話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作。11月9日に放送された第6話では、編集者・貝塚、そして作家・是永の秘められた過去が次第に明かされていく。
本記事では実際に新米校閲者として働く筆者が、実際の業務内容の紹介や現場の実情、業界に対する愚痴を交えつつ、前回に引き続きドラマの見どころをレビューする。 文:結城紫雄
なぜ、貝塚のゲラチェックは適当なのか?
児童向けの新雑誌を刊行することになった景凡社。作業にあたる校閲部のメンバーだったが、「掲載予定の小説が子ども向きじゃない」とひとり不満げな悦子(石原さとみ)。一方、是永=折原(菅田将暉)の執筆が思うように進まず悩む編集者・貝塚(青木崇高)のもとに、かつて担当していた男・桐谷(安藤政信)がやってきて──。以上が第6話のあらすじ。主要キャラクターの過去が徐々に明かされていった本話、頼れる先輩・藤岩(江口のりこ)が結婚歴10年の既婚者であることも驚きでした。 新雑誌『月刊こどものべる』に掲載される小説が「子ども向けにしては難解すぎる」と、担当編集者・貝塚に文句を言う悦子。対する貝塚は「これを書いた作家は新雑誌の目玉だから、掲載をとりやめるなんてできない」と一蹴。
ふたりが恒例の口論を繰り広げていたちょうどそのとき、景凡社校閲部を訪れた男・桐谷。彼はかつて貝塚の担当する作家志望者でしたが、現在は作家ではなくバイク便の配達員として生計を立てていました。悦子と貝塚のやり取りを耳にした桐谷は、「(貝塚は)売れるためなら、なんだっていいんですよ」と吐き捨てます。
その後、桐谷の自宅を訪れた貝塚は、彼に対し「売れるようにと思って言ったアドバイスで、あなたの才能を潰してしまった」と謝罪の言葉を口にするのでした。これまで「ゲラをろくに確認もせずに接待ばかりしている」と悦子に叩かれても適当にはぐらかしていた貝塚ですが、その裏には「余計な口出しでひとりの作家志望者をダメにしてしまった」という自責の念があったのですね。
“あの一晩”の作業量は「筆者4.6人分」
しかし土壇場で件の“目玉作家”が、「自分の作品はやはり子ども向けではなかった」と掲載をとりやめる事態に。貝塚は空いた枠に、かつての担当・桐谷の作品を起用するため奔走します。なんとか上司を説得し掲載許可まで強引にとりつけた貝塚でしたが、印刷所にゲラを回すリミットはすぐそこに迫っていました。残された時間は翌朝までの約10時間、そしてその間に「校閲」を終わらせなければならないという本作最大の試練が! ちなみに(書籍により校閲に要する時間は異なるので一概には言えませんが)例として、原作小説『校閲ガール』に“通常、仕事に慣れた校閲者が一日で完璧にできるのは二十五ページほどだとされている。”という記述があります。
劇中、作品を見た藤岩が「校閲に3日はかかる」と発言していたことから、桐谷の小説はおよそ75ページ。一般的な文庫本のレイアウトが16行×40字ですから、400字詰め原稿用紙で120枚程度(最大4万8000字)。
このそこそこな長さの作品を、校閲部は徹夜作業で完遂にかかります。景凡社校閲部は基本的にマンパワーで乗り切る傾向にあるようですが、実際の校閲事務所もこんなものです。
ちなみに、筆者の先週の作業量をページ単位で強引に算出してみたところ、一日あたり16ページ強。校閲歴2年ということを差し引いても少ない! 仮に桐谷の原稿を筆者が担当していたら一晩どころかたっぷり5日かかるところでした。まあ筆者はまだ“二刀流”(※下記写真参照)もできない新米校閲者なので、精進しないとですね……。 前触れもなく専門用語が飛び交った徹夜作業ですが、校閲から校了までの過程が圧縮して展開された非常にわかりやすい場面でもありました。各人の役割と流れをおさらいしてみましょう。
まず悦子が初校(1回目の校閲)を担当し、藤岩が桐谷の原稿(著者がワープロソフトなどで作成・印刷したもの)をゲラ(書籍の体裁)に整え印刷。デート中に会社へ呼び戻された米岡(和田正人)が再校(初校の指摘出しが反映されているか確認し、2回目の校閲。通常は再校で終了だが、まれに3、4回目の校閲が入ることも)。
その場で、青木による編集者チェック(校閲者が校閲したゲラは、通常編集者のチェックを経て著者に渡ります)および桐谷による著者校(誤字脱字や事実誤認による修正とは別に、「台詞を差し替えたい」「キャラクターの名前を変えたい」といった修正がここで入ります)が同時進行。
作業終盤、貝塚が桐谷に対して書き直しを要求するシーン。藤岩が「まだ直すおつもりですか」と声をかけますが、それもそのはず。著者がゲラに手を入れるとその都度差し替わった部分に校閲が入り、また変更されたことで前後の繋がりに矛盾が生じないか確認しなければなりません。貝塚の熱意に打たれ、桐谷の書き直しを見守る校閲部メンバーでしたが、筆者があの場にいれば間違いなく甘栗を投げつけていたことでしょう。
悦子はポジティブ、なだけじゃない
