BAD HOPが2020年に横浜アリーナで単独ライブをすると発表したのは、2019年6月に開催された「COLD IN SUMMER ZEPP TOUR」の千秋楽となるZepp DiverCity TOKYOのステージ上だった。なんの後ろ盾もないインディペンデントなヒップホップグループが1万人規模の会場で単独公演を実施することは大きなニュースになった。川崎発の8人組ヒップホップクルー・BAD HOPが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、3月1日、横浜アリーナでの単独ライブ「BAD HOP WORLD 2020」を無観客で行った(関連記事)。本校は、そのオフィシャルレポートとなる。
公演は「BAD HOP WORLD 2020」と銘打たれ、チケットも当然即完売した。しかし開催の4日前となる2月26日、日本政府から新型コロナウイルス感染症の拡大防止措置として、「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします」との勧告がされた。
同じような状況に置かれた多くのアーティストは、やむなく中止や延期を決めた。教育現場もいきなり休校を余儀なくされた。そんな状況を鑑みたBAD HOPはチケットを全額払い戻した上で「ネガティブなニュースが多く流れている中で少しでも多くの方に楽しんで頂ける時間を届けられるように」と無観客でライブを実施し、その様子をYouTubeで生中継することを決めた。
BAD HOPはメンバー個人が運営するグループで、さらに本公演にはスポンサーもついていないため、1億円超えのライブ制作費用はメンバーの借金となる。
取材・文:宮崎敬太 写真:cherry chill will.BAD HOPからのお知らせ。
— BAD HOP (@badhop_official) February 28, 2020
この度、コロナウイルスの影響により3月1日に予定していた横浜アリーナの公演を中止とさせて頂きます事を深くお詫び申し上げます。
ですが、無観客状態で本番同様の内容でBAD HOPのYouTubeアカウントにてライブの生配信を決定しました。
詳細は添付画像をご確認ください。 pic.twitter.com/yQIHNsGSYP
無観客の横浜アリーナ「BAD HOP WORLD」
無観客の横浜アリーナはガランとした印象だった。その場にいるのはスタッフだけ。開演前はシンッという音が目に見えるような気すらした。ステージは超巨大 LEDモニターで緞帳(どんちょう)のように覆われている。定刻になるとモニターにオープニングムービーが。観客はBAD HOPとともに宇宙船に乗って、何光年も先にある惑星「BAD HOP WORLD」に向かうという内容だ。ムービーが終わるとモニターが左右に真っ二つに割れ、メンバーとともに宇宙船内部を思わせる二階建ての豪華なセットが登場した。
1曲目は「JET」。ロサンゼルスのスタジオで制作した最新EP『Lift Off』からのナンバーだ。ビートはMurda Beatz。心地よい浮遊感は息苦しい地球を飛び立つイメージ。だが同時にベースの鳴りで強烈なうねりのグルーブをつくる。
「頭の中で描く事は全て叶う物/無理な事も口を出して自分にかける魔法」というYellow Patoのラインは、本日の状況において、ポジティブな力を持つ。続く「Double Up」も最新EPから。Metro Boominメイドのこの曲のテーマは倍々ゲーム。「損して得とれ」を凄まじいレベルで実行してのし上がってきたBAD HOPの裏テーマソングとも言っても過言ではない。
3曲目の「Poppin」はBenjazzyの前に出るガツガツしたラップがBAD HOPらしい。プロデュースはMustard。「今ハリウッドのRooftop/昔川沿いで飲んだあの鏡月とニッカウイスキー/よりはるかに勝利の美酒」というラインからもわかる通り、いわゆるパーティをテーマにした曲でも、そこに自分たちの色をしっかりと刻み込む。曲はもちろんパフォーマンスも別格のクオリティと言っていい。
そしてどこからともなくメンバーたちの「Handz Up」という声が。そして Lil' YukichiとZOT on the WAVEによるドープすぎるビートのイントロが流れ出した。Benjazzyが喧嘩腰なラップを1バース歌うと、そのままMike Will Made Itのビートに乗せた「ICHIMANYEN」へ。 日本の陰湿な裏社会感を醸し出すこの曲は、あえて“諭吉”と言い換えず、ダイレクトに“一万円”。YZERRのセンスが洗練と不穏が同居した空気をつくり出す。次の曲は、成り上がりのスターシステムの危うさを歌う「Dead Coaster」だが、借金1億円の無観客ライブという状況においては、違うニュアンスが出てくる。Wheezyのビートに乗った「乗るか反るか」「ビビるんじゃねぇ 奈落の底」「身体かけてる24」というラインには凄まじい迫力と切迫感を感じさせた。
