周辺カルチャーを巻き込み拡大する「アニメ」という概念
──数土さんは2011年のインタビューで「日本のアニメは世界で負けはじめている」とおっしゃっていましたが、振り返ってみていかがですか?数土 正直に言って、状況は驚くほど逆転しています。当時は、2006年に中国で日本のアニメのTV放送が事実上なくなり、その後アメリカでリーマンショックが発生。その余波でアメリカはもちろん、ヨーロッパや東南アジアで、日本のアニメのTV放送はほとんどなくなったんです。
同時に海賊版が広がった時期でもあったので、各国で日本のアニメを扱っていたパッケージ会社がどんどん倒産していたんですよ。
でも、2011年から2012年にかけて、Crunchyrollやビリビリなど、正規によるネット配信が始まったことで、形成が一気に逆転しました。TVで放送できない、劇場で公開できなくても、Webで見られるようになった。 数土 もちろん海賊版はあるんですけど、コアな人たちが探して見るものなので、正規の配信の広がりに比べたら、以前より市場への影響は小さい。
だから2010年代に入ってからは、海外の日本アニメファンは急速に増えたと思います。海外のアニメイベントの動員も右肩上がりだし、僕自身、現地に行ったときにもそう感じます。
──そうなんですね。僕らとしても、日本のアニメが求心力を失っているんじゃないかとも思っていたんですが、現実はそうではない?
数土 求心力は失っていないと思います。ただ、今のアニメは、コンテンツとして10年、20年前のアニメとは別物なのかなと。作品を軸に、2.5次元の舞台やライブがあったり、展覧会があったり、声優系イベントがあったり、そういった周辺のカルチャーも含めて、「アニメ」という概念として拡大しています。
──かつてのアニメと別物になったきっかけはあるんでしょうか?
数土 ビジネス視点で見ると、2006年から2008年に市場は徐々に落ち込んでいます。でもその間に、ニコニコ動画が登場して、『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年)や『らき☆すた』(2007年)など、従来とは異なるライブやコミュニケーション型のアニメの楽しみ方が生まれていきました。
市場が低迷する中でも、次の時代への芽は出始めていた。それらが2010年代に入って、爆発しているのが現状だと思います。
ヒットを判断するのは、もはやBlu-rayやDVDの数字ではない
──概念として拡大し、今、それこそ何度目かのブームとも呼ばれている。そんな現在のアニメシーンをどのように捉えていますか?数土 悪くはないと思います。もちろん問題を抱えている側面はあります。全部がハッピーではありませんけど、これだけたくさんの作品がつくられ、多くの人が楽しんでいる時代を「悪い」とは言えないんじゃないかと思います。
──問題という意味では、数土さんも執筆されている『アニメ産業レポート2017』で、アニメ産業市場が2兆円と発表され話題になっていました。
一方で、クリエイターの待遇の悪さは継続的に叫ばれています。収益がきちんとクリエイターに還元されることが、ビジネスでもメンタルでも、次の作品へとつながっていくような気がしますが、いかがでしょうか?
数土 楽観的と言われるのを承知で言うと、これだけ人が足りなくなってくると、もう経済の原理として給料を上げるしかないと思います。言い換えると、もらう側が主張するチャンスでもあると。
中国やベトナムといった海外に仕事を振るのだって、すでにコスト面というよりもむしろ人が足りないからだと思います。実際、コストが低くなっているかというと、運送費や日本でのリテイクを考えたら決して安くはない。だとすれば、日本はお金をきちんと出して、人を増やす方向に行かざるを得ない。
──市場の話を続けると、Blu-rayやDVDといったパッケージが売れないと言われて久しいですが、それでも市場は拡大している。とはいえ、消費者が見ることができる数字はパッケージしかない。売り上げにおけるパッケージの位置づけはどうなっているでしょうか?
