『ラヴ上等』は恋愛リアリティの枠を越える──再評価される日本文化としての“ヤンキー”

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ライタ〜ミクニシオリ📚🖋
『ラヴ上等』は恋愛リアリティの枠を越える──再評価される日本文化としての“ヤンキー”
『ラヴ上等』は恋愛リアリティの枠を越える──再評価される日本文化としての“ヤンキー”

Netflix『ラヴ上等』

過去に闇を持つ、腕や腹に大きく青い墨が入った男女11人──ヤンキー×恋愛リアリティショーという、異色のテーマを取り扱ったNetflixの恋愛リアリティシリーズ『ラヴ上等』は、配信開始からすぐに、日本におけるNetflix週間TOP10 (シリーズ)初登場で1位を獲得した。

また、韓国での週間TOP10では5位となり、日本発のアンスクリプテッド作品としては初となる快挙を成し遂げた。グローバル週間TOP10(非英語シリーズ)でも8位を獲得し、国内外で大きな注目を集めている。

日本でも絶滅危惧種となりつつある、本物のヤンキーを10人も集めての恋愛リアリティショーは、既存の恋リアファンの枠を越えて広まっていった。コンセプト自体は突飛にも思える本作が、ここまで人々の興味を引いたのはなぜだったのか。

国内外で注目された「ヤンキーという日本文化」

35歳以上のミドルシニア層の恋愛を取り扱った『あいの里』、ゲイセクシャルの恋愛を取り扱った『ボーイフレンド』など、恋愛コンテンツにアクティブな若年層以外を取り込む恋愛リアリティを多く輩出してきたNetflixが、今回は"ヤンキー"に目をつけた。

globeの往年の名曲『Love again』をOP曲に添え、特攻服とバイクで、舞台となる学校にヤンキーが乗り付ける。

何より、集めたメンバーの本気っぷりが凄まじい。元暴走族総長、最終学歴少年院、逮捕歴のあるラッパー、海外で人身売買されかけた女性、施設育ちのメンバー……参加者11人のうち、7人が刺青を入れており、中には「全身もんもん」のメンバーも。

学校には男女交流用のサウナもついており、異性と入浴することもできるのだが、銭湯でもまじまじとは見れないほどの刺青を見ることができるため、MCからは「刺青博覧会かよ」という野次も入っていた。

そんなMC陣は、番組のプロデューサーを務めたというタレントのMEGUMIに、恋リア嫌いを公言している永野、そして自身も「半グレ」として青春を過ごしてきたというAK-69が脇を固めた。

この徹底ぶりから、本作が恋愛リアリティショーであるだけでなく"ヤンキーリアリティショー"でもあることも察しがつくだろう。舞台となる学校に着くやいなや、栃木の暴走族長と川崎のチームの頭がメンチを切り合う。教室の後ろ端の座席を陣取る元族長を見て、ヤンキー文化の解説員でもあるAK-69が「背中を取られたくないんでしょうね」などと補足を入れていくあたり、ヤンキーの生態そのものを見どころにしていく意図も窺える

近年、日本のヤンキー・不良モノは一つの国際的な人気ジャンルとして確立されている。 自分の信念のために戦い、礼儀や上下関係を重んじるヤンキーの姿は、時に「現代のサムライ」の変奏としても映るようだ。またヤンキーたちの持つ命題でもある社会への反抗やマイノリティとしての苦悩などのテーマも、国を問わず若者の共感を呼びやすい。

そして今、日本は空前の平成レトロブームの只中。平成初期〜中期のギャルファッションや当時ならではの文化に注目が集まっている。

特に女性メンバーはヤンキーとギャル、両方の文化を経験してきているメンバーも多いようで、そのファッション性にも注目が集まっているようだ。特に、Y2Kファッションブームの火付け役でもある韓国では、女性メンバーのファッションに着目する切り抜き動画などが多くアップされているようだ。

ヤンキーファッションやヤンキーならではの言動は、海外の人にとっては「日本らしい文化」として映り、日本人にとってはまさに絶滅危惧種となりつつある“平成のヤンキー”がどんな大人になっていったのかを知るという見方をすることもできる。

道を踏み外してきたヤンキーの素顔を“ドキュメンタリー”として昇華

平成ギャルやヤンキーが青春を過ごしてきたであろう学校を舞台に、共同生活を送りながら地域の子ども食堂での夏祭りイベントを成功させるというミッションも同時並行していく。

