YOASOBI、ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。名前に「夜」を冠するアーティストの楽曲を好んで聴く人々は、「夜好性」と呼ばれている。
彼らに代表される若い世代のアーティストの楽曲には「生きづらさ」や「息苦しさ」を感じさせるものも多い。
「夜好性」というリスナーを生み出す音楽が感じさせる生きづらさの原因とは何か? そして、それらはどうすれば解消できるのか?
そんな疑問の答えを求めて、今回は、大阪府立精神医療センター(現:大阪精神医療センター)精神科救急病棟で責任者などをつとめた精神科医・名越康文さんにインタビュー。
名越さんは自身でも音楽活動を行い、YouTubeではゲームや漫画のキャラクターを分析して、その世界観を紐解いている。「夜好性」と呼ばれるリスナーが好む楽曲をその場で視聴してもらい、その印象や生きづらさを抱かせる理由について話を聞いた。
取材・文:草野虹 編集:小林優介
僕らの世代が聴いていた音楽は、日本や海外のも含めて「物語」になっているものが多かったと思います。シンパシーを感じる人も多いんじゃないかな。
──その物語性にも注目しつつ、まずはYOASOBIの「夜に駆ける」を見ていただきたいと思います。
名越 よろしくお願いします。YOASOBI「夜に駆ける」 Official Music Video
名越 なんだかお笑い芸人の鉄拳さんがつくられたような柔らかいタッチのアニメーションだけども、これは本人たちが制作しているんですか?
────MVを制作したのは藍にいなさんというクリエイターです。最近ではこうしたアニメーションを用いたMVが増えてきていますね。
名越 僕はずっとバンドの音楽が好きで親しんでいたから、こういったハウスっぽい音使いには経験値が浅くて、コメントするだけのキャリアがないんです。
だからこのMVも心地よい音楽が背景にある映画みたいに見てしまいます。でも、このアニメーションには手描きのニュアンスがあって、グロテスクなシーンがきれいに描かれていて素晴らしいですね。
──次は、ヨルシカの「春泥棒」を見ていただきたいと思います。ヨルシカ - 春泥棒(OFFICIAL VIDEO)
名越 このアコギのイントロ、バンド好きとしてはとてもホッと安心できますね。楽曲としてすごく完成されていると思います。ボーカルがファルセットを多く使っているのがとても印象的です。
この曲のアニメーションは3Dなんですね…イヌめっちゃ可愛いやん…特に桜の花びらが舞うシーンの盛り上がりとか、演出がつくりこまれていて良いMVですね。
あれ、もしかしてこの曲、男女のどちらかが亡くなられているのかな…? 犬などのペットには霊感があるとよく言われていますが、それを表現にうまく落とし込んでいますね。
──3組の共通点として、「喪失」や「死」という表現が多いとも言われています。
名越 死はショッキングなものではありますが、物語の核としてはある意味で定型的であるとも言えると思います。(他者の)死は物語自体の始まりともなるし、その影響は物語にもっとも高いポテンシャル(潜在的な力)を与えるものです。
別の言い方をすると、死は物語の最も鋭利なターニングポイントになる。つまり、死があったらそこから生に戻って行かないと物語は進まない。
そういう意味では死を直接描くと、その後の心理的に立ち直ることが義務になってしまい、そのプレッシャーに疲弊してしまう場合もあると思います。
──最後は、ずっと真夜中でいいのに。の「正しくなれない」です。ずっと真夜中でいいのに。『正しくなれない』MV(ZUTOMAYO - Can’t Be Right)
名越 …いいなぁ! アニメのストーリー的に予定調和を嫌っているのが良いですね。物語において我々は登場人物に自分を投影してしまいがちだけど、物語というものは、登場人物が見ている人の予想を裏切るように動き出すことで始まっていくでしょ。
結末が他の物語と被ってしまうことは仕方ないにしても、そこにいたる最中の混沌とした部分こそ、作品が描きたいものになっていくわけですよね。
この曲とMVを見ていると、自分が認めたくない暗部や影と戦うなかで、最後の最後には自分の身を投げる、枠を飛び越えようとする、予定調和を崩そうとしている迫力が伝わってくる感じがします。
──自分を守るだけではなく、あえて身を投げ出して傷つきにいくということでしょうか?
