連載 | #9 校閲ボーイが観た『地味にスゴイ!校閲ガール』レビュー

現職校閲者による『校閲ガール』8話レビュー 「1次情報が常に正しい」とは限らない

現職校閲者による『校閲ガール』8話レビュー 「1次情報が常に正しい」とは限らない
現職校閲者による『校閲ガール』8話レビュー 「1次情報が常に正しい」とは限らない

画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系)

2016年10月5日、日本テレビ系にてスタートした連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』。

話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作。11月23日に放送された第8話では、校閲部部長・茸原の以外な過去が明かされ、また幸人は作家としての新たな一歩を踏み出していく。

本記事では実際に新米校閲者として働く筆者が、実際の業務内容の紹介や現場の実情、業界に対する愚痴を交えつつ、前回に引き続きドラマの見どころをレビューする。 文:結城紫雄

ノルウェイ&ジョー、8話裏テーマは「喪失と再生」?

くっつきそうな男女(男男)がたくさんいるのに、キスシーンは4話の森尾×幸人のみ。2度目のキスはないのかしら?(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

気難しいことで知られる作家・桜川葵(伊藤かずえ)の小説を校閲することになった悦子(石原さとみ)。恋人(?)・折原幸人(菅田将暉)となかなか会えずに悶々としつつも作業に当たる悦子だったが、全力を注ぎ込んだ校閲が桜川に認められ、再校も引き続き担当することに。しかし桜川と校閲部部長・茸原(岸谷五朗)の間には知られざる過去があって──。

以上が8話のあらすじ。冒頭から余談ですが、「夜中に電話があって『チーズケーキ買ってこい』っていうんです。そしてやっとのことで探し当てて持っていくと、『ふん、もうこんなのいらないわ。今はチョコレートケーキが食べたい気分よ』って」と茸原が語る桜川の“わがままエピソード”は村上春樹『ノルウェイの森』、全力2割増しの校閲を終えて「真っ白な灰になった」悦子は『あしたのジョー』のオマージュと思われます。

全力の校閲を終え、灰になった悦子。官能小説でも担当した日には大変なことになりそうだ(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

桜川先生は厳しい方で中途半端な仕事を嫌うので、いつも以上に“全力”で校閲してください」と念を押し、桜川葵の新作小説『愛と雪の中の情熱』を悦子に渡す茸原。悦子の校閲中、普段ならある程度自由に作業に当たらせる茸原でしたが、なんだか今回は気もそぞろ。

それもそのはず、かつて編集者だった茸原の担当作家が桜川であり、同時にふたりは当時恋人関係にあったのです。しかし作家活動と恋愛の間で激しく揺れ動く桜川はある日、思いつめるあまり茸原を刃物で刺すという行為に出てしまいます。

大事には至りませんでしたが、この件をきっかけに茸原は編集から校閲へと移り、桜川もまた景凡社から10年間も遠ざかっていたのでした。

水辺のカフェにゲラを持っていくんじゃな〜い!(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

桜川の小説に対し、「雪原で倒れているのに足跡がないのはおかしい」「白のワンピースに赤の下着だと透けてしまうのでは?」と、いつも以上に“全力”で校閲に当たる悦子。

その甲斐あって、桜川は初校に続けて再校(2度目の校閲)にも悦子を指名。それどころか、担当編集・貝塚(青木崇高)とともに自宅(と思われる)に呼び寄せ、ともに新作の改稿に当たるのでした。

「(現実では)初校と再校は通常、別の校閲者が担当する」ことをきちんと説明してくれるのもドラマオリジナル(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

「体験型事実確認」の落とし穴

悦子宅で「モテテク」を検証する景凡社メンバー。筆者も校閲事務所の同僚宅で「寒天の食べ比べ」をした経験あり(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

今回は時刻表トリックもイタリアの建物も登場せず、割と「平常運転」で描かれた校閲パート。とはいえ、小説内の「モテテク(ミラーリング効果やクロス効果)」を検証するために、校閲部メンバーのみならず景凡社他部の同僚・森尾(本田翼)やセシル(足立梨花)まで自宅に呼び寄せて「事実確認」を行なう熱の入れようはさすがです。

もちろんこれは悦子の「気になったことは調べずにはいられない」というキャラクターを描くためのものであり、ドラマならではの演出の一環。しかし現実であれば、「自らが(本人が)体験したことのみが事実である」とは限らないので注意が必要です。

「あなた(恋愛において)まだまだ赤ちゃんね」とセシルをからかう悦子。なおセシルの恋事情は悦子より順風満帆なもよう(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

実際の校閲では、ドラマのように作品の舞台に足を運んでの事実確認を行なうことはなかなか困難。よってネットや新聞、事典などの「資料」に当たって確認作業をします。ここで用いる資料には大きく分けて「1次資料」と「2次資料」があります。

1次資料(情報)とは「日記や本人による証言」、2次資料とはそれを識者などが研究、考察を行ないまとめたもの(※業界によって多少の解釈は異なります)。一見、オリジナルソースである「1次資料」のほうが信頼に値すると思われますが、必ずしもそうとは言えません。

モテテク事実確認現場に森尾がいなければ、悦子は作中のモテテクに「効果なし」と指摘出ししていたかもしれない(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

野球でたとえると(毎回例が野球で恐縮ですが)「ワシの現役時代の球速は180キロじゃ」というレジェンド投手の発言があったとします。この証言は1次資料。本人自らによる発言=1次資料ですが、もちろんこれが「(実際の球速を知る上で)信頼に値する」とは到底、言えません。

