ハハノシキュウvs輪入道 ROUND1
先攻の輪入道君は、初黒星となったSAM君との試合での反省があったみたいで、いきなりフルスロットルの熱量でラップを畳み掛けてきた。義理堅くも僕が過去に吐いた「コンクリートミキサーに突っ込んで死ね」というパンチラインを引用してきたりなんかして。僕としては非常にありがたい。出鼻を挫くように「さっきの SAMとの試合はなんだ?」と簡単にケチをつける。そして、彼の根性論を全否定するような言い回しを繰り返し「オメェが子猫拾った 優しそうって思われる そういう感覚にマジで虫唾が走るわ」と締める。 少し、ラップの技術的な話をしておく。
僕は、屁理屈至上主義だから、韻もフロウも後付けで、何をどういう論理で言ったか? という部分にパラメータを振っている。だから、相手がすごくフロウ巧者だったりすると判定の時に割れるのがよくわかるし納得できる。
その点、この輪入道君との試合は、輪入道君が初っ端からほとんど韻も踏まずビートにも乗らずに日本語を畳み掛けてきたのだ。この時点で僕はもう何をやっても許される! とバトルの制約から解放された気持ちが強くあった。
「お前だって同じ お前が猫拾ってる所見られたら凄ぇ良い奴って言われるに決まってんだろう!」とアンサーを返す輪入道君だが、瞬時にそれへの返答が思い付く。むしろ、ここで思いつかなかったら負けだ。
「僕が猫拾ってたらなんか解剖とかするんじゃねぇかって疑われて警察来るに決まってんだろう!」と僕は悠々とアンサーを返す。
そして、最後の締めに1ヴァース目であえて触れなかったラインに対して遅れて返答する。「あと、コンクリートミキサーは2008年の俺のラインだ」。
なんか不思議なもので、この試合は僕と輪入道君で2人きりで個室でバトルしたんじゃないかって錯覚があった。そんな精神世界での戦いだったと僕自身は思っている。
1本目が終わって自覚的にクリティカル勝ちは無理だろうなと思ったが、「3対2でとりあえず勝ったかな」と感じていた。 ただ、僕の感触と審査は結構食い違う。2対3で輪入道君のポイントになった。
やっぱり、大事な舞台だからこの判定は結構心が折れる。多分、他のチャレンジャーもそうだったと思う。
ハハノシキュウvs輪入道 ROUND2
2本目で、コンクリートミキサーの話が続けられる。「そうだよ、これはアンタの『UMB2008東京予選』のラインだ」「オメェはコンクリートミキサーに突っ込んで死んだ人の顔を見たことがあんのか?」と輪入道のヒートアップしたラップが続く。ここで「コンクリートミキサーに突っ込んで死んだ人間の顔なんか見たことあるわけねぇだろ」くらいシンプルなアンサーをした方が正攻法だったと思うのだけど、僕はどうしてもそれをやりたくなかった。
出産の痛みを「鼻からスイカ」なんて言われても、知ったこっちゃない。僕にできることは、その痛みを想像することくらいだ。
最近、僕の中で「想像すること/想像させること」が結構大きなテーマになっていて、それはMCバトルのプレイヤーとして、ラッパーとして、というより一人の表現者として無視できないことだと感じていた。
だから、どれくらい伝わったかわからないけど、僕はそういう方向性でラップをした。
「顔が見えない空白を表現するのがやり方なんだ」「いとうせいこうの『想像ラジオ』から読み直せ」
コンクリートミキサーの話をするのと同時に、紹介VTRにもあった僕が顔を隠してラップしていることにも言えることを吐いたつもりだった。
「オメェの考えてることが全部現実 現実 それだけ」「コンクリートミキサーの引用、あれは文学史、ちゃんと書いてる手紙」
ラップ中に“文学”という言葉を出してしまったのが、あまりにおこがましくて正直死にたいけどしょうがない。
本当は「『セメント樽の中の手紙』という小説へのオマージュなんだ」と言いたかったのだけど、作品名が咄嗟に出てこなかったからこうなったのだった。“文学史”だなんてドヤ顔を隠してでも言えるほど教養も知識も経験も蓄えておりません。
そして、輪入道君の賢いところはこの手の話に乗っかると怪我をするとわかっていて、というか自分がわからない話はしない代わりに、押韻に逃げるということが器用にできるところにある。 「文学史 うんこ付き ハハノシキュウなら運の尽き」と即興性のある押韻をすることによって、口喧嘩がラップバトルに戻った感触があったかもしれない。というか、人によっては「やっと韻踏んだよ、この試合」って韻以外のものがまるで感度を刺激しなかったかもしれない。
