話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作。11月16日に放送された第7話では、モデルとしての一歩を踏み出した是永と、大御所作家・本郷大作の秘められた過去が明らかに。
本記事では実際に新米校閲者として働く筆者が、実際の業務内容の紹介や現場の実情、業界に対する愚痴を交えつつ、前回に引き続きドラマの見どころをレビューする。 文:結城紫雄
時刻表、それは誤字と重量との戦い
大御所作家・本郷大作(鹿賀丈史)本人からの指名を受け、彼のエッセーを担当することになった悦子。彼の「クセのある間違い」に引っかかりを覚える悦子だったが、あるとき折原幸人(菅田将暉)が本郷と同じ「間違い」を口にしていることに気がつく。折原と本郷、ふたりの関係性を編集者・貝塚(青木崇高)に問いただす悦子だったが──。以上が7話のあらすじ。第1話以来の登場となる本郷は、なんと直々に悦子を校閲に指名します。校閲歴2年の筆者はまだ「ご指名」経験がありませんが、実際に指名されたら嬉しいどうこうよりプレッシャーがすごそうです。
本郷は「コーエツ」a.k.a.河野悦子の名づけ親。これはドラマオリジナルで、原作小説『校閲ガール』での悦子のあだ名は「ゆとり」(ひどい)(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)
悦子は「物語の時代設定を“時刻表改定前”にしたら?」とアドバイスしますが、それだと「ほかの描写との矛盾点が出てしまう」と嘆く米岡。実際の校閲でも、一部分を正すことでほかの部分まで芋づる式に変えなければいけなくなるのはよくあること。「とりあえず『指摘出し』しなよ」と軽く言う悦子に、米岡は「こんなリスクが多い校閲、したくない!」と心の叫びを吐露します。
一箇所手を入れると連鎖的に大変なことになるのが「時刻表トリック」(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)
ちなみに、世の中には時刻表専門の編集・校閲者も存在します。より一層の正確さが求められるのはもちろん、時刻表編集では規定の「重量」に収まるように収録内容やレイアウトを細かく調整する必要があるんだそう(1000gを超えると「第三種郵便物」に該当しなくなり、送料が跳ね上がる)。悦子が配属されたのが時刻表専門の校閲部だったら、事実確認に北海道まで足を延ばしそうです。
「中身とタイトルが合ってない」と指摘出しをする悦子。現実でも「とんでもない校閲の例」としてたまに聞く(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)
書いては消し、の「ためらいのエンピツ」
スミレの花言葉は「小さな幸せ」(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)
そして、若手作家兼モデル・折原幸人=是永是之も同じ言い間違いをしていることを偶然耳にした悦子は、本郷の息子が折原幸人だということに気がつきます。
エッセーの校閲を完璧なものにするため、息子である折原自身に「事実確認」を行ないたい悦子。しかし、父・本郷との関係を知られたくない折原にそのことを問えば、せっかくうまくいっている恋愛関係が破綻する可能性大。悩む悦子はしかし、校閲部部長・茸原(岸谷五朗)の言葉を聞いて決意を新たにするのでした。
これは、先の米岡の「時刻表ミステリ」についての指摘出しが無事採用され、作者により原稿が大幅に改められたことを受けての茸原の発言。「リスクを恐れるな!」というのは、ドラマを含むフィクションにおいてよく見かけるテーマですが、まさか校閲ドラマでこのメッセージが飛び出すとは思いませんでした。リスクのある「指摘出し」をするのは勇気がいることです。けれど、リスクを恐れて指摘を引っ込めてしまうのは作品のためにはなりません。 『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』7話 茸原の台詞より
折原役の「菅田将暉(すだ・まさき)」は、同じ事務所に所属する「松坂桃李(まつざか・とおり)」と並んで校閲者泣かせの難読名(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)
「こんなくだらない指摘出しをするな!」と怒られることはあれど、「なんて素晴らしい指摘出しだ!」と(ドラマのように)褒められることはほとんどないのが校閲の世界。では実際の校閲者はどのようにリスクマネジメントをしているのでしょうか? それは「ためらいのエンピツ」です。
「ためらいのエンピツ」のサンプル。ギリギリ、読める
作者に直接聞ければいいのですが、そうもいかないのが現実。実際に「限りなく、本当に限りなく白に近いグレーゾーン」の指摘出しをするかどうか迷ったとき、筆者は迷ってる間じゅう「書いては消し、書いては消し」を繰り返し、最終的に「出さない」と決めたら全部消して提出します(繰り返し書いたため、うっすら読めるのがポイント)。
これにより「ここ気づいてますよ! 気づいてましたけど指摘するほどじゃないと思ってやっぱり消しました。元のママでも問題ないと思います。うん。大丈夫(できれば直してほしいかも……)」というメッセージを編集者に送っているのです。
