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精神科医・名越康文が解き明かす「夜好性」 アーティストが代弁する生きづらさ

昔とは違う、相手がだれかもわからない「反抗」

──80年代に活躍した尾崎豊さんやTHE BLUE HEARTSを初め、社会や他人との違和感を歌い支持されたアーティストはこれまでにも存在しました。今回の3組が、これまでと異なるのはどういった点でしょうか?

名越 僕は今回聴かせてもらった3組のファンの人たちのように何百回も聴いているわけじゃないので、的外れになるかもしれないけれども、まず思ったのは言葉のリズムや韻が絶妙で、そういう意味で言葉遊びが見事だということです

同じ歌でも英語と日本語を比べると、メロディラインが根本的に違ってしまいやすいけれど、おそらくメロディの美しさを壊さないように見事な言葉選びをしている。すごいことですよね。

あと、言葉の数が本当に多い。いま3曲を聴いてみて、こういった感情をもとにして歌詞を書くとするなら、これだけの言葉数が必要な理由もわかった気がします。

一方で、「自分が抱えてしまった感情や想いから離れたくない、縛られてしまうのではないのかな?」とも感じました。でも、だからこそこの生々流転する現代において、自分の価値を心の中に繋ぎ止めておけるのかもしれないですね。
自分の気持に蓋をしたくないあなたに知っておいてほしいこと
──それはどういった理由でしょうか?

名越 感覚的な話にはなるけど、たとえば尾崎豊には「学校」や「大人」という、具体的な反抗の相手が見えていた

反面、今回の3組の歌を聴いていても底知れないのは、反抗する相手が見えてこないし、なぜ息苦しいのか、生きづらいのか理由がわからない。だからこそ恐ろしい、触れることさえできない巨大な壁のようなものを感じてしまいます。

答えがないがゆえにその場でグルグルとループしていくしかないし、解放するための弁が無いようにも見える。生きづらさや息苦しさというものがもはや空気化、背景化しているような印象を受けます

でもかといって、意気消沈しているのかというとまるで違っていて、ここに存在するのはとてもユニークで力強い創造性だというのがすごいと思います

自身の感じた苦しさを丁寧に言語化してくださった名越さん

──私は3組の曲をよく聴きますが、「生き苦しさ」を代弁してくれていることで、自分のなかで折り合いがつくような感覚もあります。

名越 代弁者が支持される傾向は20年前から、いやそれ以前からの普遍的な傾向でしょうね。

なんせ僕はその頃は洋楽一辺倒だったので、極めて断片的な知識で申し訳ないですが、尾崎豊やTHE BLUE HEARTS以降は、90年代だとMr.Children、00年代では椎名林檎がその走りとなったところがあるし、最近ならAdoの「うっせぇわ」や、アニメのタイアップ曲だけどLiSAの「炎」も同じような流れの発露に見えますよね。歌詞を読んでいるとほんと……

──苦しそうですよね。

名越 本当にそう。でも支持を集めているんですよね。

自分との対話が生む幸せと生きづらさ

──名越さんの目線から見て、なぜそういった苦しさを伴う楽曲がヒットしたと思いますか?

名越 ひとつは社会的に不安な状況下だから、というのはあると思います。とはいえ、日本の政治はほとんど無風状態がずっと続いてきて、若い人はこの政治の状況に対してはそこまで閉塞感を感じていないと思う

むしろメディアが積極的に閉塞感を訴えていて、僕はそこに乖離的な部分を感じています。僕の周りには若い世代の子がいっぱいいるけど、「どこかに抑圧者がいて、そいつらが誰かを抑圧している」というような幻想性や、搾取する側/される側という仮想敵をつくり出す構造にはあまり関心がないように見えるんです。

じゃあいま僕らが抱えている生きづらさや閉塞感とは何かというと、それは生きているうえでの本質的な部分だと思います

最近、僕自身や僕の友人たちは、どんどん地方へと離れていく人が多くなってきた。これは二十数年前には見られなかったなと思います。

──精神的な豊かさを求めるということでしょうか?

