話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作。11月30日に放送された第9話では、ついに悦子が憧れのファッション誌編集部に足を踏み入れる。
本記事では実際に新米校閲者として働く筆者が、実際の業務内容の紹介や現場の実情、業界に対する愚痴を交えつつ、前回に引き続きドラマの見どころをレビューする。
今回は、華やかに見えるファッション誌編集部で働く現役女性編集者にも取材を行った。 文:結城紫雄
悦子、憧れのファッション誌編集部へ!
ファッション誌『Lassy』を担当する校閲事務所でインフルエンザが蔓延し、ヘルプでLassy編集部へ派遣された悦子(石原さとみ)。憧れのファッション誌編集部の仕事とあって張り切る悦子だったが、自分の知識を過信するあまり初歩的なミスを犯してしまう。ファッションエディターとして著しい成長を見せるLassy編集者の同僚・森尾(本田翼)や、作家&モデルどちらも好調の幸人(菅田将暉)の傍らで、悦子は次第に自信を失ってしまい──。
以上が9話のあらすじ。いよいよ悦子がファッション誌編集部に殴り込み! 校閲部部長・茸原(岸谷五朗)が言うところの「未来への扉」がようやく開きかけた瞬間です。筆者の校閲事務所でも、ピンチヒッターとして普段の担当と異なる編集部に派遣されることはたまにあります。 夢のLassy編集部に足を踏み入れ、喜々として校閲に励む悦子。「『1ヵ月着回しコーデ企画』のキャラクター設定がブレているのでは?」と、ともすれば「編集の領域」まで指摘出しをする張り切りよう。
このスタンドプレイすれすれの行動には、以前(6話)徹夜で作業した児童向け雑誌『こどものべる』刊行において、「(担当編集や作家ばかりにスポットが当たり)校閲部の頑張りが社内で正当に評価されていない」と感じた無念があったと思われます(関連記事)。
そんな悦子にLassy副編集長・波多野(伊勢佳世)は「(些細な指摘出しよりも)ブランド名や商品名が間違っていないかしっかり見てね」と取り合ってくれません。一方悦子は「ブランド名は完璧に頭に入ってる」と、指摘出しが一蹴されてもしょげずに頑張ります。 が、しかし。悦子の担当箇所で「タイアップ記事のブランド名が間違っている」という致命的なミスが発覚。ファッション知識に絶対の自信を持っていた悦子は、波多野から渡されたブランド名リストに目を通しておらず、問題のブランド名表記が最近変わったことに気がつかなかったのです。どんだけ必死に頑張ってもいなかったことにされちゃうし。世間には私たちの存在すら知られてないって、それってちょっと虚しくない? 『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』9話 悦子の台詞より
当然波多野はカンカン。さすがの悦子も慢心が招いたミスはこたえたらしく、すっかり意気消沈。これはどう見ても100パーセント悦子が悪いので、心の底から「何やってんだ」って感じです。
緩急、そしてギアチェンジ
悦子がミスしたタイアップ記事とは、企業から依頼を受けて製作される、広告と記事ふたつの側面を持つもの。当然ブランド名の誤表記など(通常の記事以上に)ご法度であり、重要度でいえば「カワイイ/かわいい」の表記揺れよりもずっと上。悦子は「着回しコーデ」の内容確認に割く労力を削ってでもこちらの確認に回すべきでした。 「プロである以上、重要度にかかわらず完璧に作業すべきでは?」と思われるかもしれません。が、校了というデッドラインがある以上、優先順位は常に存在します。プロ野球・大谷翔平投手が全球165km/hのストレートを投げ込まないように、「ここぞ」という場面でギアチェンジする必要があるのです。小説の誤字脱字も出版社の信頼を揺るがす大問題ですが、「人命」に関わる誤植があったとすればそれは「大問題」ではすみません。フィクションでキャラクターの名前が間違っているのと、医学書の誤表記では社会に及ぼす影響が段違い。
筆者の所属事務所が関わった仕事ではありませんが、「食べられる山菜と毒草の写真を誤って逆に掲載した」という笑えない間違いも過去実際に起きています。
大谷投手はピンチや強打者を迎えたときに豪速球を解禁しますが、校閲において「ここぞ」という場面といえば、先述の人命や「法律」に関わる部分。「メジロの飼育」「作り置きのサングリアを友人に振る舞う」「沖縄の浜辺でサンゴを拾ったので持ち帰った」といった一見なんてことのない記述も、実はすべて法律や自治体の条例に抵触する恐れのある(それぞれ鳥獣保護法、酒税法、沖縄県漁業調整規則)NG行為。ノンフィクション記事であれば絶対に逃してはいけない箇所なのです。
今回は「地味な校閲」と対になる要素としての「華やかなファッション誌編集部」、その象徴として波多野副編集長が登場しています。そのため一見校閲を軽んじているような発言が目立ちますが、それも「ことタイトな雑誌編集のスケジュールで、いかに効率よく編集作業を行なうか」という点では、ある意味理にかなった行動といえるでしょう。
ファッション誌編集者さんに聞いてみた!
