絵と音楽、企画段階からコンセプチュアルなものを目指した
──『そばへ』の音楽は牛尾憲輔さんが担当されています。『聲の形』『リズと青い鳥』などで知られる牛尾さんですが、『そばへ』においてその音楽にどのような役割を求められたのでしょうか?武井 和氣さんと石井監督のご関係と同じで、僕も牛尾さんと何度かお会いする中で、ずっとご一緒したいなと思っていました。
マルイさんとテーマについてのやりとりをしている中で、作品としてコンセプチュアルなものを目指していたので、映像だけでなく音楽も雨という題材をどれだけミニマルかつ印象的にできるかが作品のポイントだろうなと考えていました。
牛尾さんが携わった映画『リズと青い鳥』でも、冒頭から映像にあわさった音楽がとても記憶に残っていて、今回の作品にうってつけだと考え、お誘いしました。
打ち合わせの内容はとてもシンプルで、「雨を音楽で表現してください」、ただそれだけ。牛尾さんからは、変拍子で、ポリリズムで、とアイデアが出てきました。
福原遥さんに声を演じてもらうこともあり、福原さんの声も音楽に入れられないかとご相談したら「いいですね」と。その場で音楽の大まかなイメージが一気に決まっていきました。テーマの把握力がずば抜けているなという印象です。 和氣 石井監督は当初、もっとアニメっぽくて、キャラクターに寄った音楽が仕上がってくるのかなと想像していたようです。
それが実際に牛尾さんの音楽を聞いたことで、「こういう音楽だったらキャラクターの芝居はもっとこうしたほうがいいんじゃないか」と、演出に変更を加えていきました。
武井 物語に関しては、プロットという形で最初から骨子が示されることは多いですが、その一方で映像となると、物語におけるプロットにあたるものが、そこまで最初に決まらないまま走り出すことが多いんじゃないかと思うんです。
映像、つまり絵と音のふたつも、企画書の段階からコンセプトが示されていてもいんじゃないかなと。絵のコンセプトとしてコンセプトアートが示されることは多いですが、同様に音のコンセプトとして音楽のスケッチが示されても良いんじゃないかと、今回の『そばへ』を通じて感じましたね。
──今回のようなショートアニメだからこそ、挑戦できたところではあるかもしれませんね。
武井 そうですね。そういう点でとてもこの作品に関われたことは大きかったと思います。ただ「TVアニメだとコンセプトアートやコンセプトミュージックを先んじて決めることができない」というわけでもないとは思うので、今後の作品づくりにおいては同様の試みをしていけたらと考えています。
──「音楽に入れられないか?」と相談した福原遥さんの声ですが、そもそも出演はどのように決まったのでしょうか?
武井 マルイさんからは、できるだけ多くの人たちに今回の取り組みを届けたいというお話でした。アニメを普段から見ている人以外にも注目してもらいたい、という意図でオファーさせていただきました。
もともと幅広くタレント活動をされていて、かつ『キラキラ☆プリキュアアラモード』などで声優のご経験もある。別の作品でお仕事をご一緒していたのですが、とてもきれいでピュアな声だなという点が印象に残っており、今回のキーキャラクターである妖精にもぴったりなんじゃないかと思ったんです。
水とキャラクターの動きに刮目せよ
──なるほど! 映像の話に戻らせていただきますが、オレンジさんとして「ここに注目してほしい」というポイントはどこでしょうか?和氣 まずはシンプルに雨、つまり水の表現ですね。雨といっても降っているものばかりでなく、水たまりや雨だれ、傘や服についた水滴など多岐にわたります。そういった様々な水の要素を、3DCGで描き切るということが今回のひとつの目標だったので、まずそこに注目していただきたいですね。
次にキャラクターです。今回新たな試みとして「Marvelous Designer」というソフトを導入しています。具体的にはそのソフトを使って、妖精の着ているのポンチョの動きを物理演算で描いており、より豊かな動きが表現できたのではないかなと思っています。 ──キャラクターの動きはモーションキャプチャーでしょうか?
