなが言ってることもわかります。でも一応、今やっている話で最終章って銘打たれてはいるんだよね。
そうですね。
最終章にも関わらず、知らない新キャラクターたちがすごいたくさん出てきて。なんだこの最終章は? とは思いましたね。
その辺もかつての『ジャンプ』を彷彿させないですか?
うーん……『ジャンプ』に限らず、新キャラが出てきた時のワクワク感ってあるじゃないですか。でも『東卍』の新キャラが出てきた時には俺はそれを感じなかったんですよね。
それはにいみさんが年を取ってるからだと思いますよ! 我々はそういう作品を見過ぎたんじゃないですか。
今の『ジャンプ』は、『鬼滅』も『チェンソーマン』も人気絶頂の中でもちゃんと終わったじゃないですか。でも「終わらない物語」も求められているんです。キャラクターたちをずっと見てたいっていう欲望が『東卍』の人気を支えているのは、かなりあるなと思います。
「終わらない物語」への欲望はゲームというメディアにいくべきだと思いますけどね。ゲームは永遠に続けられる構造があるけど、漫画や小説は必ず終わらせてあげないといけない。にも関わらず延命され続ける、そこが少年漫画の息苦しいところだと思ってます。
『東京卍リベンジャーズ』が“かつてのジャンプ”的な想像力の延長にあるのだとしたら、100巻ぐらいまでいってもおかしくないなって、今思いました(笑)。
俺もそれぐらいいくと思ってます! だって今、高校生編が始まろうとしてるんですよ……!
そうなんだ。
同じ密度で高校生編を描くだけで50巻はいく計算だもんね。
そうです。もしかしたら次は大学生・専門学生編的なものすら控えてるかもしれない。
なんなら稀咲サイドのエピソードでも一から描けると思ってます。稀咲の方を主人公にして描くことでさらに長く続けられる。タイムリープできるから、小学生編だって可能なわけです。
ある。
すごい可能性がありますね……。
我々はものすごい作品宇宙の誕生に立ち会ってるんですよ。『東京卍リベンジャーズ』ユニバース、かなり長く続くかもしれませんよ。
でも、どうですかね。現代は飽きが早いですから。
今、24巻に入るであろう部分を読んでいて、これはちょっとどうなるかなって思っているんですが……実はまた瓦城千咒っていうマイキーっぽい風貌の、すげえ強いキャラが出てきたんですけど、そいつが実は女の子だったんです。
え、どういうこと!?
これまで『東卍』で女性キャラクターの存在感はすごく薄い扱いだったんですが、もしかしたら和久井先生も何か新しいことを起こそうとしているかもしれない。
なるほどね。取り戻そうとしてるのか? 不良漫画のアイデンティティを……!?
ただ、あれじゃない?コバヤシくん……!
待ってください。どうしました? おんださん。
これもネタバレになってしまいますが、タケミッチーの未来予知みたいなシーンで、その人死んでるんです😢
結局! どういうことや!(混乱)
そういう意味で、どっちにも転ぶ可能性があるのかなと。
なるほどね。和久井さんも揺れてるんですかね、もしかしたら。
そうですね。今は未来への分岐点ということなのかなと。
なるほど。わかりました。それでは皆さん長い時間ありがとうございました。
卍!
卍!
最後思い出したように(笑)。
卍! 東卍最強!
いや、東卍最強って話にはならなかったですよね。
ブルン、ブルン、ブルン!(バイクコール)
漫画の過去と現在
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連載
その時々のエンタメ業界に現れた覇権コンテンツについて編集部が議論する連載。コンテンツ自体はもちろん、そのコンテンツが出てきた背景や同時代性、消費のされかたにも目を向け、ネタバレ全開で思ったことをぶつけ合っていきます。
2件のコメント
都築 陵佑
コメントありがとうございます。編集部の都築と申します。
ご指摘いただいたお名前の件、大変失礼いたしました。
記事は先ほど修正させていただきました。
今後ともよろしくお願いいたします。
匿名ハッコウくん(ID:5175)
馬地…?って誰?