上記は、目玉作家が『こどものべる』から降りた直後の貝塚の発言。本作を通じて問いかけられるメッセージですが、一瞬答えに詰まった悦子に「さては図星を突かれたな」と早合点した視聴者は多いはずです。自分の仕事に心から納得してる人間なんてそうそういねぇんだよ。お前だってそうだろ、校閲の仕事やりたくてやってるわけじゃねぇだろ。本当はファッション誌やりたいのに、いやいややってんじゃねぇのか?『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』6話 貝塚の台詞より
しかし、しばし間を置いて「それ、全然違うんですけど」と一笑に付す悦子。そして、過去に担当した「ヘビの飼い方」や「ゾンビ図鑑」、「江戸の庶民の暮らし」といった本の校閲が、いかに自分の将来のためになっているかを力説するのです。
悦子の夢はファッション誌編集者になること。そのために、ファッション誌編集部への異動を目標に校閲部で頑張っている。以上は初回から一貫してブレていない彼女の行動理念ですが、本当にすごいのは「本意でない仕事のなかでも楽しさを見つけている」ことなのです。ファッションエディターになったときにね、もし「ヘビ柄のバッグ用意しろ」って急に言われても、この校閲のおかげで、ヘビ柄のバリエーションいっぱい提案できるじゃん。『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』6話 悦子の台詞より
「何かを見つける」という悦子の卓越したスキルは、校閲部部長・茸原(岸谷五朗)もかつて舌を巻いたほど。新人校閲者としては“ありえない”ともいえるこれまでの活躍ぶりも、その天賦の才があってこそですが、彼女の「見つける」力は誤植だけでなく、日々の地味な作業のなかでの「楽しさ」まで発掘していたのです。
それは、ともすれば編集者である貝塚や、ファッション誌編集者の同僚・森尾(本田翼)が今まで見逃してきたものだったかもしれません。 物語中盤では、第1話(関連記事)で登場した大作家・本郷大作(鹿賀丈史)の単行本を意味深に見つめる折原幸人(菅田将暉)の姿が。モデルとしてのオーディションにも合格し、これからの悦子との関係、そして森尾との同棲生活はどうなっていくのか? 謎多き若手作家の今後にも注目です。 本記事では『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』オンエア開始以降、全話にわたってレビュー記事をお届け予定です。本作は毎週水曜22時より、日本テレビ系列にて放送中。
今週の校正ギア!
「ホルダー消しゴム モノゼロ 丸型(2.3mm径)」(トンボ鉛筆 / 税抜350円) シャープペンシルのお尻についている小さな消しゴム使うのって気持ちよくないですか? あの消しゴムがずっと使えたらいいのにな……と校閲者なら誰もが思いますよね!? そんな夢を叶えてくれるのがこの「モノゼロ」。合成ゴム(オレフィン)製素材によるしなやかさと機動力は、雑誌など細かい文字の校閲時に力を発揮します。ちなみに、本製品リリース当初(2007年)の年間販売計画は70万本(丸型・角型合計)。これは静岡県静岡市の人口とほぼ同じです。
参考:『校閲ガール』(宮木あや子 / KADOKAWA)、『静岡市の人口・世帯:静岡市』
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放送情報
地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子
- 次回放送
- 2016年11月16日(水)22時〜
- 放送
- 日本テレビ系列
- 原作
- 宮木あや子「校閲ガール」シリーズ(KADOKAWA・角川文庫刊)
- 脚本
- 中谷まゆみ/川﨑いづみ
- 音楽
- 大間々昂
- チーフプロデューサー
- 西憲彦
- プロデューサー
- 小田玲奈/森雅弘/岡田和則(光和インターナショナル)
- 演出
- 佐藤東弥/小室直子 ほか
- 制作協力
- 光和インターナショナル
- 製作著作
- 日本テレビ
【キャスト】
河野悦子:石原さとみ 折原幸人:菅田将暉 森尾登代子:本田翼 米岡光男:和田正人 藤岩りおん:江口のりこ 尾田大将:田口浩正 今井セシル:足立梨花 波多野 望:伊勢佳世 佐藤百合:曽田茉莉江 青木祥平:松川尚瑠輝 正宗信喜:杉野遥亮 東山:ミスターちん 西田:長江英和 北川:店長松本 坂下梢:麻生かほ里 目黒真一郎:高橋修 本郷大作:鹿賀丈史(特別出演) 亀井さやか:芳本美代子 貝塚八郎:青木崇高 茸原渚音:岸谷五朗
関連リンク
連載
2016年10月5日、日本テレビ系にてスタートした連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』。 話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作を、現役の校閲ボーイが校閲者視点から全話レビュー! 『校閲者は小説という「現場」を調査し、証言や状況(≒キャラクターの言動や行動)に整合性がとれているかどうか、徹底的に証拠を洗い出して(≒事実確認を行なって)精査する「鑑識官」みたいなもの』だと語る筆者が、タイトル改変に秘められた意図から作品のテーマまで、校閲者ならではの視点から読み解く。
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