本作は、ヤンキーを平成らしいプロップとして利用していくだけでなく「ヤンキー=心に傷を負ってきた人々」として、その過去にもフォーカスを当てたことも大きな見どころとなった

作中では比較的早い段階で、メンバーが「なぜグレたのか」が語られていく。たとえば、元暴走族長で最終学歴少年院のつーちゃんは、例に漏れず家族に迷惑をかけながら年齢を重ね、現在は北関東でキャバクラを経営している。しかし、家族には自分が建てた家をプレゼントするなどの親孝行をしていたり、シングルマザーとの女性との交際の際には、相手のためを思って別れることになるも「相手が幸せになるまでは自分も恋愛をしない」という誓いを立てていたことを語る。

初対面の人にはメンチを切って喧嘩しようとするのに、子どもとの関わりの中では嘘のように優しい顔を見せるメンバーたち。家庭環境に問題があり、施設で育ったというBabyは、子ども食堂でのイベント準備のたびに「自分にもこういう居場所があったなら」と語っていたし、先輩を殴って学校を退学になったというてかりんも、本当は子どもと関わる仕事に就いてみたかったという本音を漏らしていた。

刺青でいっぱい、街中で会ったら目を逸らしたくなるようなヤンキーの外見の派手さを最初に見せておきつつ、一度道を踏み外してしまった人には致し方なかった過去があり、本当は優しい心を持っているというギャップが露になる。ヤンキーならではの文化をネタとして昇華しつつ、外見でメンバーを判断してしまいがちな視聴者に、人間性に注目せざるを得ないような語りをさせていく

『ラヴ上等』

過去をオープンにするのは、リアリティショーとしての信頼感にも繋がる。だからこそ、2週間という短い期間の撮影ながら、彼らの恋愛模様、関わり合いはリアルとして視聴者の目にも映ったようだ。

自我の強いヤンキーたちがコンプラ社会に一石を投じる

本作のプロデューサーであるMEGUMIはMC中に「ヤンキーならではの“今を生きる価値観”は、コンプラ社会で言葉を選んで生きている大人にも刺さるはずだ」とも話していた。

たしかに「女は顔が100、性格0」と話しているメンバーがいたり、作中で犯罪を匂わせるような発言をしたメンバーが退学(番組から退場)になったりもしたのだが、作品は全く炎上していない。コンプラ無視の発言も、むしろ「ヤンキーの伝統芸能」として作品の魅力を底上げしている

初対面の女性メンバーに氷入りの酒とコップをぶん投げたり、背中から足の先まで「もんもん尽くし」のメンバーがふんどしでサウナに入浴したりと、絵面の強さや事件には事欠かなかった本作だが、MC・永野が先陣を切って「なんなんだコレ」とツッコミを入れていくため、リアリティショーとしては刺激的すぎる内容も笑いとして昇華されている。

リアリティショーブームの開始からはや10年ほど経つが、番組が乱立して参加者もうなぎのぼりで増えている。その一方で、リアリティショーという番組形式の構造上、国内だけでなく海外でも誹謗中傷による自殺者が出るなど、深刻な事案も発生している。

そんな中、『ラヴ上等』では永野のツッコミがなかったとしても、出会って2日のメンバーの退学で男泣きしてしまったり、映り方を気にする様子もなく、好きになった相手に告白する前から重い好意を爆発させるなど、感情ダダ漏れで振る舞うメンバーの姿にはどこか爽やかさすら感じられる

彼女たちの言動はまさに視聴者にとって「リアル」として映った。台本があるのではないか、参加者たちの参加目的は売名なのではないかなど、視聴者にとってはストレスにもなりやすい“邪推”を生まなかった。その軽やかさと爽快さが、日本だけでなく韓国でも評価された要因にも思える

ヤンキーならではの自我の強さは、真面目に生きているはずの一般視聴者にとっては、作品の魅力として映っただけでなく、自身の行動や振る舞いを改めて考え直すきっかけとしても作用した。参加者がパンピーではないからなのか、恋愛リアリティファンたちの「主観考察」でSNSのタイムラインが埋まることもなく、単純な好感の意見が多かったのも印象的だった。

これからの恋愛リアリティショーが国内外問わずバズる作品となるには、恋愛模様以上の見どころをコンセプトやメンバーのキャスティングでつくっていくしかないことは間違いない。

『ラヴ上等』は、時を経て若い女性など限られた人だけが楽しむものというイメージが濃くなりつつあった恋愛リアリティショーというジャンルに、新たな一石を投じてくれた。

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