ハジチ(針突)とは、琉球民族(大まかに奄美・沖縄一帯)の女性の手の刺青のことを指す。要は、琉球古来のトライバル・タトゥー(主に部族内の文化を表した独自のデザインと意味を持つタトゥー)である。
ただし、日本政府の入れ墨を禁止する「文身禁止令」(1899年)によって、排除の対象となったという歴史を持っている。
本展は、消えゆく沖縄のハジチと復興しつつある台湾原住民族の両展示を通して、沖縄の女性たちが歩んだ歴史を見つめなおし、現代台湾の多文化共生の知恵を知る機会として企画された。
執筆:山田文大
ある彫り師との出会い
この話を筆者に教えてくれたのは、沖縄は読谷村でスタジオを構える彫り師のメイ(chunkymaymay inks)さんだった。メイさんには随分前に(沖縄県名護市で住居をスタジオにしていた頃)一度ゆっくり話をうかがったことがある。採光と風通しの良い海沿いの一室、メイさんが施術する横で、まだ赤ちゃんの長女のジュンちゃんがスヤスヤ寝ていた。そんなタトゥースタジオだった。
彫り師がキャリアを物語る話は総じて面白いが、メイさんもその例に漏れなかった。 かつてはポーランドを拠点にヨーロッパ各所のスタジオで勉強し、日本では東京にいらっしゃった…と思っているうちに(だから当時はいつでも話を聞けると思っていたのだ)、奈良に越し、やがて沖縄にいた。その沖縄でスタジオをオープンしたのだから、よほど水があったに違いない。
沖縄の特殊なタトゥー事情
現在においても日本のタトゥー事情は、沖縄と“それ以外”に大まかではあるが二分できてしまうほどの温度差がある。沖縄の道路を車で流していて目に入る「tattoo」という看板の多さからも、その差は明らかだ。もちろんこれは米軍との距離間を反映したもので、直接沖縄のハジチと結びつくものではない。だが、この刺青・タトゥーとの距離の近さがあってこそ、公共の美術館でこうした展示ができるのではないか。
そして、メイさんのような沖縄在住の現役女性タトゥー・アーティストが、針突の展示に関わるというのも素晴らしい話だと思う。ハジチ展展示の数々です。 pic.twitter.com/Qd2IRqUY0M
— Okinawa_Taiwan_Tattoo (@TattooTaiwan) September 30, 2019
彼女はこの展示で、シリコン製の腕にかつてのハジチを再現しているという。そういうことについて話すときのメイさんは本当に楽しそうだ。もっともな話だが、奄美には奄美の模様があり、沖縄の各島には各島伝統の模様があるようだ。
排除されたハジチ
残念ながら、日本ではもう、オリジナルのハジチを施した人々を拝顔することは叶わない。本物のハジチの仕事を間近で、その手をとって見てみたかったが、ハジチを施したことにより女性たちは排除され(過去に何人もの逮捕者を生んだ時代がある)、1990年代後半には途絶えてしまったのだという。
これまでハジチの文化の衰滅について声をあげたことや興味を持ったことがない以上、筆者が今さら理不尽な国の摘発を責めたところで空しいばかりだ。こうして、様々な習俗や習慣は時の移ろいの中に消えていくに違いない。 本展示の沖縄のハジチ、そのもう一方の比翼である台湾原住民族のタトゥーは、現在復活の兆しにあるそうだ。 興味のある方は本展覧に足を運び、両国のタトゥー・刺青観の違いについてぜひ思いを馳せてほしい。
東京…に限らず、この展示の全国への巡回を願うのは、あまりにも時代の風潮というものが読めていないだろうか。
時代も場所も超えていく文化
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企画展情報
沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー
- 場所
- 沖縄県立博物館・美術館(特別展示室2)
- 日時
- 10月5日(土)〜11月4日(月・祝)
- 時間
- 9時~18時(金、土は20時まで)
- ※入場は閉館の30分前まで
- 休館日
- 毎週月曜日
- 観覧料
- 入場無料
【展示内容】
・小原一夫『南嶋入墨考』(初版本、1962年)
・80年代のハジチ調査報告書とおばぁたちの話
・20世紀初頭に撮影された台湾原住民族のイレズミの写真
・現代台湾の原住民族による各種キャラクターグッズやポスターなど
主催 株式会社Nansei
共催 山本芳美(都留文科大学教授)、NPO法人沖縄東アジア研究センター
協賛 台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター
後援 沖縄県立博物館・美術館
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山田文大
編集者
出版社勤務・週刊誌記者などを経て、現在はフリーランスの編集者。
他にHIPHOP動画「ニートtokyo」インタビューアーなど。
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