名越 もう少し言えば、自分で自分を「こういうものだ」と決めつけていたイメージが嘘であり、刷り込まれていたと気づく、ということかもしれません。
全体のバランスや見え方に躊躇するのではなくて、瞬間瞬間における自分の行動を自分で見つめ直す。「いま自分は満足しているのか?」「いまどう感じた?」という風に自分との対話を繰り返してみる。そうしていくと自己像が見えてくるし、やりたいことがキッチリと見えてきます。
名越 心理学的に、あえてわかりやすく図式的に話しますが、僕は物語がなければ人間は5歳児から成長できないと考えているんですよ。
たとえば、5歳ぐらいの子供は一人でできないことも多いし、どんなに寛容な親でも夜道を一人で歩こうとしたら怒りますよね。「5歳の子供が弱い存在である」という前提があるから、子供はそうやって親や周りの環境が刷り込んできた価値観で生きるしかない。
わかりやすく言えば、「世界は危険なものなんだ」ということを学ばざるを得ない状況ですよね。
──確かに、5歳の段階で自分の世界観を築くのは難しいと思います。
名越 ではそこから成長して認識を更新できるかというと、非常に難しい。日本の学校教育はかなり画一的で、しかもそういう教育が大学に至るまで続くわけですから、命令や既存の答えに対して同調しきってしまう生き方しか学べないまま大人になってしまうわけです。
物語はそういった状況のなかで人の殻を破るきっかけを与えてくれます。漫画、ゲーム、映画などのフィクションを通して、枠の外の世界を感知することができますよね。
──名越さんは先日、舞台『カタシロ Rebuild』(※)に主人公のマコト役として出演されていました。役名以外の情報がほぼ明かされないまま舞台が始まり、与えられた設定と情報のなかで名越さんがマコトとして下した決断には、視聴者からも多くのコメントが寄せられていましたね。舞台『カタシロRebuild』名越康文,ディズム,藍月なくる
(※)舞台『カタシロ Rebuild』:TRPGシナリオ「カタシロ」を原作とした舞台。公演ごとに主人公である「マコト」役を違う人間が演じるという特殊な形式が取られ、名越さんはその1人として出演した。
名越 そうなんですよ。人生における1つの転機になるくらい、すごくいい経験をさせていただきました。
演じている最中僕は必死だったんですけど、終わってみたらものすごい数の人が物語に感情移入をしてくださっていて「マコトの発言に震えた」とか「混乱した」とか数々のコメントをしてくださって驚きました。
これまで解説を仕事にしていたので、僕自身にそこまで感情移入をしてもらうというのは初めてでしたね。
彼らに代表される若い世代のアーティストの楽曲には「生きづらさ」や「息苦しさ」を感じさせるものも多い。
「夜好性」というリスナーを生み出す音楽が感じさせる生きづらさの原因とは何か? そして、それらはどうすれば解消できるのか?
そんな疑問の答えを求めて、今回は、大阪府立精神医療センター(現:大阪精神医療センター)精神科救急病棟で責任者などをつとめた精神科医・名越康文さんにインタビュー。
名越さんは自身でも音楽活動を行い、YouTubeではゲームや漫画のキャラクターを分析して、その世界観を紐解いている。「夜好性」と呼ばれるリスナーが好む楽曲をその場で視聴してもらい、その印象や生きづらさを抱かせる理由について話を聞いた。
取材・文:草野虹 編集:小林優介
目次
名越さんと「夜好性」の出会い、その印象は…?
