勝負に向かない優しい心と、誰よりも恵まれた才能に苦しむ主人公
綾瀬川の運命を変えたバンビーズの監督の他にも、彼の才能は多くの大人たちを翻弄します。
自分の息子を見限って、綾瀬川の才能に執心するバンビーズのチームメイトの父親。
圧倒的な才能を前にした時、自分の息子の心がへし折られることを危惧して、指導者として綾瀬川を手元で導く決断ができなかったU-12日本代表の監督。
綾瀬川がバンビーズを辞めて後に入団した地元の強豪チーム・足立フェニックスでは、息子の進路の障壁になりかねない綾瀬川を遠回しに牽制するチームメイトの親たちも描かれました。
ダイヤモンドの功罪とはよく言ったもので、圧倒的才能がもたらす負の側面がありありと描かれます。しかし、作中に登場する大人たちの気持ちも、これが痛いほど分かってしまう。
もし自分の前に、大谷翔平選手を彷彿とさせる少年が現れたとして、果たして口を出さずにいられるだろうか?
自分の子どもが所属するチームにその少年が入ったとして、邪魔な存在だと思わない自信はあるだろうか?
野球でなくてもいいんです。あらゆる分野で抜きん出た才能を目にした時、そしてその才能が燻って見えてしまった時に、何もしないでいられるだろうか?
綾瀬川は作中の大人だけでなく、読者をも巻き込み、問いかけてきます。自分の本質を否が応でも映し出す鏡なのです。
それでも大人たちは安穏としていられます。本当に大変なのは、綾瀬川と同世代の子どもたちです。チームが一緒になれば、どうしても彼と関わらなければいけません。
ポジション争いではまず勝てない。格上の相手でも彼一人で何とかしてしまい、何もできない自分の不甲斐なさに悔しさを覚えることもある。
綾瀬川にとって勝敗はどうでもよくて、仲間とも対戦相手とも楽しく野球ができればいい。しかし、本人の意思とは裏腹に、その天才が周りを壊してしまう。
性格的には勝負事に向かない優しい心を持ちながら、誰よりも実力があるジレンマに、綾瀬川は苦しみ続けます。
『ダイヤモンドの功罪』の巧みな口語表現
綾瀬川の才能に、綾瀬川本人も苦しみ、周囲は狂っていく本作。だからこそ、微妙にすれ違っていく人間関係を描く描写が重要になります。
本作はここが秀逸で、それが特に現れているのが登場人物の会話であり、口語表現(話し言葉)です。直接的に言えば、登場人物の言葉と会話が芝居がかってない。
感情が高ぶった時に荒くなる言葉遣い、腹に一物ある時ににじみ出る棘のある言葉、うまく考えがまとまらずに言葉に詰まる様子など、口語の表現が逐一巧いのです。
子ども同士、大人同士、子どもと大人といった関係性、あるいは置かれた状況で変わる話し言葉のニュアンスの違いも絶妙。
「なんか」「あ〜」「まぁ」「えっと」などといった、話の間を繋ぐ言葉もよく入ります。
紙面の幅にコマ割りと、入れられる台詞の制限にシビアな漫画において、このような口語特有の癖を入れるのは簡単ではありません。多用すると冗長にもなりかねませんし、単純に読みにくくなります。
絵と台詞のバランスは、漫画における表現の要です。
『ダイヤモンドの功罪』は、このバランスが本当に優れています。会話とモノローグが比較的多い漫画なのにも関わらず読みやすい。
一度本作を読んだことがある方も、登場人物たちの会話の軽快さや生っぽさといった、口語表現のバリエーションを意識して読んでみると、また違った魅力が見えてくると思います。
この記事どう思う?
関連リンク
連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
0件のコメント