一目でそれとわかる個性的な作風で人気を博す湯浅監督だが、今回はこれまで取り組んでこなかった「青春ラブストーリー」に挑戦。主題歌には人気グループ・GENERATIONS from EXILE TRIBEを起用し、主人公の1人・雛罌粟港(ひなげしみなと)役に同グループのボーカルである片寄涼太さん、もう1人の主人公・向水ひな子役に女優の川栄李奈さんをキャスティングした。
本作は第22回上海国際映画祭でアニメ部門のグランプリにあたる金爵賞を受賞するなど、国際的な評価も高い。
新海誠監督の『君の名は。』の大ヒット以降、人気俳優やアーティストを起用してより一般向けを意識したアニメーション映画は数を増やし、それに伴って作家性の強さを押し出してきたアニメ監督たちが、よりエンターテインメント性を意識した作品に挑むことも多くなった。
湯浅政明監督も強烈な作家性でその名を馳せる監督の1人であることは間違いない。そんな湯浅監督が挑む"間口の広い作品"には一体どんなメッセージが込められているのだろうか。そして"ラブストーリー"を描く中で見つけた感動とは?
本インタビューには『きみと、波にのれたら』のネタバレが含まれます。
取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多
湯浅政明にとってのヒーロー
──湯浅監督は本作について「したたかに生きなければという世の中で、純粋な主人公を波にのせてあげたいと思った」と語られています。改めてこのメッセージの意味を教えていただけますか?湯浅 楽したほうが得というか、世渡り上手なやり方を選んだほうがいいとされる空気や潮流を世の中に感じていて、それが"したたかに生きなければ"ということです。
でも僕にとってのヒーローは楽ができる、得ができる方法があっても、そうじゃない正しいと思う方法を選ぶ純粋な人。そういう人を見ると自分も頑張らなきゃいけないという気になります。
うまく生きることを悪いとは言いません。むしろそれも良い。でもまっすぐにしか生きられない人たちにも負けてほしくないし、いい波にのせてあげたいと思ったんです。
──現代の若者に向けてのメッセージというよりは、一生懸命に生きる人へのエールなんですね。
湯浅 前作の『夜明け告げるルーのうた』では自分の好きなことを突き詰めていました。それに対して本作は自分の好きな人を応援したいという気持ちを込めているので、テーマ的には地続きになっていることでもあるんです。
──そのテーマを描く上で今回は"青春ラブストーリー"を選ばれています。
湯浅 実を言うとテーマのほうが少しだけ後付けなんです(笑)。シザーハンズ』のような異形の者とのラブストーリーというお題をいただいてから、"死んでしまった恋人が水になって帰ってきたら?"という今作の形になりました。 湯浅 帰ってくる理由を考えたときに、「彼女を助けるため」というヒロイックな動機よりは、「約束を果たすため」である方が、律儀な性格の港(CV.片寄涼太さん)という人物像が出来上がっていきます。
そして水の中に現れる彼氏と絡ませるからという理由で、彼女はサーファーにしてみようと。サーファーといっても人のいないところでこっそり波に乗っているタイプで、プロになるつもりもない。 湯浅 そこから、「いまやっていることが将来につながるわけじゃない」という漠然とした不安を抱えながら、自分に自信を持てない女の子としてひな子(CV.川栄李奈さん)のキャラクターも見えていきました。
自分を活かしつつ社会に居場所を探したいと思っているひな子が、異形となってしまった港とのラブストーリーを経てどういう成長をするのか。そこから全体のテーマにつながっていったんです。
端から見たら恥ずかしい恋愛を描いてみよう
──ご自身でも「間口の広い作品に仕上がった」とおっしゃっているように、『きみと、波にのれたら』では特に"わかりやすさ"を意識されているように感じます。これまでの作品と比べて何か特別に意識したことはあるのでしょうか?湯浅 わかりやすさはいつも意識していることですが、今回の作品では登場人物を少なくしたことが特別な試みと言えます。
僕のこれまでの作品は多種多様な人を描ていきたいという意識からだったんですが、大勢を物語に絡めることが多かったんです。
でも大勢が出てくる映画だけが好きなわけじゃない。これまでも「主人公の活躍をもっとみたい!」という感想をいただくことが多かったので、今回は主要人物を絞ってみようと思いました。
やってみると少人数でも要約して多様さは詰め込めましたし、しっかりいろいろなテーマを描けるんだなと気づけましたね。
──公式サイト内のインタビューで「新しく発見して感動したことを描きたい」とのことですが、本作においては新たな発見と感動はどのように描かれているのでしょう?