和氣 はい、マスコットのまっちゃ(猫)以外は基本すべてモーションキャプチャーで一度動きを取っています。その上で、手作業で微調整を行っています。
今回そのモーションキャプチャーを自社以外の会社にお願いしたことが、オレンジとしては珍しく、新しい試みなんです。というのも、今までの作品のモーションキャプチャーは、すべて自社内で行ってきたんです。
余談ですが、直近のTVシリーズである『宝石の国』も自社でモーションキャプチャーを行ったのですが、実は基本的に動きを演じるのは弊社代表の井野元(英二)なんですね。もちろん一般の方はそんなことはないと思うんですが、僕らスタジオの人間からすると、主人公のフォスフォフィライトが井野元にしか見えなくて(笑)。
──同笑
和氣 作画のクセと同じで、モーションにもやはり演じる人間のクセがでるようで、オレンジの制作進行は、映像を見て「これ、井野元さんですね」とわかるんですよ。
そういった背景もあり、今回は女性のキャラクターが大きく動き回るので、モーションキャプチャーに慣れていて、かつ女性的な動きができる人にお願いしました。スタジオとしてキャラクターの動きの幅を広げる上でも、良い試みだったと思っています。
タイトル『そばへ』に込められた3つの意味
──そうした数々の試みがあって完成された『そばへ』という作品は、もともとのテーマであった「インクルージョン」がどのように作品に反映されているのでしょうか?和氣 「インクルージョン」というお題に対して「雨」を提案した理由は、雨を表現したい、という映像的な挑戦もあったのですが、個人的に僕自身が雨が好きだったからでもあるんです。
どう捉えるかだとも思うのですが、インクルージョンという単語を多様性を認める・内包するという意味で考えたとき、価値観についても多様であっていいんじゃないかとも思ったんです。
雨って普通は嫌われる存在じゃないですか。雨が降ることで喜ばれることってほとんどなくて。でも子供の頃を思い出すと、雨の日ってどこかワクワクしたのを覚えているんですよね。それが大人になるにつれ、好きから嫌いになっていく。でも雪に関しては、大人でもワクワクする人って多いと思うんです。 和氣 同じ空から水が落ちてくるという現象なのに、なぜこうまで印象が違ってしまうんだろう、と考えると、もっと雨に対してポジティブな感情があっても良いんじゃないかな、と思うんです。
今回の『そばへ』も、嫌だと思っていた雨の風景が、ふとしたきっかけでまったく違う印象にもなることに気づくという物語です。ですので、ご覧になった方にとっても、この作品を通して、今自分が嫌いだと思っているものの中に、自分が気づいていない「好き」と思えるものがあるんじゃないか、と考えてもらえたらいいなと思っています。
──作品のタイトルである『そばへ』も、そういう意味では色々な意味を内包しているように感じます。
武井 そうですね。これは石井監督がつけてくれたタイトルなんです。「天気雨という意味での日照雨(そばえ)という単語があるよ」と。
作品の物語である、傘が持ち主の「そばへ」返ってくる、という意味にもなりますし、「戯う(そばう)」という言葉には「たわむれる」という意味もあって、作品として雨の中で遊んでいることにもかかっており、すごく良いタイトルだなと思っています。
──最後にこれから作品をご覧になられる方たちへメッセージをお願いします。
和氣 2分という短い映像なので、何度も見ていただけたらと思います。多分最初に見ていただいた際は、映像と音楽の気持ちよさをまず感じていただき、2回目からは物語により目を向けていただき、3回目でそれまでに気づかなかった要素に新たな発見があって、と見ていただくたびに新鮮な気持ちになっていただける作品に仕上がっています。
天気によってもイメージの違う作品かなと思うので、天気の日や雨の日、ご覧になる環境を変えながら、ぜひ1回と言わず何度もお楽しみいただけたら嬉しいです。
武井 オレンジさんって、いわゆるアニメど直球という作品よりは、市川春子先生の『宝石の国』をアニメにするという意欲的な試みに挑戦していて、その作品がさらにファッション誌でも取り上げていただくことがあったりと、通常のアニメファン以外の人にも届くようなスタジオとしての色が出せているんじゃないかなと思うんです。
次回作として現在取り組んでいる『BEASTARS』も、まさに題材として多くの方たちに問題を提起できる作品になると思っています。今回の『そばへ』も、ひとりでも多くの方に作品に込めたメッセージを届けたいですね。 武井 その一方で、ちょっとマニアックな見方になるのですが、今後のオレンジさんの作品をご覧になる中で、「このタイミングでこういうことに取り組んでいたんだ」という分水嶺的な作品だとも思っています。
新海誠監督が映画『君の名は。』を制作する前に、Z会さんの『クロスロード』というCMをやっていて、その際の取り組みがいろいろと『君の名は。』につながっています。
オレンジというスタジオもこれからもいろいろと話題作を世に送り出していくと思いますが、その作品を紐解いていくと、この『そばへ』という作品でチャレンジしていたことに端を発することがいくつもあるんじゃないかとも思っています。ですので、コアなアニメファンの人はそういう意味でもこの作品にご注目ください!
──ありがとうございました! 企業PRのアニメでありつつも、自由な枠組みの中で、幸せなコラボレーションの結果として生み出されたのが『そばへ』という作品であることが理解いただけただろうか。
このインタビューを読み、『そばへ』という作品に興味を持った人はぜひとも動画を再生してみてほしい。きっといくつもの発見があるはずだ。
また冒頭で紹介したデザインワークスに加え、マスコットともいえるまっちゃのぬいぐるみもマルイで販売中。映像に触れ、その世界観をもっと深く感じたいと思ったら、ぜひ手にとってみてほしい。
『そばへ』デザインワークス、マスコット販売中
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作品情報
丸井グループのオリジナルショートアニメーション『そばへ』
- 監督
- 石井 俊匡(『未来のミライ』 助監督)
- 声
- 福原 遥(『キラキラ☆プリキュアアラモード』声優)
- キャラクターデザイン
- 秦 綾子(『未来のミライ』 作画監督)
- コンセプトアート
- 長砂 賀洋(『Moom』 アートディレクター)
- 音楽
- 牛尾 憲輔(『聲の形』 『リズと青い鳥』 音楽)
- プロデューサー
- 武井 克弘(『宝石の国』 プロデュース)
- 和氣 澄賢(『宝石の国』 制作プロデューサー)
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