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狂気の産物? 中世写本? はたまたブッダか? 野性爆弾くっきー!のアートを専門家がガチ考察

稲田ズイキ「くっきー!さんは仏に近く、ほとんどブッダ」

326氏からプロイラストレーターの視点を聞き、また、池上先生から西洋美術との関連を教わったわれわれであったが、くっきー!氏の怪物的・地獄的アートワークはやはり仏教的側面からも紐解く必要があると強く痛感していた。

そこでわれわれは、浄土宗僧侶にして京都の寺の副住職、フリーマガジン「フリースタイルな僧侶たち」編集長を務める稲田ズイキ氏に、問題のゲーム画面を見てもらうことにした。

稲田氏は画面を見入って、しばし沈思黙考した後、

「これは…………地獄ですね

と呟いた。やはり地獄なのか!

「まず、指を使った表現に地獄感があります。仏教美術の地獄の表現にはもちろんグロテスクなものが多いんですが、よくあるのが身体がバラバラになっている表現です。指や腕が切断されて、地獄の釜を煮る薪としてくべられる……人間の身体が別のものとして使われているのが、地獄っぽいですね」

さらに稲田氏はくっきー!氏のアートワークの全体的なポップさにも注目した。意外なことに、そこにもまた地獄感があるのだという。

「地獄の表現には悲惨さを強調して、現世での善行を促進する機能があります。ですが、同時に、地獄絵の中に極楽浄土や仏の世界も描いて希望も見せる、という表現をすることが多いんです。グロさの中にポップさが同居してる感じが地獄感ありますね」

熊野観心十界曼荼羅では下部に地獄の様相が描かれるが、上部では仏界が描かれている。高野山真言宗別格本山金陵山西大寺(観音院)公式サイトより

ポップさからも地獄絵を想起するとは、流石はプロの仏僧である。われわれ凡夫とはやはり視点が違う。

「それと、拙僧が注目したのが、こちらのキャラクターです」

「あえてと言えるほど暴力的にブサイクに描きながらも、可愛く繕(つくろ)わせて、鑑賞者に剥き出しの欲望を感じさせる……これは三大煩悩のうちの「貪」、つまり人間の中にある、何かを欲しくて欲しくてたまらない心の意地汚さを浮き彫りにした表現で、これも地獄絵図と同じ機能を果たしているように見えます」

な、なるほど……。われわれがこのイラストから受け取るグロテスクさというのは「醜いながらも可愛く見せたい」という肥大化した自我のグロさだったのか。通常であれば己の醜さを自覚し、それを過度に繕うことに対して自意識が歯止めをかけてしまう。だが、このキャラクターにはそれがないのだ。

「しかしですよ、これは裏を返せば自意識を超越しているとも言えます。美しくないものが堂々としている絵を見て、勇気が出る人も多いんじゃないでしょうか。清濁に対して境界線を引かない姿勢は、仏教的に言って、かなり悟りに近い、仏に近い在り方かと見えます」

そう言われると背後のリボンも光背のように見えてくる Via Wikipedia

「この絵には、煩悩を捨てるのではなく、自分のなかに浮かぶ煩悩を見つめて、その対にある悟りに触れていく姿勢が見えるんですよ。煩悩すらも悟りへの縁とし、無駄な境界線を引かないぞ、という確固たる意思が見える。それまさしく、煩悩即菩提なんです」

われわれの煩悩がキャラクターをグロテスクに見せている一方で、煩悩即菩提という境地に立てば、仏に近い存在として見ることもできる。

なるほど、怪物的イメージが併せ持つ魅力とは、泥中の蓮華の如きものなのか。泥にまみれてこそ美しい華が咲くのだ。

「ない歯がある」…色即是空み

「また、背景に小さく描かれた『歯』にもご注目下さい」

「なぜ歯なのかはさっぱり分かりませんが、そもそも仏教において言葉とは苦しみの原因として説かれます。言葉は現象を固定観念化し、言葉ゆえにわれわれはイメージに固執します。しかし、ここでの歯の羅列は、その『言葉』を無意味化しようとしているようにも感じられます。特にこの『空歯』は空的に歯を表現しようとしている……

なるほど、全然分からない。仏教における「空」とはどういう概念なのか?