だがT-PablowはMCになると明るくこんなふうに話し始めた。「今日、コロナウイルスでこんな形(無観客)になってしまい申し訳ないす。当初の予定とは違い、こうしてYouTubeで生配信しています。でもさっきBenjazzyが言った通り、俺らは楽しんでます。だからお客さんも楽しんでもらえたらなって思ってやってます」。
YZERR「お金以上の価値があると俺たちは本気で思っています」
続く楽曲は「金」をテーマにした「YAGI」「Walking Dead」。この間、モニターには宇宙の映像が映し出されていたが、リリックは京浜工場地帯の直下に広がるBAD HOPの地元の街角を思い起こさせる。そのミスマッチが近未来の日本のディストピアを想起させる。そこへ畳み掛けるように、「2018」のイントロ。Vingoがハイトーンで「2018奪いに行く/足りない物奪いにいく」というフックを歌うと、Benjazzyが無骨でスキルフルなラップを畳み掛ける。さらに Benjazzyのソロ曲「WAR」も。KMによるインダストリアルで重厚なビートは、工場の煙突から火を吹くBAD HOPの世界観のよう。フックでは文字通り火柱の特攻が立ち上がった。
続いて、ゲームの起動音が鳴り響くと、Jojoのソロ名義曲「PLAYER 1」へ。軽快なビートとポップなサウンドはJojoの個性を際立たせる。さらに「Super Car」ではおなじみパンチライン「池上の道には不自然な絵」も。だが今回は巨大LEDを駆使して、よりダイナミックにスケールアップ。宇宙空間でレースをしているかのような世界観をつくり上げていた。そして女性はみんな大好き「Asian Doll」に突入。リゾート感あふれるオリジナルとは違い、今回はスペイシーなラブソングに仕上げられていた。 ここからはYZERRのソロパート。左右にあったLEDが再び中央で一枚となる。YZERRはアルバム『Rich or Die』から「Intro」、そして退廃的な「Overnight」を歌う。パーティソングだが、空虚さも感じているYZERRの内省を紫のライティングとともに表現する。さらに「口だけ」はアカペラ。言葉のひとつひとつが、機能不全を起こしている今の日本に突き刺さる。次の「No New Friends」は、飛び級でビッグになり続けるBAD HOPのモットーだ。歌い終わるとYZERRはおもむろに話し始める。
そしてYZERRは渾身の思いで新曲「ZION」を歌う。「人の目は興味ない/囚われず見る未来」というラインにはYZERRのヒップホップへの情熱が詰め込まれている。そしてYZERRは「何度も言うぜ、KAWASAKI SOUTH SIDE」と絶叫して「Back Stage」へ。YZERRは「同じ上を見せるお前にも」と歌った。俺たち、横浜アリーナという会場には思い入れがあって。18歳の時に初めて来たんですけど、あの頃はとんでもなくデカい会場に思えて、もしかしたらアーティストをやっている間にこのステージには立てないんじゃないかって思ってたんです。だから例えこういう形でもライブができるのはすごく感謝しているんです。
サポートしていただいてる方はもちろん、観てる皆様も本当にありがとうございます。昔はヒップホップが流行ってなかったから、BAD HOPみたいなスタイルで武道館や横浜アリーナでライブするなんて無理だ、って言われてたんです。でもデッカいビジョンを持って、仲間たちといろんなことを仲間と一緒に考えて、それを実行して今このステージに立てています。
だけど正直、この公演をすることで自分たちが負債を負うことになるとは思ってませんでした。でもそういうことじゃないんで。こうして画面越しでも観てもらうことで、俺たちみたいなどうしようもない人間でも、本気でやったらここまで来れたってことに、希望を感じてほしかった。
そこにお金以上の価値があると俺たちは本気で思っています。俺が18歳の時、このステージに立ちたいと思ったように、この配信を観た俺よりも若い子たちが、何かに挑戦したい気持ちになったら、それは一億円という負債なんてちっぽけなものに見えてしまうほど素晴らしいことなんですYZERR
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