大反響を得た本作は原画展やコラボカフェが開催されたほか、アニメーション原画集や「まり」の友達を数多くのイラストレーターが描き下ろしたトリビュートイラストブックがコミケやネット通販で販売されるなど、大きな広がりを見せている。
この盛り上がりを受けて、3月21日には、続編新作「まりさんの、お花見とめぐる日々」も公開された。 今回はそんな『猫がくれたまぁるいしあわせ』との連動企画として、第1話「仕事編」でも描かれた“仕事”について掘り下げていく。お話をうかがうのは、トリビュートイラストブックにも参加している人気イラストレーターの左さん。
小説『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』の装丁画やゲーム『アーシャのアトリエ ~黄昏の大地の錬金術士~』のキャラクターデザインなど、幅広いジャンルで活躍を続ける左さんに、イラストレーターという仕事の魅力から直面した悩み、また、日常で感じる“小さな幸せ”について、話を聞いた。
あわせて、トリビュートイラストブックに参加しているイラストレーターさんへのアンケートを実施。
トリビュートイラストブック参加作家へのアンケート結果を見る 今や若者が憧れる職業となった“イラストレーター”という仕事のリアルを紐解いていく。
取材・構成:須賀原みち
桂正和と高河ゆん、沙村広明に影響を受け…漫画家志望の時代
──まず最初に、アニメ『猫がくれたまぁるいしあわせ』はご覧になりましたか?左 (取材時に公開されていた)4話全部を見させてもらいました。最初、丸井グループがアニメをつくるということでビックリしたんですが、「まり」という大人の女性の目線から見た、等身大の悩みであったり日常を描いていて、すごく私の持っている丸井のイメージとマッチした作品だと感じました。
主人公が女性ということもあって、女性から見た物事の捉え方などで「なるほど」と思う部分もありましたね。あとは、家族編では特別キレイなわけじゃない洗面所のシーンがあったり、実家での親との描写だったりで、すごく共感するところが多かったです。
一般的なアニメと違って、特別な事件が起こるわけでもなく、短い時間ながらも日々を丁寧に映しすことに焦点を当てた作品という印象でした。 ──本作は日々を生きる大人を後押しするような作品となっていますが、今回はイラストレーターというお仕事のリアルについて、お話をうかがっていきたいと思います。
左さんがイラストレーターを目指したきっかけは、どういったものだったのですか?
左 今でもそういう気持ちがあるのですが、小さい頃は漫画家になりたいと思っていました。というのも、僕が小さい頃、イラストレーターという職業は今の立ち位置とは少し違っていたんです。
『ドラゴンボール』で大ヒットした鳥山明さんが『ドラゴンクエスト』のパッケージイラストをやっていたりしましたが、基本的にイラストレーターは、ゲーム会社などの中にいて、表に名前も出てこない方という感じでした。プラモデルのパッケージイラストなどでも、(イラストレーターの)開田裕治さんのお名前を知ったのは後になってからですね。だから、小さい頃は特にイラストレーターという職業自体を意識してはいませんでした。
ただ、当時から絵を描くのは好きでしたね。子どもの時からアニメや漫画は身近にありましたが、僕はキャラクターを描くというよりも、“僕の考えたダンジョン”とか“最強の武器”とかを描いてました(笑)。
──もともと漫画家志望とのことでしたが、憧れていた漫画家さんは?
左 直接絵に影響を受けたのは、桂正和先生と高河ゆん先生、沙村広明先生です。
桂正和先生は、トーンの陰影だったり、洋服のシワが本物っぽくて、当時から意識して絵を見ていました。服のシワは(描くのが)難しいというイメージを持っていたので(苦笑)。
高河ゆん先生は、特に髪の毛の描き方や目の描き方で影響を受けています。高校生の頃に読んでいた『天使禁猟区』の由貴香織里先生と並んで、髪の毛の流れ方がすごく気持ちいいんですよね。当時から、お二方の描く流線はすごく意識していました。
よく桂先生や高河ゆん先生の模写もしていましたね。
沙村広明先生は『無限の住人』を読んで、アナログタッチなのに斬新さを感じる作品だと思いました。漫画としてのコマ割りもしっかりしていて、硬軟取り揃えている作家、という感じですごく憧れだったんです。
IRCチャットがつないだイラストレーターのコミュニティ
──漫画家への憧れから、その後、イラストレーターになる経緯についてお教えください。左 漫画家になりたくて専門学校に通い始めた2000年前後に、パソコンに詳しい友達からゲーム雑誌の『Colorful PUREGIRL』(ビブロス)を見せてもらったんです。その表紙になっていた黒星紅白さんのCGイラストを見て、ビックリしました。当時のCGはメタリックなイメージがあったんですが、そのイラストはパステル調で描かれてたんです。友達がCGで描かれていることを教えてくれて、「CGでもこんなに柔らかいものが描けたり、作家性が出たりするんだなぁ」と思いました。
そこからだんだんCGに興味を持ちはじめて、自分で同人サイトを開いて運営をしていたら、そこから仕事のお話をいただけるようになったんです。初めてのお仕事だったので嬉しくてどんどん続けていったら、そのままイラストレーターになっていたという感じですね。
──小さい頃には“イラストレーター”という職業を認識していなかったということですが、仕事として意識し始めたのはその頃ですか?