しかし、僕はそれでも屁理屈に突き通したかった。輪入道君が言った「オメェの計算は狂った」というラインを拾って、計算の話にシフトした。
ただ、輪入道君が最後に言った「そこらのDQNと一緒にすんじゃねぇ」という締め方が格好良くて「格好良いこと言うんじゃねぇ! ふざけんな!」 と思ったのは確かだ。
僕はどうしてもFORKさんと戦いたかったから「計算狂ったのはお前の方、お前の大将は足し算と引き算しかできないらしいが、こっちは掛け算で躓いてんだよ」とハハノシキュウというラッパーが認知されているていで言ってしまう。
あくまで今日はハハノシキュウ入門で行くべきなのに、飛ばしすぎてしまったなとは正直思った。というわけでテレビではできない補足をします。実に格好悪い。
“大将”という言い方が良くなかった。せめて中ボスと言えば良かったなと思ってはいる。要するに、FORKさんが前の収録で「足し算を終えて引き算を始めている」と言っていた話を皮肉ると同時に、自己紹介をしたかったのだ。
キャップに刺繍された「8×8=49」のロゴは、掛け算で躓いていることを示しつつ、「これでハハノシキュウと読むこともできます」と認知されることを意識したわけだ。
そう、つまりちょっと飛ばしすぎたのだ。
掛け算は普通、小学2年生から習う。つまり、輪入道君に対してFORKさんも含めて「君らは小学1年生で足し算と引き算と“あいうえお”しかできない。それに対して僕は掛け算に進んでいるんだ」という意味を込めて「オメェは、“あいうえお”を覚えている途中か? 小学1年生」「俺はクルマ(輪入道)に轢かれないように黄色いのを着てんだよ」と最後を締める。
1年生は横断歩道とかでも目立つようにランドセルの上から黄色いカバーを付けるルールがあるという意味だ。さらにクルマと妖怪の輪入道を掛けてる、なんて誰も気付くわけがない。そこを説明する時間もなかった。
自分で書いてて虚しくなってきた。8小節2本ずつはあまりにも短過ぎる。
ただ、僕は根拠もなくROUND3のバトルで決着をつけなくてはと思い込んでいて、序破急の急を強く意識していた。
ところが、判定は残酷にも2対3で輪入道君の勝利。
なんか変身中に攻撃されたセーラームーンみたいに興醒めだった。
あっけない終わり
「アーティスト人生、終わった」と思った。この瞬間から今に至るまで、ずっとイライラしていた。この記事を書いている間もイライラしていた。有給休暇を使わせてくれた会社ですらイライラしていた。
何周も何周も考えた。時計を左回りにしたり、斜めに横断したり、叩いて割ったりしてひたすら考えた。多分、それをここに全て書き連ねるのは不可能だと思う。
幾つもある心当たりの中で、特に僕が比重の大きさを感じたのは、心の後ろ盾を失ったことだと思う。「フリースタイルダンジョン」に呼ばれていないからこそ保てていた自尊心と生意気さがいっぺんに姿を消したのである。
的確な比喩かわからないけど「一度も女の子に告白をしたことがない」という希望が僕には必要だったのだと思う。振られる心配をせずに他人の恋愛論を馬鹿にできる。まあ、僕が顔を出さないで続けていることもそれに近いかもしれない。
そして、僕がどうしようもなく弱い人間だと露呈してくれる。
“僕はラップに人生を投影しない。投影しなくても言葉の選び方でどうにでもなると思っているからだ。むしろ、僕の人生なんていちいちラップにするほどの人生じゃない。”
そう言っても、本当は自分の人生をリアルにラップした時の跳ね返りが怖いだけなのだ。例えば、僕が家族愛について赤裸々にラップしたとしよう、その曲を「ダセェ」と言われたら流石にダメージを受けるし、立ち直れない気もする。
そういう意味で後ろ盾を失った僕は、平静を保てずにいて結果的にイライラしているのだ。
「アーティスト人生、終わった」とはまさにその通りだ。極端な話、もう辞めちまった方が心身のためかもしれない。
僕のこういう考え方というかマインドが「売れる」とか「お金を稼ぐ」とは明らかにミスマッチなのはわかっている。わかってはいるけど、僕は自分の未経験をきちんと売りに出したいのだ。
僕の書いた小説は誰にも読ませない限りは名作だ。もしかしたら、その宝クジは当たりかもしれない。
だから、仕事が欲しい。CM仕事をしたことがない。それが希望だ。小説を発表したことがない。それが希望だ。アイドルの作詞を正規リリースでしたことがない。それが希望だ。MCバトルの大きい大会で優勝したことがない。それが希望だ。