そこで、対戦相手や当時のチームメイトに証言をとったり、映像から解析したりして「ま、150キロ台は出てるんじゃないですか?」という結論に至ったとすれば、こちらは2次資料。この場合、本人の発言である「1次資料」より、第三者や専門家により導き出された「2次資料」のほうが信頼に値する、といえるでしょう。

ネットでも話題になっていた、茸原渚音の名前の読み方。正解は「渚音(しょおん)」(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

前々回放送の6話において、江口のりこ(藤岩りおん)が「デスクで始まり、デスクで終わるのが校閲です」と、現場での事実確認に勤しむ悦子に苦言を呈す場面がありました。

勤務中にしばしば私用で抜け出す悦子に釘をさすと同時に、現実の校閲に即し、「1次資料(と自らの体験)に頼りすぎる」きらいのある悦子をたしなめるワンシーンだったのですね。

大手マスコミから個人発信のものまで、さまざまな情報が入り乱れる現代社会。氾濫する情報の中で本当に必要なもの、信頼に値するものを取捨選択するためにも、1次資料と2次資料(n次資料)の概念は非常に大切。これを見極め収集するスキルは校閲・出版業界のみならず、情報化社会でサバイブするための技術のひとつであると言えるでしょう。

それぞれが「全力」でぶつかる様を多角的に描いた8話

次回作の構想のため飴細工職人、フィギュア造形師などを取材する幸人。悦子の「観察眼」に感化され、作家としての新境地を拓いていく(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

物語終盤には、桜川が病に倒れ、新作の改稿がこれ以上できないという緊急事態に。「先生に無理はさせられない」と言う貝塚に、「先生が全力でつくった作品を、中途半端に終わらせていいわけがない」と力強く言い切る悦子。茸原とともに桜川の入院する病室に向かい、納得のいくまで改稿・校閲を重ね、ようやく景凡社10年ぶりの新作小説を完成させるのでした。

10年前のふたりのように、作家と編集者のカップルは珍しくない。しかし、校閲者と作家の組み合わせは聞いたことがない(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

「全力」で危機を乗り切った悦子&桜川コンビ、そして飄々と生きてきた今までから一転「全力」を出すことの意味を見いだし始めた幸人。異なる角度からの「全力」ストーリーが展開した今回は、近年のドラマでは珍しく暑苦しくも王道の展開でした。

そこに「全力」でぶつかって叶わぬ恋に泣いた貝塚が加わることで、「世の中には全力で打破できないことも稀にある」とやんわり釘をさすことも忘れません。

桜川に提案した装丁は一蹴され、悦子にはセンスをダメ出しされ、森尾に振られる貝塚。あんまりである(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)

前回7話から急接近した貝塚といい感じに見えた森尾でしたが、クール終盤でまさかの三角関係発展をにおわせる発言も!? 残すところラスト2話、果たして大団円を迎えられるのかにも注目です。 本記事では『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』オンエア開始以降、全話にわたってレビュー記事をお届け予定です。本作は毎週水曜22時より、日本テレビ系列にて放送中。

今週の校正ギア!

「ニベアクリーム チューブ 50g」(花王) 紙ってびっくりするほど水分を吸収するんですよ。校閲事務所は作業中のゲラをはじめ辞書や過去担当した書籍、資料などの「紙」にあふれているため、冬場はどんどん部屋中の水分が失われていきます。

そんな状態でゲラに触れるものですから、体内の水分も指先を伝って紙に吸収されカッサカサになる始末。おじいちゃんおばあちゃんが指先なめて新聞をめくる意味がやっとわかってきました。

そんなときに役立つハンドクリーム、ニベア。薬局はもちろん、コンビニでも手に入るので出先で使い切っても安心です。ちなみに缶タイプもありますが、中身の成分は一緒です。

参考:『校閲ガール』(宮木あや子 / KADOKAWA)、『金田正一氏 山田哲人はワシの180キロ速球とカーブで3球三振│NEWSポストセブン』『花王株式会社 製品Q&A 「ニベアクリーム」のチューブと缶の中身は同じなの?
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放送情報

地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子

次回放送
2016年11月30日(水)22時〜
放送
日本テレビ系列
原作
宮木あや子「校閲ガール」シリーズ(KADOKAWA・角川文庫刊)
脚本
中谷まゆみ/川﨑いづみ
音楽
大間々昂
チーフプロデューサー
西憲彦
プロデューサー
小田玲奈/森雅弘/岡田和則(光和インターナショナル)
演出
佐藤東弥/小室直子 ほか
制作協力
光和インターナショナル
製作著作
日本テレビ

【キャスト】
河野悦子:石原さとみ 折原幸人:菅田将暉 森尾登代子:本田翼 米岡光男:和田正人 藤岩りおん:江口のりこ 尾田大将:田口浩正 今井セシル:足立梨花 波多野 望:伊勢佳世 佐藤百合:曽田茉莉江 青木祥平:松川尚瑠輝 正宗信喜:杉野遥亮 東山:ミスターちん 西田:長江英和 北川:店長松本 坂下梢:麻生かほ里 目黒真一郎:高橋修 本郷大作:鹿賀丈史(特別出演) 亀井さやか:芳本美代子 貝塚八郎:青木崇高 茸原渚音:岸谷五朗

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校閲ボーイが観た『地味にスゴイ!校閲ガール』レビュー

2016年10月5日、日本テレビ系にてスタートした連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』。 話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作を、現役の校閲ボーイが校閲者視点から全話レビュー! 『校閲者は小説という「現場」を調査し、証言や状況(≒キャラクターの言動や行動)に整合性がとれているかどうか、徹底的に証拠を洗い出して(≒事実確認を行なって)精査する「鑑識官」みたいなもの』だと語る筆者が、タイトル改変に秘められた意図から作品のテーマまで、校閲者ならではの視点から読み解く。

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