数土 数字の見えづらさは僕も感じます。結果として、パッケージが売れない作品があったりすると「大爆死」と言われたりする。でも、メーカー側の人間からすると、そうではないケースもあるみたいです。
つまり、パッケージ以外の部分で稼いでいる。それは、音楽CDや商品化だったり、配信権や放送権の販売だったり。中にはパッケージ発売前からすでにリクープが見通せる作品もあるんですよ。10年前であればパッケージの売り上げは十分参考になりましたけど、それだけではヒットを判断できないというのが現状だと思います。そういう意味でも、アニメは広がっているんだなと。
当然、業界側も気づいていて、アニプレックスやエイベックス・ピクチャーズなど、自社で商品化をつくってECやイベントで販売するというパッケージメーカーがいくつも登場しています。
パッケージだけにとらわれていたら、アニメビジネスは続けられないので、今後もそうした新たな業態を始めたり、模索したりする動きは出てくると思いますね。
10年前の遊技機業界にも似たアニメへの新規参入
──最後に、現在のアニメシーンの潮流であるソーシャルゲーム会社の参入と配信についてお聞きしたいと思います。まずはソーシャルゲーム会社のアニメ参入について、その狙いをどのように考えていますか?数土 DMM picturesにCygamesPictures、『モンスターストライク』のXFLAG PICTURESもそうですよね。
一見すると、自社プロダクトの宣伝のためにアニメをつくっているようにも見えますが、実はそうではない。
彼らとしては、オリジナルアニメをつくって、それをゲームに還元していきたい。つまりコンテンツをつくる装置としてのアニメ、もっと言うとアニメビジネスをやりたいんじゃないかなと思っています。だから、今までのゲームを宣伝するためのアニメ化とは、別のフェーズに入っていますね。
──きちんと自社のIPを生み出していくということですね。
数土 おそらく、10年くらい前の遊技機業界(パチンコ/パチスロ)と同じことを考えているんだと思います。遊技機メーカーは当時、アニメのパチンコ化のために、結構なお金を払ってたんですよ。その中で、「ライセンスを得るためにこんなに払って、こんなに儲かる。それなら自分たちでアニメをつくったほうがいい」と。
フィールズや京楽産業.など、アニメに出資して、ライセンスを売る側になっていったんです。同じことが、アプリゲーム業界においても起きている。
Netflixで「萌え系」「日常系」があっても不思議ではない
──面白いですね。次に配信でいうと、注目作である『DEVILMAN crybaby』をはじめ、Netflixの存在が目立っています。数土 『DEVILMAN crybaby』は面白いですよ。イチオシです。 ──Netflixだからこそできる表現に着目されている?
数土 それもありますね。『DEVILMAN crybaby』にはエロや暴力など、深夜アニメでも放送できないようなシーンがたくさんあるんです。もちろん湯浅政明監督という才能に、相応な制作の場を用意したからこそという側面もあります。
──現在のアニメシーンに対しては、どんな影響があると思いますか?
数土 『DEVILMAN crybaby』は、もしパッケージを出したら売れると思いますけど、Netflixとしては率先して売る必要はないんですよね。だからこそ、パッケージを買う1万人、2万人のファンの心をつかむ作品とは違うものをつくろうという意識ですね。
そういう意味では、Netflix的な作品と深夜アニメ、両方が残って、アニメの多様性がより広がるような気がします。
ただ表現の自由度が増す一方で、TV放送できないのはデメリットでもあります。さっき言ったアニメの広がりに含まれる商品や音楽CD、それらをTVというマスメディアを使って宣伝できないわけですから。そこはNetflixというよりも、周辺メーカー各社への影響ですね。
Netflixとしては会員が増える、もしくは維持されることがメリットなので、商品もパッケージも売れるにこしたことはないけど、そんなに売れなくてもいい。つまりNetflixに利益が出るような作品とは何か、ということです。
──言い換えると、作家性やクリエイティブを重視した作品ということですか?
数土 今の方向性だとそうなりますね。『リラックマ』(2019年春から『リラックマとカオルさん』のタイトルで配信)は意外でしたけど(笑)。現時点で明らかなのは、いわゆる「萌え系」「日常系」といわれる作品はないということ。
つまり、現在主流となっているようなアニメ──声優さんを打ち出したり、イベントを開催したり、そこでグッズを売ったり──にお金をかける意識はないんだろうなと思います。
ただ、あくまでも現状なので、今後そういった方向の作品が出てくるかもしれません。彼らの市場は世界なので、例えばアジア戦略として、親和性の高い「萌え系」「日常系」作品を投入しても、不思議ではないですね。
日本のアニメ業界の現在
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数土直志
ジャーナリスト
メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメに関する取材・報道・執筆、またアニメビジネスの調査・研究を行う。証券会社を経て、2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」、2009年にはビジネス情報に特化した「アニメ!アニメ!ビズ」を立ち上げ、編集長をつとめる。2012年、運営サイトをイードに譲渡、2016年7月に独立。代表的な仕事に『デジタルコンテンツ白書』(デジタルコンテンツ協会)アニメーションパート、『アニメ産業レポート』(日本動画協会)の執筆など。主著に『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社新書)。
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