メジャーデビューをしたことがある。それは絶望かもしれないが、まだ売れたことがないっていう点においては希望だ。
だから「フリースタイルダンジョン」で勝ったことがないという点においても、それが絶対的な希望だと思うしかないんだ。
「リベンジに来てほしいね」中学生の頃から聞き慣れたZeebraさんの声がスピーカーから響く。
そして「フリースタイルダンジョン」の放送当日、一切観たくないけど観ないといけない。
テレビの前でようやく覚悟決めたら、輪入道君がこんなことを言っていた。
「オメェ本当は文章も書ける良い奴だろ」
僕はテレビに向かって呟いた。
「うるせぇよ、今ちゃんと書いてるわ、『手紙』」
ハハノシキュウが書いた文章が気になった方はこちら
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イベント情報
ハハノシキュウ独演会「立会い出産 第二子」〜一人MC BATTLEの会〜
- 日程
- 12月10日(日)
- 場所
- 下北沢Laguna
- 価格
- 前売2500円+D
- 当日3000円+D
概要
ハハノシキュウによる二回目の独演会。
MC BATTLEイベントでお馴染みのタイムテーブルを、ハハノシキュウが一人で全てやります。
お客様はご入場に渡される紙に“お題”を書き、指定のボックスに入れてください。(ラッパーの名前は極力やめてください)
ボックスから引いたお題によって、トーナメント表やショーケースのメンツが決まります。
また、最後にはチャンピオンライブもあります。
タイムテーブル
18時00分 開場 DJタイム
19時00分 開演
19時00分 一部ショーケース
19時10分 ルール説明
19時15分 ベスト8
20時00分 二部ショーケース
20時10分 ベスト4
20時30分 三部ショーケース
20時40分 決勝
20時50分 チャンピオンライブ〜オープンマイク
21時00分 物販
22時00分 撤収
関連リンク
ハハノシキュウ
ラッパー
青森県弘前市出身のラッパー。学生時代は小説家を目指していたが新人賞の応募規定にあったあらすじの書き方が解らず、挫折。『3 on 3 MC FREESTYLE BATTLE』のDVD を鑑賞後「不良じゃなくてもラップをしてもいいのか!」と気付き、ラップを始める。MC BATTLE における性格の悪さには定評がありUMB や戦極MC BATTLEなどに出場し、幾多のベストバウトを残している。作詞家、ライターなどの顔も持ち、ライターとしてはクイックジャパン、KAI-YOU などへの寄稿で好評を得ている。特徴的なザラつきのある声と、自意識や青春をこじらせた英語を使わない歌詞で局地的な人気を集めている。2012 年05 月、処女作品集『リップクリームを絶対になくさない方法』をリリース。2013 年09 月、フリースタイルダンジョン初代モンスターDOTAMA とのコラボアルバム『13 月』をリリース。2016 年11 月、地下アイドルおやすみホログラムの遍歴をエモーショナルにラップした『おはようクロニクルEP』がポニーキャニオンからリリースされ、実質メジャーデビューを達成する。2017 年06 月、ハハノシキュウ× オガワコウイチ名義で2 枚組アルバム『パーフェクトブルー』をおやすみホログラム所属のgoodnight! Records からリリース。2017 年08 月、ハハノシキュウ独演会「立会い出産 第一子」を開催する。2017 年12 月10 日、”ハハノシキュウ独演会「立会い出産 第二子」~一人MC BATTLE の会~が“即興のみ”で行われる。
9件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:2348)
フリースタイルダンジョンではじめて
ハハノシキュウさんのバトルを見ました。
(この記事を見つけるのは遅くなりましたが)
とにかくインタビューからキャラが濃く
異質な雰囲気にとても興味を引かれ、
カッコ悪いのにかっこいいスタイルだなと
感じ、今ではすっかり世界観の虜です。
これからのバトルにも音源にも期待しています😃
匿名ハッコウくん(ID:2306)
時計を左回りにしたって所に輪入道リスペクトを感じました とてもいい記事だと思います これからも頑張っていただきたいです!
匿名ハッコウくん(ID:1617)
クルマと妖怪かけてるのは読み取れました!