仕事を失った山梨の映像作家、Uber配達員としての出稼ぎの日々を映像に

仕事を失った山梨の映像作家、Uber配達員としての出稼ぎの日々を映像に
仕事を失った山梨の映像作家、Uber配達員としての出稼ぎの日々を映像に

POPなポイントを3行で

  • 「仕事がなくなったので、東京に出稼ぎに来ました」
  • 山梨の映像作家、東京でUber Eats配達員として働く日々を映像に『東京自転車節』
  • 「今稼がないと生きていけないっていう現実が目の前にあるんです」

仕事がなくなったので、東京に出稼ぎに来ました。
出稼ぎの日々を映像に記録していきます。Taku AoyagiさんのFacebookより

新型コロナウイルス感染症の影響は、業種によって大きなグラデーションが存在する。

例えばWebメディア業界では、編集・ライターであればまだリモート作業にスライドできるが、映像や写真といった撮影を主な仕事にする映像作家やカメラマンは、この数ヶ月まともに仕事にならないという声を聞く。

青柳拓さんもその一人。山梨県で映像作家として活動していた彼は、生活費を稼ぐために上京してデリバリーサービス「Uber Eats」の配達員(公式名称は「配達パートナー」)に登録。 都内を自転車で行き来しながら配送する自分の姿を映像に残し、2020年5月6日から、『東京自転車節』と題した短い映像を自身のTwitterやFacebookで投稿し始めた。

「たぶん自分は『貧困』なんだと思う」

青柳拓さんは、神奈川の日本映画大学を卒業後、地元・山梨県に戻り、フリーランスとして映像制作の仕事を請け負いながら、代行運転をしていた。

そのかたわら、自身の作品としてドキュメンタリー映画を制作。この2020年にも、都内ではミニシアターのポレポレ東中野で『井戸ヲ、ホル』が上映された。 しかし、3月以降、新型コロナウイルス感染症の拡大をうけて運転代行や映像の仕事は減っていき、ついには収入源がなくなった。

「仕事がなくなって困ったので、『YouTuberになろうか』って友達と話して実際に撮ってみたりもしたんですけど、さすがにこれでお金を稼げないだろうと。生活費もそうなんですが、特に大きかったのが、奨学金の存在でした」

現在27歳の青柳さん、大学に進学するためにを借りた奨学金の返済をすでに滞納している。日々の生活費に加えて、このままでは生涯奨学金を返せないかもしれないという危機感から上京を決意した。

たぶん、自分はずっと『貧困』なんだと思うんです。もちろん自分よりもっと金銭面で困っている人もいるだろうけど、僕もとにかくずっとお金がない。その上コロナ(の影響)で仕事がなくなって、何とかして稼がないといけないと思って東京に出ました」

日本でも新型コロナウイルス感染者数が多い東京にこのタイミングで出稼ぎにいくという青柳さんのことを、家族や友人は心配した。

しかし、Uber Eatsの配達は地方では成立しづらく、まともな稼ぎになるわけもない。周囲を説得し、しばらく地元には戻れないという覚悟を胸に、単身東京を目指した。

東京の緊張感を記録したくて始めた『東京自転車節』

青柳さんがUber Eatsの配達を決めたのは、必ずしも後ろ向きな理由ばかりではない。

すぐに仕事ができる。すぐにお金がもらえる(Uber Eatsは週ごとの支払い)。そうした条件に加えて、東京の今の景色を撮っておきたいという気持ちがあった。

「今の東京の緊張感を記録しておきたいと思ったんです」。映像作家として、緊急事態宣言下にある東京の空気を目にしたかった。

「Uberの配達員って個人事業主としての扱いだから、自由に働けるんです。自転車にカメラをセットすれば、配達している自分が目にしている景色を撮れると思って」

映像に映り込む赤い電動アシスト自転車は、区から安くレンタルできるコミュニティサイクル。 自転車にまたがり東京の街を滑走する青柳さん。初日の映像の最後には、「今日の稼ぎ ¥9,607」とある。

最後のシーンは、渋谷のスクランブル交差点。

街頭ディスプレイから流れているのだろう、芸人の江頭2:50がYouTubeに投稿した自粛を呼びかける動画の音がわずかな車の音と混ざって聞こえている。「オレだって遊びに行きたいぜ、でも今は我慢だ。みんなでこの危機を乗り越えようぜ。StayHome」。

山梨から川崎、王子へ 友人宅を転々と

上京当初、事情を話したところ、川崎に住む友人が一時的に身を寄せる場所として部屋を提供してくれた。新型コロナウイルス感染防止にはお互い気をつけつつも、共同生活が続いた。

しかし、1日全力を出しても15,000円という稼ぎで、川崎から都心への往復の交通費が地味に痛い。そこで現在は、北区の王子に住む友人2人の家に、やはり居候させてもらうことに。 引っ越し作業に充てた日の稼ぎはもちろん「¥0」。