湯浅 アニメーションとしては初めて炎をしっかりと描きました。水はたくさん描いてきましたが、炎は本格的に描いてこなかったので描写として新しい発見ができたポイントの1つです。
サーフィンも一生関わることはないとすら思っていたんですが、今回描くにあたっていろいろ調べたり実際に見たりして、意外と遠い世界ではないということに気づけましたね。
知らないことを知ることは楽しいですし、その感動は描写に活きていると思います。 湯浅 本作で描きたかったのは"ラブストーリー"なんです。恋愛って夢中になっている本人たちは楽しいけど、端から見れば恥ずかしいこともありますよね、そういう端から見たら恥ずかしいような恋愛を描いてみようと思いました。
──一視聴者として、湯浅監督にとっては挑戦的な取り組みだと思いますが、なぜ恋愛を描こうと?
湯浅 アニメファンからすればそういう他愛もない恋愛、言ってしまえばリア充なラブストーリーは「見づらいんじゃないか?」という意見もありました。
でも僕には何を境にリア充とそうでない人を分けるかがわからなかったんです。だってアニメファンでも恋人はできるし、結婚している人が多いでしょう? 身近な他愛もない恋愛を描きたかった。
みんなが惚れ惚れするような美男美女が、華々しい恋愛を繰り広げることをリア充なラブストーリーと言うのでしょうか? でも本当の恋愛って本人たちがのめり込んでくるほど、端から見たら結構恥ずかしいことになっていたりする点はどんな人であれ変わらないと思うんです。
恋愛のきれいな部分だけでなく、誰にでもある本質的な部分を描くことで、あとから考えたら否定したくなるような経験や思い出も決して失敗ではないという描き方をしたつもりです。
"好き"という感情は『ルー』でも取り上げましたが、本作は特に恋愛にフォーカスしたので、新しいものを描けたなと思っています。
──『ルー』と言えば、そちらでも水が大きくフィーチャーされていましたが、前作と比べて今回はサーフィンということもあり波の描写が美しく印象的です。
湯浅 水を描くのは好きなので前作でも思いっきり描いたのですが、大きな波は意外と描いたことなかったんですよね。
キャラクターデザインと総作画監督をつとめていただいたデジタル使いでもあるアニメーターの小島崇史さんはリアルなフォルムを取り入れてくれましたし、マッドハウスの濱田邦彦さんも港が波に乗るシーンでものすごく緻密でリピートがきかないような波を描いてくれました。
情報量が多い波の動きをどれだけシンプルに表現するかが難しいところだったのですが、リアルでありながらシンプルという理想的な波が描けたと思います。 ──アニメーション作品という意味での直近の作品は『DEVILMAN crybaby』ですが、エログロバイオレンスを押し出した本作と180度違う作品でした。
湯浅 絵柄はもちろん作品ごとに変えますし、集まったスタッフによって色があったり、オリジナルか原作モノかでも作品の仕上がりは大きく違ってきます。特に『DEVILMAN crybaby』のときはキャラクターデザインの倉島亜由美さんとデビルデザインの押山清高さんのカラーが色濃く出ました。
『きみと、波にのれたら』は、僕としてはやはり『夜明け告げるルーのうた』からのつながりを意識していて、より少女漫画的な要素が強くなったし、小島さんのカラーも出たと思いますね。
──ラブストーリーという描き方もそうですが、本作では物語やキャラクター同士のやりとりなど、随所に少女漫画的なエンタメ性を感じることがありました。これは今まで見たことない人に見てもらいたいからという意図なのでしょうか?