左 当時は小説などでもイラストレーターを作家として起用し始めたこともあって、少しずつ“イラストレーター”という職業を認識し始めました。
そんな中で、専門学校時代に、友達からIRCチャット【編注:部屋ごとに会話ができるチャットシステム】を勧められたんです。当時、黒星紅白さんのサイトを通じてチャンネルを訪れると、ご本人とチャットができたんですよ。そこで黒星先生ご本人が「この雑誌に載ったから見てね」とおっしゃっていて、実際にその雑誌を買って感想を伝えると「ありがとう」って返ってきたりして。そんな交流が嬉しかったのを覚えています。そうやって、ネットで話している人が絵の仕事をしているとなると、やっぱり職業として強く意識するようになりましたね。
そうこうしているうちに、そのチャットは仲間内でCGイラストを描いて、見せ合ったりするような空間になっていったんです。そこでは今現役で活躍されてるイラストレーターさんとも仲良くなりました。同人活動と並行して、自分のサイトでCGイラストをアップすると、アンテナサイトを通じて、1日で何万アクセスとかが来たりするようになって。 仲間内ではずっと「知り合いが『Colorful PUREGIRL』の登竜門的なコーナーに掲載された」とか「誰々がゲームの原画デビューをした」といった話をしていましたね。少し前まで、イラストレーターという職業がどうやって成り上がっていくのかもわからなかったところに、急に一緒に話していた仲間が横並びでプロとして仕事をするようになっていったんです。そこで、自分も一歩ずつ上に上がっていく感じにワクワクしていましたね。
だから、自分の中で漫画からイラストに切り替えたというよりも、少しずつやってくる“イラストという仕事”に夢中になっていったという感じなんです。
──左さんの場合、ネットを通じてイラストレーターの仲間がいる空間に身を置いていたことも大きいようですね。
左 やっぱり駆け出しの頃は、すでに活躍をされている黒星紅白さんと直接お会いできて、話を聞けること自体がうれしかったですし、自分ももっと頑張ろうと思えました。同業者たちとの飲み会で、美味しいものを食べて業界の話をすることが純粋に楽しくて、絵を描くモチベーションにもつながってくる部分だったと思います。作家同士の横のつながりの中で、「こういう仕事が来たんだけど、どう思う?」って話をしたり。
ほかにも、本屋に行って、知り合いがイラストを描いた雑誌や小説が平積み【編注:売れている作品などは本屋で平積みとなる傾向にある】になっていたりすると、「自分もこうしてはいられない」と、焦る気持ちだったりライバル心を抱くことはありましたね。ただ、それも自分にとっての刺激にはなっていたと思います。そういった気持ちも、自分では描くことで処理していたので。
自分の方向性に悩んでいることはずっと変わっていない
──左さんが仕事を始めた当時は、ご自身も少し前までは職業として意識していなかったように、広告文脈とは違った“イラストレーター”という業界自体が立ち上がってくる黎明期だったと思います。そんな中で、イラストレーターという職業を選ぶことに対して、周囲から反対の声などはなかったのでしょうか?
左 大人になってから周りの話を聞くと、家族に反対される方もいらっしゃるそうですね。結果的に、うちは理解のあるほうだったのかな、と思います。19歳で最初にお仕事をいただいた時も、一枚の単価は安くて、それで急に一人で食べていくということは難しかったんです。でも、実家にいること自体は親からとやかく言われませんでしたね。ぼちぼち仕事も入り始めていたので、「就職しなさい」とか口酸っぱく言われたこともなかったです。そういう意味では、理解があって好きにさせてもらえたから今があるんだな、と思っています。
──今回、イラストレーターさんにお聞きしたアンケートを見ると、やはり周囲から心配の声や反対されたという方もいらっしゃいます。
トリビュートイラストブック参加作家へのアンケート結果を見る 左 「継ぐ家がある」とか、学歴が良くて将来の就職に期待されてたりしたら、周りから心配されるということもあると思います。でも、僕の場合、僕自身も若かったですし、自分の得意なことでお金をもらえるんだったら、いいんじゃない?といった感じでした。
今みたいに、イラストレーターが学生のなりたい職業ランキングで上位になるような時代だったら、「みんなの憧れの職業だから、食べていけるものでもない」というふうに周囲が反対することもあると思います。
──もし仮に、左さんが周囲から反対をされていたら、それでもイラストレーターという職業についていたと思いますか?