名越 そう。でもその精神的な豊かさというのは少し漠然としてるじゃないですか。今多くの人が求めている精神的な豊かさや精神的な充足って、つまりは身体を通した豊かさなんだと僕は感じているんです

たとえば、夏は冷房を朝までかけないと熱中症になるということが常識になりつつある現代において、それでも「冷房って身体に負担がかかるよね、やっぱり自然の山の涼風に当たると心が生き返るよね」とか、「水の美味しいところで暮らすと元気にならない?」っていうような身体の実感って、それはそのまま精神的な豊かさなんですよね。

そういう、身体の求め=精神の豊かさ、だということに目覚めた人はとても増えている気がします。SNSやネットが進んだことで、どこにいてもリモートで仕事ができるようになった。それによって、より場所に拘束されない生き方がリアルになってきていると思うんです。

SNSで人と繋がったり、趣味を通じてコミュニティに所属したり、習慣や強制ではなく、必要な時に集まれるような人間関係を持っている人は、郊外や田舎で自然と触れ合いながらバランスよく生きていける

自然と触れ合うことの重要さを説く名越さん

名越 でも、人との付き合い、つまり人との「距離感」がうまくつかめないと、ちょっと思い詰めてしまったり、つらい状況になってしまっている人も増えていると感じます。

もちろんそういった苦しみは70年代からずっとあったんですけど、当時は車や家を買うとか、都会に住んで出世していこうとか、そういった社会通念としての共通の夢やゴールみたいなものがあって、とりあえずそこに向かって進んでいると大丈夫っていう土俵があった。

もちろんそれは壮大な思考停止時代を作ってしまったとも言えるんでしょうが、それが通用しなくなったいまの時代は、昔に比べるとより「自分にとって心地よい生活とは何か?」というものを、少しは立ち止まって探せる時代じゃないのかなと思います

──現代思想的な言葉でいうと、みんなが幸せになるために共通で追い求める「大きな物語」や「共同幻想」が失われて、個々人が自分の幸せを追う「小さな物語」が始まっていくような流れでしょうか?

名越 まさにそうですね。僕はハッピーなことだと思っていますよ。強制されないということになりますからね。

「大きな物語」があった昔の時代なら、自分と対話せずとも、周りと足取りを合わせて同じ夢を追いかけることができた。「アイツは車を買った」「コイツは家を買った」「なら自分も頑張ろう」という風に、自分の心の声を聞く能力が高くなくてもみんなと一緒に走っていけるし、時間も経過していくわけです。

これに対して「小さな物語」つまり一人ひとりが自分の人生を構築してゆく「ハンドメイドの時代」をうまく生きる条件はいくつかありますが、一番は自分とうまく対話できる、自分の心の声を聞けるということです

これは人によっては簡単だけど、学校の勉強では教えてもらえませんし、大概の人にとっては得てして難しい。

知識や映像や、景色や風習などの文化を「好きになる」という能力を高めていくしかないんです。この「好きになる」という能力ほど学校教育で難しいものはないのかもしれない。でもこれを伸ばしていくとその先に「これだ」というものを見つけられるようになる。 名越 つまり、自分の心との対話にも相応の技術や時間が必要になってくるんです。しかもそれによって得られるのは、大きな夢や見返りというみんなと共通して感じ得るものではなく、どちらかというと個人的な意味や安らぎを与えてくれるもの。自分はマジョリティなのだと思えることで得られる心の安定とはかなり違うフェーズなんです。

ですからその移行期である現代において、ライフスタイルが自由になった反面「自分の心との対話がうまくいかないし、結果も見えづらい」という閉塞感を感じている人が増えているのかもしれないですね。