湯浅 「見たことがない人に見てもらいたい」という気持ちは、実は昔からあるんです。でもこれまではうまく出せていなかったかもしれません(笑)。
今回はエログロバイオレンスでもなければ、キレキレのダンスシーンもない、比較的わかりやすいお話でしたし、小島崇史さんのキャラクターデザインがマッチしたこともあって、何か無理をしてということではなく違和感なくスムーズに間口を広げることができたと思っているんです。
アニメーション作家・湯浅政明“らしさ”
──新海誠監督や原恵一監督と、際立った作家性で知られるアニメ監督が、昨今はよりエンタメ性を意識した作品に挑戦していく流れがあります。湯浅監督もそういった流れを感じていたのでしょうか?湯浅 新海誠さんの『君の名は。』のヒットによって、「アニメはまだたくさんの人に見てもらえるんだな」ということには気づきました。
エンタメ性の強い作品に挑戦するということは、つまり多くの人に見てもらえるような作品にするということだと思います。僕の場合多くの人に見てほしいという意識は15年前からあるのですが、周りにはそうは思われてなかったようなんですよね(笑)。
個人的には本作からというより、『ルー』のときから特にそういう意識はより強くなっていたと思います。とはいえ、何かを境に無理やりスタンスを根本から変えたというわけではなくて、あくまでも地続きにそういうやり方になっていったという感覚なんです。
──『きみと、波にのれたら』の場合は、青春ラブストーリーという物語自体のエンタメ性の高さも影響しているのでしょうか?
湯浅 もちろんそれもあります。あとはもしかしたら、僕は常に描き足りないと思うタイプで、制作の終盤になって急にこれまでと違うことをやり始めちゃうんですが、そういうこだわりが今回は2割くらい抑えられてるかもしれません。昔から周りによく止められてはいたんですけど(笑)。
例えるなら、これまではバランスよく、できるだけ盛り込んだコース、料理を出していたんですが、今回は1つのメインディッシュに技術を集約しているような感覚です。
──明確に間口を広げられた中で湯浅監督として、特に自分らしさが表現できたと思うシーンはありますか?
湯浅 全体的に思うようにはやっていますが、強いていうならクライマックスのビルの屋上からサーフィンで降りてくるシーンは、ファンタジー性が強くてアニメーションの動きも激しい、僕らしさのあるシーンだったかなと思います。 湯浅 あとはひな子が港を連れ歩くシーン。基本的に青春ラブストーリーという特性上、ファンタジー色は控えめにしていたんです。それでもやっぱり何か工夫が欲しいなと思ってしまい、「彼女がぬいぐるみを彼氏として連れ歩く」というアイデアを出しました。
さすがに奇抜すぎてダメって言われるかなと思っていたら、思いのほか好評で結果的に素敵なシーンにもなりましたね。 ──そうした意外性や動きのある描写、それらの追求はやはり湯浅監督のアニメーション制作の根底にあるものなんでしょうか?
湯浅 根底にあるというよりは、映画は全部それでできていると思っています。画面の中でどう動くか、画面そのものをどう動かすか、そういうことを考えているときがやっぱり一番楽しいんですよね。
実はアニメーターのときは深い描写の動きを描くことは得意ではなかったんです。でも監督としては、最短の描写があればつなげて深い描写をつくり出すこともできます。
そうして直接1つひとつ描写をつくっていくこと以外にも、1つひとつ描写をつくっていく流動的な作品の流れを調整するのは、アニメの監督をしていて楽しいところですし、『きみと、波にのれたら』でも細かな動きと、それらが合わさった全体とを、それぞれを楽しんでほしいと思います。 (c)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
湯浅政明監督、まだまだ注目作控える
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作品情報
きみと、波にのれたら
- 公開
- 2019年6月21日(金)全国ロードショー
- 監督
- 湯浅政明
- 脚本
- 吉田玲子
- 音楽
- 大島ミチル
- キャラクターデザイン・総作画監督
- 小島崇史
- 出演
- 片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)、
- 川栄李奈、松本穂香、伊藤健太郎
- 主題歌
- 「Brand New Story」
- GENERATIONS from EXILE TRIBE(rhythm zone)
- アニメーション制作
- サイエンスSARU
- 配給
- 東宝
【ストーリー】
もう会えないと思っていた恋人。あの歌を口ずさめば、またきみに会える。
海辺の街を舞台に描かれる感動の青春ラブストーリー
大学入学を機に海辺の街へ越してきたひな子。
サーフィンが大好きで、波の上では怖いものなしだが自分の未来については自信を持てずにいた。
ある火事騒動をきっかけに、ひな子は消防士の港(みなと)と出会い、二人は恋に落ちる。
お互いがなくてはならない存在となった二人だが、港は海の事故で命を落としてしまう。
大好きな海が見られなくなるほど憔悴するひな子が、ある日ふと二人の思い出の歌を口ずさむと、水の中から港が現れる。
「ひな子のこと、ずっと助けるって約束したろ?」
再び会えたことを喜ぶひな子だが…。
二人はずっと一緒にいることができるのだろうか?港が再び姿を見せた本当の目的とは?
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