色即是空。全てには実体がないのです。われわれは一定の「歯」という存在があるように思っていますが、甘いものを食べたら歯が痛むなど、その歯も一刹那のうちに変化しています。歯という言葉で捉えられる存在は一つの現象に過ぎず、歯という実体はなく、歯は無常の存在なのです。『空歯』は『ない』という状態も含めて歯であると言っており、かなり色即是空みのある歯だと言えます」

なるほど、そうなのか。なるほど。

「みうらじゅん氏が駐車場で『空あり』の看板を『くうあり』と読んで、突然、空の思想に気付いたように、拙僧もこのゲーム画面を見て、『空の歯がある!』と同じような悟りを得ましたね」

なるほど。

まとめ

くっきー!氏のアートワークを怪物的、地獄的と捉えるのはわれわれの煩悩の働きである。しかし、煩悩即菩提の境地に立てば、むしろ清浄であり仏に近い。

どう受け止めるのか。それもまたアートを担う

くっきー!氏のアートワークが持つ怪物的畏怖と魅力について、三名の識者から話を聞いたが、いかがだっただろうか。時代の流れがグロ表現を表舞台に立たせたという説、邪悪な力に頼る人間の根源的な心性という説、そして、仏の境地からその二面性を解き明かす説が現れた。

だが、アート性というものは、つくり手側が発信するのと同時に、受け取り手側においても発生するものでもある。様々な識者の様々な見解を紹介したが、それは各々の受け取り手の中で発生したものなのである

ゆえに、ここから先は、われわれ一人一人が実際にモンストをプレイし、くっきー!氏の作風に触れ、そのアート性を各自が体験しなければならないのだ。

さあ、スマホを手に取り、アプリを立ち上げよう。この夏、怪物的な熱狂があなたを待っている──!

【公式】怪物的熱狂創造夏祭 キャンペーン特設サイト|モンスターストライク(モンスト)
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326 // ナカムラミツル

イラストレーター

佐賀県出身、ポップなイラストに詩を添えるスタイル…〈イラストライター〉として十代の時にデビュー その後、音楽活動(19のメンバーとして)やオモチャのデザイン、絵本やエッセイや作品集の執筆やTVやラジオの番組の司会やアニメの製作や学校の先生など、その活動は多岐に渡る 著書には[いつもみてるよ、がんばってるのしってるよ][やさしいあくま][恋に殺されそう…。]など多数。 最近は昔からのゲーム好きがこうじてゲーム作家としても活躍中。 大の漫画好きなので漫画やアニメの原作を執筆中でもある 明るいオタク。社交的な引きこもり。仕事中毒。

最新ゲーム:https://www.amazon.co.jp/dp/B08C5T5B2S
最新絵本:https://www.amazon.co.jp/dp/4344036107

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池上英洋 // イケガミヒデヒロ

美術史家

東京造形大学教授。専門はイタリアを中心とした西洋美術史・文化史。著書に『ルネサンス 歴史と芸術の物語』や『死と復活 「狂気の母」の図像から読むキリスト教』など。

池上英洋

稲田ズイキ // イナダズイキ

僧侶

京都のお寺で副住職をつとめる。ライター・編集者でもある。「フリースタイルな僧侶たち」編集長。

Twitter:https://twitter.com/andymizuki

稲田ズイキ

架神恭介 // カガミキョウスケ

作家・ライター

作家、ライター、漫画原作者、ゲームデザイナー。早稲田大学第一文学部卒。主な著書、作品に『戦闘破壊学園ダンゲロス』『完全教祖マニュアル』『仁義なきキリスト教史』『ダンジョン&ダンゲロス』など。

ダンゲロスのボードゲーム:https://www.amazon.co.jp/dp/B07RZS5VYK

架神恭介

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