左 どうですかね……。ただ、今は同人だったりPixivといったイラストを発表する場もあるので、会社や学校などには黙って、絶対にコソコソ描いてはいたと思います。就職をしながらでも絵を描いて、仕事が来たら頑張ってそれを請けて、イラストで食べていけるようになったら「自分の人生だから」ということで、会社を辞めてイラストの仕事をしていたと思います。
──それほど強い気持ちがあったということですね。実際にお仕事を続けていく中で、挫折をした経験などはありますか?
左 このお仕事を続けられている時点で、挫折というほどのものでもないという見方もできるんですけど……(苦笑)。
友人たちに悩みを話すと、基本的に僕が悩んでいることはずっと変わっていないって言われるんですよね。
具体的に言うと、自分の方向性です。
私の画風では美少女系のお話をいただくことも多く、それが求められているということは嬉しいですし、女の子を描くのも好きなんです。ただ、自分としてはミステリーなどのイラストのほうが得意だと思っている部分もあります。でも、やっぱり需要としては美少女を描くことが大きかったりもしますよね。
そうなった時に、もっと自分のやりたいことに近い仕事を求めていくのか、今自分に求められていることを頑張って、実績を積んでから好きなことをやるほうがいいのかな、と考えたりもします。目標とする高い山があって、直線距離で進んでいくのか、迂回しながらも進んでいくのか、どっちを取るべきか、というのは日々迷っていますね。
それこそ背景やロボットを描くのが好きだという方からすれば、僕なんかまだ需要のストライクゾーンにいるよ、って言われる部分だと思うんですが(苦笑)。 ──アンケートでも「自分の表現したいものとニーズに応えることをすり合わせる難しさ」という回答が散見されます。そういった悩みを乗り越えるきっかけなどがあれば、お教えください。
左 クライアントの期待にこたえながらも、自分の好きなものを描いていくことができれば一番良いですよね。
ただ、それが難しい場合もあると思うので、そういった場合には何よりも人と喋ることが大事だと思います。そうすることで、相手に自分の表現したいものを理解してもらったり、こちらが先方の期待に寄せていっても自分が苦にならない、というふうにできたりすると思うんです。
お互いに「良いものをつくろう」という気持ちを持っているので、「自分はこういうことを上手くやっていきたい!」と話すと、先方も大体共感してくれたりするんですよ。反対に、向こうの思いや希望を聞けば、相手の都合も理解できて、自分の気持ちも落ち着いてきます。そういったお互いの主張も、メールでのやり取りだけだとちょっと一触即発な雰囲気になってきちゃったりしますよね。
ほかにも、部分的なテクニックとして、折衷案をいくつか提示してみたりして、自分が相手に寄っていくようにしています。少なくとも僕は良い担当さんやディレクターさんに恵まれているので、お互いが相手の気持ちを汲み取ろうという努力していると思います。そうすることによって、ストレスを軽減させるのは重要ですね。
イラストレーターは個人プレイではありつつも、最終的には人と人とのコミュニケーションが大事なんだな、と感じます。それこそ、イラストやキャラクターデザインというのは抽象的なやり取りも多く、正解がなかったりすることなので。
自分の“良い”を載せた先にある“艶っぽさ”
──左さんがイラストを描く際に、気をつけていることはありますか?左 一言でいうと、艶っぽさです。僕の言う“艶っぽさ”というのは、女性の口の感じだったり、金属のてかりの部分だったり……頑張ってこだわって描いている部分なんですよ。
デザインでも絵でも、仕事をする中で時間がなくなってくると、どうしても手癖で描いていたり、流れ作業になってしまう部分が出てきてしまいます。それが納品物として成立していたとしても、見る人にとっても飽きにつながってしまうし、自分自身が停滞してしまうと思うんです。
そうならないように、思い入れがある部分については新たに資料を集めて、すごくちまちま描いてみたりします。そうやって新しいことにチャレンジすることで、見る人も「へぇ~。左、いつもと違って頑張ってるじゃん」と感じてくれると思うんです。この「へぇ~」の積み重ねが、「このイラストレーターが好きだ」というところにつながってくるんじゃないかな、と。