承認欲求も必要、でも「いまの自分を受け入れる」ことを選んでほしい

──SNSを見れば常に成功者がいて、いろいろなノウハウや意見があふれているという状況も、「小さな物語」を個々人が思い描きづらい流れを助長しているように思えます。

名越 検索能力がすごく重要になってきていますよね。調べ方次第では何でもできるけど、情報によっては競争を煽られ焦らされて自分を傷つけてしまいかねない

その検索の仕方自体が知性や知識と繋がっていて、自分の身を守ることに繋がっているように見えます。

──頑張って様々な正しさを学べば学ぶほど、全てを網羅するのが難しくなり苦しくなってしまう。まさに「正しくなれない」という感覚もあります。

名越 僕は42歳までは開業医をしていて、そこからテレビの世界へと入ろうと決めたので40代のころはとてもつらかったんです。

明日には仕事が無くなるかもしれないし、周りの人からは「いいですね先生、医師免許があるから、いざとなったらまた医療に戻れますね」と言われる。なるほどとは思うけれど、走り始めているんだから実はもう元には戻れないんですよね。その、誰とも共有できない未来というのがきつかったですね。

最初は台本に「こういう風に話してください」ということが書かれていたけれど、なかなかその通りにやらないものだから、2年くらいたったら「随意で(思うままに)」としか書かれなくなって。

反発したいわけじゃなくて、簡単に言うと空気を読めないんです(笑)。でもこれも、自分の心と対話して出てきた答えなので。
#0308 何かにのめりこんだときだけ人は「自由」を得る!
──自分の軸を大事にしないといけないですね。

名越 こんなことを僕がいったら先輩風を吹かせているように見えるかもしれないけど、空気を読むとか、周りや時勢に合わせようといったことは、やっぱりあまり考えないで良いように思うんですね

最初から色分けされないように、ちゃんとした距離を保つこと。SNSをやめろだなんていうのはデメリットが多い気がするんですけれど、自分の色をしっかりと持っておくことが重要ですね。

バズとかいいねみたいな承認欲求もある程度は確かに必要なんだけど、あまりにそれを追及しすぎると、自分のトラウマやしがらみを癒すように、意識的にも無意識的にも「面白い」といつも言われたくなってしまう。いわばその欲求の奴隷になって個性が消えてしまうと思うんです。

そうすると結局、同じような傷を持った人や心のしがらみを抱えた人だけの閉鎖的な状況になってしまって、関係性がしんどくなってしまう。

それに、いまバズっているものはいまカッコいいから真似したくなると思うけど、2番煎じのコンテンツは意外とウケない

自分の個性を見つけて、それをつぶさず大切にしながらブラッシュアップしてゆくという孤独なトンネルの時期がある。それはまあ当然のことなんですけど、自分のこととなるとね。

当日は「僕は性善説を信じてる」と笑いながら話してくれた

──今回聴いていただいたYOASOBIのAyaseさん、ヨルシカのn-bunaさんは、現在の形になる以前からそれぞれボーカロイドなどでの楽曲制作をされていました。そこで個性をブラッシュアップしたという土台が、今の人気を支えているのでしょうね。

名越 今回の3組の歌を聴く方々は自分のオリジナリティを信じていて、発揮したいと考えていると思う。だけど、それゆえに会社や学校のなかではうまくフィットできずに苦しんでいる方々も多いように感じます

苦しめたいわけじゃないけど、あえて言うなら「いまの自分を受け入れる」ことを選んだ方がいいと思います。

──それにはどうすればいいと思いますか?

名越 「小さな物語」の話と同じように、いつもより少し心の感度を上げてあげてあらゆることに対して自分がどう感じているのか、心の声を聴いてあげることが大事だと思います

たとえ最初はうまくいかなくても、自分を客観的に見つづけると、自分のエゴからでている無用なこだわりや頑なになっているコンプレックス、思い込みは、やり続けるうちに自然と「違うな」とわかっていくと思います。

そうして自分の1人よがりな部分をそぎ落としていった先には、トガっているけどオリジナリティが生まれているんだよね。それは、全員じゃないかもしれないけれど、10万人とかが面白いと思ってくれるものになっているはずだと思います

新世代のコンテンツが起こすムーブメント

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