人はいるのに声がしない 緊急事態宣言下の東京

東京に出稼ぎにきた青柳さんの目には、現在の東京はどう映ったのか。

「実際の東京は、意外とそこまでの緊張感もなかったです。緊急事態宣言中ですけど、繁華街には人がいないわけでもなくて。

でも、人はいるのに、静かなんです。少なくない人がいるのに、人の声がしない。それが怖いです。活気も喧騒もない

飲食店も一切営業していないわけでもないが、店内で会話をする人間はほとんどいない。都内の公共交通機関を利用しても、電車内やバス内で話をしている人は見かけない。

人はいるが、声は聞こえない。流れてくるのは、ディスプレイの音くらい。

Uberへの率直な戸惑い

Uber Eatsの配達員を始め、仕事の実感について「自分の中でもまだうまく整理できていません」と青柳さんは言う。

「僕のイメージですけど、Uberって、切迫した人と人とをつなぐ大切な仕事だと思ってました。けど、実は切迫してるのはお店や配達員だけで、注文を頼む人はそこまで切迫してない人たちが多いんだと実感しました」

送料も手数料もバカにならないため、Uber Eatsの利用は経済的な余裕がある人が多くなる。それでも、外出にリスクが伴う現在、デリバリーの利用で外出を控えているという意味で、リスクヘッジのためにやむなく通常以上の出費をよしとしている、という世帯もいることだろう。

「今、Uberも玄関先での置配が主流で、自分が食事を届ける人の顔が全然見えなくて。人間味が感じられないというか、思ったよりも、機械的な作業をしているような感じもします

青柳さんは、Uber Eatsという仕事を、自分自身がどう受け止めているか戸惑い、言葉にしあぐねているという様子だった。

一方で、「ゲームみたいな感覚で楽しい」という感情があることも自覚している。

「ゲームで言う、クエストみたいな。その時々で自分ができるクエストを受注してクリアしてそれに応じたお金をもらうのは楽しいです。

月曜から木曜まで、95回以上配達すると、出来高による金額だけじゃなくて、プラス1,7000円みたいなキャンペーンとかもあって。ただ、他の配達員が少ない雨の日でも、朝から晩まで本気出して1日20数回が限界だったから、4日で95回なんて無理だと思いますけど…」

Uber Eatsを初めて青柳さんが驚いたことの一つは、少ないながら一定数発生する注文のキャンセルだ。購入後の自己都合のキャンセルなので返金もされない。

「どういう理由かはわからないのですが、お金を払って注文したメニューのキャンセルが、たまにあるんです。処分の方法は配達員に任されているのですが、それがもったいなくて」

「僕にも働かせてよ」当事者の胸中

Uber(及びUber Eats)の抱えるドライバーや配達員はアルバイト(業務委託)ではなく、あくまで登録後に個人が事業を請け負う個人事業主扱いである。企業と個人間との取引である。

そのため、配達員には労働法が適用されず、もし配達中に事故にあっても労災もおりない。非正規雇用者を増やすUberのやり方は国内外で度々問題視されている。

「Uberが、労働者を使い捨てているという指摘があることは知ってます。ケン・ローチという監督がいて、彼もUberの労働システムを批判していました」 「ケン・ローチは、貧困問題にカメラを向けた素晴らしい作品を生んでる、良い映画監督。彼の言っていることもわかりますよ。

けど(仕事のなくなった)当事者として、そうは言っても今稼がないと生きていけないっていう現実が目の前にあるんです。だから『僕にも働かせてよ』としか言えないです」

実際、新型コロナウイルス感染症の影響で、筆者の周囲でも、仕事がなくなり収入が激減した人間が、時間があるときにUber Eatsでお金を稼いでいるという話を聞く機会が増えてきた。

なお、日本では2019年10月から、配達員が事故にあった場合に見舞金を支払う「傷害補償制度」が始まっている。三井住友海上火災保険と協業した取り組みで、この補償のために配達員が新たに金銭を支払う必要はなく、全配達員が対象となっている。

「全力でやって、うまくいって1日15,000から20,000円くらい。割のいい仕事かと言われたら、良くもないし悪くもない。けど、自分にとっては、とにかく目先のお金です。この状況でどこかと雇用契約をするのは現実的じゃなくて、フレキシブルな働き方という意味ではUberはやりやすいんです」 27歳の映像作家が、自転車に乗りながらUber Eatsの配達員として働く自分を主人公に、カメラに収めた、未曾有の災厄に直面している東京の風景。

5月に入って、緊急事態宣言が全国で次々と解除され始めている。いつか新型コロナウイルス感染症が終息したら、映像作品として公開したいと青柳さんは話している。

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