特にデザインをする時には、“いつものアレ”を使ってしまいがちなんですけど、流れ作業にはならないように気をつけています。 ──左さんの最近のオリジナルイラスト(上図参照)を見ても、レースの部分を一つひとつ手で描かれていますね。
左 レースの部分にテクスチャを貼るという方法もあると思うんですが、写真を見ながら一つひとつを描いています。そうすると、ちょっと素人くさいんですよね。たどたどしさが少し入りながらも、これを繰り返していけば、きっとレベルアップにもつながっていくと思うんです。そうやって、まだ自分のスキルポイントが振れていないところにポイントを振っていく、ということは忘れないように心がけています。
ほかにもこのイラストだと、最近自分の中で可愛いと思っている小松菜奈さんや中条あゆみさんの顔を参考にして、顔のほくろをちょっと多めにしてみました。流れ作業としていつもの美少女を描くのではなくて、自分の“良い”という思いをどうにか載せようとしているんです。
この絵は久しぶりに仕事以外で好き勝手に描けたので、自分でも「どんな絵になるんだろうか?」と思いながら描いていましたね。そうやって自分をアップデートしていくというのは楽しいです。こうした趣味のイラストを通して得たものも、じきに仕事にも導入できると思っています。
イラストレーター・左の小さな幸せと大きな夢
──自分のイラストが良くなっていくことに、幸せを感じているのですね。ほかにも、仕事や日々のなかで感じる小さな幸せはありますか?左 やはり見た人からの感想や反響があることですね。そういった声が集まると、モチベーションにダイレクトにつながってくるので嬉しいです。そこはかなり大きいので、“小さな”幸せじゃないかもしれませんが。
──小さな幸せに関するアンケートでも「感想をいただけること」といった声は多いですね。また、「自分の担当したキャラの素敵なファンアートを描いていただいた」という回答もあります。
左 僕も一番最初にファンアートを見た時は感無量でした。
僕の中では、自分のイラストやキャラクターが「雑誌に載ること」「初めて声がつくこと」「ファンアートをしてもらうこと」「テレビで映ること」……と、いろいろな段階があって、それぞれがすごく嬉しかったことを覚えています。その中でも、ファンアートはかなり嬉しかったです。
あと、日常で感じる“小さな幸せ”としては、作業中のBGM代わりに流しているゲーム実況者が雑談で話していた食べ物を食べてみたら、本当に美味しかったこととかですかね(笑)。そんなふうに日々の中でちょっとした新しいことを知れたりすると、小さな幸せを感じます。
──左さんが考える、イラストレーターという仕事の魅力はなんですか?
左 僕はキャラクターデザインを担当させていただくことも多く、ゲームやアニメなど、自分という一個人の描いたキャラクターがほかの人の手で魅力的に動いてくれるというのは、一番うれしいところです。
わざと俗っぽい言い方をすると、やはり美味しいところをやらせていただいてる感覚ですね(笑)。アニメにしてもゲームにしても、イラストは究極的には自分一人が描いた世界観だったりするので、自分の良いと思ったところをダイレクトに反映させることができます。
絶対に一人ではできないような大きなタイトルの中で、キャラクターを担当させていただけるというのは非常にありがたいことだな、と。反面、そのキャラに対して、ユーザーからの反応が悪かったら、誰のせいでもなく、自分が悪かったということにもなりますが。
──最後に、左さんにとって“仕事”とはどういったものですか?
左 ありがちなんですけど、今は楽しく仕事をやらせていただいていて、日々の生活の中で一番順位が高いものです。やっぱり、自分にとって、世間から認められている部分というのが仕事でもあるので。
ちょっと恥ずかしいんですが、「趣味はなんですか?」って聞かれると困っちゃうんですよ(苦笑)。ゲームとかも好きなんですけど、ほかのイラストレーターさんもみんなやってるしなぁ……って。だから、仕事が趣味というか、本当に好きでやっていることなんです。そんなふうに、楽しんで仕事をやれているっていうのは、本当にうれしいですね。
だから、これからももっともっと自分の好きなことをやって、新しいことにもチャレンジしていきたいです。さっき言った“艶っぽさ”もそうですけど、どんどん進化していきたい。仕事の種類にしても、新しいことに取り組んでいきたいと思っています。
CKS
左さんのインタビュー 興味深い