──YOASOBI、ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。は、1つの小説をもとに楽曲を制作したり、MVに共通のキャラクターが登場したりと、物語を伴うかたちで音楽を制作している3組です。 名越 個人的にはとてもシンパシーを感じますね。ベタな話ですけれども、ポップミュージックにとっては物語を語ることが重要ではありますよね。たとえばTHE BEATLESの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』はサーカス団が街にやってきたことから始まるコンセプトアルバムだし。僕らの世代が聴いていた音楽は、日本や海外のも含めて「物語」になっているものが多かったと思います。シンパシーを感じる人も多いんじゃないかな。
──その物語性にも注目しつつ、まずはYOASOBIの「夜に駆ける」を見ていただきたいと思います。
名越 よろしくお願いします。
────MVを制作したのは藍にいなさんというクリエイターです。最近ではこうしたアニメーションを用いたMVが増えてきていますね。
名越 僕はずっとバンドの音楽が好きで親しんでいたから、こういったハウスっぽい音使いには経験値が浅くて、コメントするだけのキャリアがないんです。
だからこのMVも心地よい音楽が背景にある映画みたいに見てしまいます。でも、このアニメーションには手描きのニュアンスがあって、グロテスクなシーンがきれいに描かれていて素晴らしいですね。
──次は、ヨルシカの「春泥棒」を見ていただきたいと思います。
この曲のアニメーションは3Dなんですね…イヌめっちゃ可愛いやん…特に桜の花びらが舞うシーンの盛り上がりとか、演出がつくりこまれていて良いMVですね。
あれ、もしかしてこの曲、男女のどちらかが亡くなられているのかな…? 犬などのペットには霊感があるとよく言われていますが、それを表現にうまく落とし込んでいますね。
──3組の共通点として、「喪失」や「死」という表現が多いとも言われています。
名越 死はショッキングなものではありますが、物語の核としてはある意味で定型的であるとも言えると思います。(他者の)死は物語自体の始まりともなるし、その影響は物語にもっとも高いポテンシャル(潜在的な力)を与えるものです。
別の言い方をすると、死は物語の最も鋭利なターニングポイントになる。つまり、死があったらそこから生に戻って行かないと物語は進まない。
そういう意味では死を直接描くと、その後の心理的に立ち直ることが義務になってしまい、そのプレッシャーに疲弊してしまう場合もあると思います。
──最後は、ずっと真夜中でいいのに。の「正しくなれない」です。
結末が他の物語と被ってしまうことは仕方ないにしても、そこにいたる最中の混沌とした部分こそ、作品が描きたいものになっていくわけですよね。
この曲とMVを見ていると、自分が認めたくない暗部や影と戦うなかで、最後の最後には自分の身を投げる、枠を飛び越えようとする、予定調和を崩そうとしている迫力が伝わってくる感じがします。
──自分を守るだけではなく、あえて身を投げ出して傷つきにいくということでしょうか?
名越 もう少し言えば、自分で自分を「こういうものだ」と決めつけていたイメージが嘘であり、刷り込まれていたと気づく、ということかもしれません。
全体のバランスや見え方に躊躇するのではなくて、瞬間瞬間における自分の行動を自分で見つめ直す。「いま自分は満足しているのか?」「いまどう感じた?」という風に自分との対話を繰り返してみる。そうしていくと自己像が見えてくるし、やりたいことがキッチリと見えてきます。
学校では教えられない世界を「物語」が見せてくれる
──これまで、3組のアーティストの楽曲とMVを見てきました。彼らの共通点として「物語」を重視していることは冒頭でも触れましたが、名越さんからみて、「物語」が音楽にもたらす影響とは何でしょうか?名越 心理学的に、あえてわかりやすく図式的に話しますが、僕は物語がなければ人間は5歳児から成長できないと考えているんですよ。
たとえば、5歳ぐらいの子供は一人でできないことも多いし、どんなに寛容な親でも夜道を一人で歩こうとしたら怒りますよね。「5歳の子供が弱い存在である」という前提があるから、子供はそうやって親や周りの環境が刷り込んできた価値観で生きるしかない。
わかりやすく言えば、「世界は危険なものなんだ」ということを学ばざるを得ない状況ですよね。
──確かに、5歳の段階で自分の世界観を築くのは難しいと思います。
名越 ではそこから成長して認識を更新できるかというと、非常に難しい。日本の学校教育はかなり画一的で、しかもそういう教育が大学に至るまで続くわけですから、命令や既存の答えに対して同調しきってしまう生き方しか学べないまま大人になってしまうわけです。
物語はそういった状況のなかで人の殻を破るきっかけを与えてくれます。漫画、ゲーム、映画などのフィクションを通して、枠の外の世界を感知することができますよね。
──名越さんは先日、舞台『カタシロ Rebuild』(※)に主人公のマコト役として出演されていました。役名以外の情報がほぼ明かされないまま舞台が始まり、与えられた設定と情報のなかで名越さんがマコトとして下した決断には、視聴者からも多くのコメントが寄せられていましたね。
名越 そうなんですよ。人生における1つの転機になるくらい、すごくいい経験をさせていただきました。
演じている最中僕は必死だったんですけど、終わってみたらものすごい数の人が物語に感情移入をしてくださっていて「マコトの発言に震えた」とか「混乱した」とか数々のコメントをしてくださって驚きました。
これまで解説を仕事にしていたので、僕自身にそこまで感情移入をしてもらうというのは初めてでしたね。
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