第9話でスポットが当てられたのは、地味な校閲部と異なりキラキラした女性が華やかに働く劇中のファッション誌編集部。筆者もできることならそんなパラダイスで働いてみたい! ということで憧れのファッション誌編集者さんに今回、実際にお話をうかがってみました! ──やっぱり女性誌ってドラマで描かれるような華やかな職場なんですよね? 僕もぜひ働いてみたいです!田部さん いえ、そんなことはないですよ(キッパリ)! 服装でいえば、屋外の撮影で動きやすいようにスニーカーを履いたり、ジーンズで仕事することもあります。もちろんファッション誌の編集として恥ずかしくないようオシャレには最低限気を遣っていますが、ドラマで描かれるような「キラキラ」したイメージよりむしろ「サバサバ」という感じですね。
──ドラマでは編集と校閲が火花を散らすシーンもありますが、実際はいかがでしょうか?
田部さん うちの校閲さんは、指摘出しのときも「これは◯◯では?」「◯◯と資料にはありますが、どうでしょう?」と物腰柔らかく提案してくれる感じ。ですからバトルはないですね(笑)。
「スカーチョ(スカート+ガウチョパンツ)」のような“新語”が登場したときは、「記事に『スカウチョ』『スカーチョ』が混在していたので『スカーチョ』に合わせました」と校閲さんからエンピツ出しがあり、そういった指摘を基準に用語を決めていくこともあります。
──悦子は志望部署(ファッション誌編集)とは異なる環境(校閲部)で日々奮闘しています。田部さんはファッション誌編集部が第一志望だったんですか?
田部さん 実は、最初はマンガの編集がやりたかったんですよ。ですが、ファッション誌でも文章やカルチャーに触れることができるから楽しそうだなって。 ──悦子と一緒じゃないですか!
田部さん そうですね。でも、マンガ好きがファッション誌の仕事に役立つこともあるんです。ドラマにも出てきた「着回しコーデ」企画のシチュエーションなども編集が考えているんですが、「1日目が大学で授業、2日目はバイトで気になる子と会って……」といったストーリーづくりはマンガの展開とすごく似てる。モデルの子のキャラクターとか舞台設定などを考えるとき、マンガ好きとしての知識や経験が参考になったりしますね。 ──最後に、ファッション誌を編集されていて、一番のやりがいとはなんでしょう?
田部さん 一冊の雑誌を仕上げるまでの過程って、本当に苦しいんですよ。校了直前は「このまま空白のページになったらどうしよう」って毎回思います。
でも、雑誌って自分ひとりだけでつくるわけじゃない。モデルさんやカメラマンさん、スタイリストさん、ヘアメイクさん、校閲さんといったメンバー全員で「ひとつのものをつくる」という感動があります。編集という言葉は「集めて編む」って書くんですけど、まさにそういう仕事ができて幸せだなって思いますね。
悦子、本当にLassy編集部へ!?