これが通称「ためらいのエンピツ」で、正規の校閲テクニックではもちろんありませんが、少なくとも筆者のまわりでは「校閲者あるある」。悦子が実際に同僚にいたとしたら「チマチマしたことやってんじゃねえ」と啖呵を切られていることでしょう。
理想と違うポジションにいるのは悦子だけじゃない
画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系)
そして「もともと自分のいた場所と違うところ(エロミス)に行くの、きつくなかったですか?」と尋ねた折原に、本郷はこう語るのでした。
悦子が「理想の職場(ファッション編集部)」とは真逆の「地味な環境(校閲部)」で楽しさを見出していることは、前回のレビュー(関連記事)で述べた通り。いや、幸せだったよ。そこは自分が本当に求めていた場所ではなかったんだけど、そこで「求められる幸せ」を感じたんだ。求められて書くことの喜びを感じたんだ。そしてそこを、私の居場所にした。 『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』7話 本郷の台詞より
そして回が進むに連れ、“華やかな”ファッション編集部で苦闘する森尾(本田翼)や、モデルと作家の狭間で揺れ動く折原など、「悦子のおかれた環境は決して特殊ではなく、実は普遍的である」ということが丁寧に描かれていきます。
そして第7話では、本郷大作すらも「本来目指していた場所ではない」ポジションで生きていることが明らかに。彼は「必要とされる喜び」を糧に、エロミスという新ジャンルを自分の手で開拓していったのでした。
「望まなかった環境でどう生き抜くか」という、第1話からの一貫したテーマを、主人公である悦子のみならずさまざまな立場から多角的に映し出す本作。悦子のスーパーポジティブな行動は、周囲のキャラクターの生き方を変えてしまうだけでなく、その秘められた過去も解き明かしていくのでした。
女性誌『Lassy』で独自路線を打ち出す森尾に、悦子が推す小説を持ち込む貝塚。レギュラーメンバーの変化が垣間見える(画像:連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』<日本テレビ系>)
今週の校正ギア!
「セラミックペンカッターCP-25」(京セラ / 税込270円)電子部品でおなじみの京セラ製文具というのが少々意外ですが、京セラの旧社名が「京都セラミック」だと聞けば納得です。刃の長さは驚異のアンダー1mmなので、「銃砲刀剣類所持等取締法」に抵触することもありません。
ちなみに銃刀法では「刃体の長さが6cmを超える刃物」の携帯が禁じられています(正当な理由のない場合)ので、市販のカッターナイフ所持で逮捕されることもありえないとは言えません。気をつけましょ!
参考:『校閲ガール』(宮木あや子 / KADOKAWA)、『銃砲刀剣類所持等取締法』『JTB時刻表編成で北海道新幹線より苦悩した大問題…“1冊1000g”の攻防とは! - ビジネス - ニュース|週プレNEWS[週刊プレイボーイのニュースサイト]』『よい校正ってなんだろう? 校正ナイト(@6次元)レポート 「誰もが見逃すはずはないと思う大きな文字ほど、逆に恐ろしいくらいにみんな見落とす。」 - DOTPLACE』
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放送情報
地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子
- 次回放送
- 2016年11月23日(水)22時〜
- 放送
- 日本テレビ系列
- 原作
- 宮木あや子「校閲ガール」シリーズ(KADOKAWA・角川文庫刊)
- 脚本
- 中谷まゆみ/川﨑いづみ
- 音楽
- 大間々昂
- チーフプロデューサー
- 西憲彦
- プロデューサー
- 小田玲奈/森雅弘/岡田和則(光和インターナショナル)
- 演出
- 佐藤東弥/小室直子 ほか
- 制作協力
- 光和インターナショナル
- 製作著作
- 日本テレビ
【キャスト】
河野悦子:石原さとみ 折原幸人:菅田将暉 森尾登代子:本田翼 米岡光男:和田正人 藤岩りおん:江口のりこ 尾田大将:田口浩正 今井セシル:足立梨花 波多野 望:伊勢佳世 佐藤百合:曽田茉莉江 青木祥平:松川尚瑠輝 正宗信喜:杉野遥亮 東山:ミスターちん 西田:長江英和 北川:店長松本 坂下梢:麻生かほ里 目黒真一郎:高橋修 本郷大作:鹿賀丈史(特別出演) 亀井さやか:芳本美代子 貝塚八郎:青木崇高 茸原渚音:岸谷五朗
関連リンク
連載
2016年10月5日、日本テレビ系にてスタートした連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』。 話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作を、現役の校閲ボーイが校閲者視点から全話レビュー! 『校閲者は小説という「現場」を調査し、証言や状況(≒キャラクターの言動や行動)に整合性がとれているかどうか、徹底的に証拠を洗い出して(≒事実確認を行なって)精査する「鑑識官」みたいなもの』だと語る筆者が、タイトル改変に秘められた意図から作品のテーマまで、校閲者ならではの視点から読み解く。
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