物語後半、意気消沈の悦子を夜景スポットに連れ出す幸人。夜の都会を眺めながら彼が差し出した次回作の構想ノートには、「鉄道保線作業員」「長大橋保守点検作業員」など、「普段目立たないけれど、人々が当たり前の生活を送る上で欠かせない職業」に関する取材メモがびっしりと書かれてました。そして幸人は、「そんな仕事をしている人たちをテーマにしたノンフィクションを書こうと思っている」と悦子に告げます。
自分たちが当たり前の日常を送っている陰には、「当たり前」をつくっている人たちがいると語る幸人。その言葉を耳にして、「どうしてそのことを忘れちゃってたんだろう」と悦子は呟きます。「忘れちゃってた」という言葉が指すのは「幸人が取材した人たち」のことではなく、「自分も“当たり前”をつくる人」の一員であるということ、そして正しい仕事をすればするほど「存在が忘れられる」ということ。後悔する悦子に、幸人はこう言葉を継ぎます。メンテしてる人たちの存在を忘れるぐらい、当たり前に生活する。それが“当たり前”をつくってくれている人たちの、目指してることだって思うから。『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』9話 幸人の台詞より
「“地味にスゴイ”職業に就く人々にスポットを当てた作品を書きたい」と熱く語る幸人に、悦子は一度失いかけていた校閲への情熱を取り戻します。そして、一度は単純ミスのショックから取り下げたLassy本誌への「指摘出し」を果敢に突っ込み、ファッション誌編集部での仕事を終えるのでした。えっちゃんと知り合えて、初めて校閲っていう仕事に興味を持った。ほかにもこんな仕事があるんじゃないか、日の当たらない場所で輝いている人たちがいるんじゃないかって。だから俺この本つくろうと思ったんだよ。『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』9話 幸人の台詞より
次回最終回、ファッションエディター悦子爆誕!か?
幸人の励ましにより自信を取り戻し、1週間のLassy出張を終えた悦子。そんなとき、悦子のもとに一本の電話が。なんと、悦子の校閲を見ていたLassy編集長・亀井(芳本美代子)が、編集者として引き抜きたいというのです! 未来への扉は今まさに全開です!果たして悦子は校閲部を去ってしまうのか? まさかの異動で大団円の最終回か? おでん屋の常連最近見てないけど大丈夫か? すべては12月7日放送、『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』最終回にて明らかに! 本記事では『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』オンエア開始以降、全話にわたってレビュー記事をお届け予定です。本作は毎週水曜22時より、日本テレビ系列にて放送中。
今週の校正ギア!
「製図用ミニブラシ」(ドラパス / 税込648円) 筆者の勤務する事務所は席を固定しない、(格好よく言えば)フリーアドレス制。また今回の悦子のように、出張で他社編集部にお邪魔することもあるので、机の整理整頓は欠かせません。馬毛を使用したやわらかな手触りは、消しカスなどの細かなゴミを逃さないだけでなく、心がすさんだときにそっと撫でると癒やし効果も期待できます。個人の感想です。
参考:『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』(椎名誠 / KADOKAWA)、『沖縄県公式ホームページ』
この記事どう思う?
放送情報
地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子
- 次回放送
- 2016年12月7日(水)22時〜
- 放送
- 日本テレビ系列
- 原作
- 宮木あや子「校閲ガール」シリーズ(KADOKAWA・角川文庫刊)
- 脚本
- 中谷まゆみ/川﨑いづみ
- 音楽
- 大間々昂
- チーフプロデューサー
- 西憲彦
- プロデューサー
- 小田玲奈/森雅弘/岡田和則(光和インターナショナル)
- 演出
- 佐藤東弥/小室直子 ほか
- 制作協力
- 光和インターナショナル
- 製作著作
- 日本テレビ
関連リンク
連載
2016年10月5日、日本テレビ系にてスタートした連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』。 話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作を、現役の校閲ボーイが校閲者視点から全話レビュー! 『校閲者は小説という「現場」を調査し、証言や状況(≒キャラクターの言動や行動)に整合性がとれているかどうか、徹底的に証拠を洗い出して(≒事実確認を行なって)精査する「鑑識官」みたいなもの』だと語る筆者が、タイトル改変に秘められた意図から作品のテーマまで、校閲者ならではの視点から読み解く。
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