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「フリースタイルダンジョン」への初挑戦

「フリースタイルダンジョン」の収録当日。どれだけ感情を込めて「冷たい」と訴えても弱まることのない機械的な雨だった。

ドクターペッパーのフタを開ける。甘いものを摂取した方が頭の回転が良くなると言うから、騙されたように甘いものを買い込んだけど、普段のバトルではそんなこと一切しないからやっぱりそれなりに緊張していたんだと思う。

だけど、強がりとか抜きにして、あまりにも緊張感が自分の中に生まれなくて、逆に「今日はさすがに緊張するべき日だろう?mr.myself」と言い聞かせたかっただけかもしれない。

そんな独白を垂れ流している間にSAM君が到着する。外の天気とは真逆の笑顔で握手を交わす。しばらくすると、じょう君が戻ってきて挨拶をする。彼と話すのはこの日が初めてだった。

そして、2人とも笑顔で話すのに相反して背中からは重々しい緊張感を放っていた。やっぱ緊張していない自分の方がおかしいのだなと気付く。

同じ回に収録があった黄猿君とFEIDA-WANさんにも挨拶をする。

昨日の『UMB』(ULTIMATE MC BATTLE)大変だったね」と僕は黄猿君に言った。

「いやぁ、マジでDOTAMAさんはすげぇすよ、今まで何度もすげぇって思いましたけど、昨日は今までで一番“この人やっぱすげぇわ”って思いましたよ。延長何本やっても全然声量落ちないし、プロでワンマンとか舞台とかやってるとやっぱ全然違いますね」と、黄猿君は言った。

補足すると、この収録の前日は『UMB』の東京予選があって、決勝が“DOTAMA VS 黄猿”というカードで2度の延長の末、DOTAMAさんが優勝したのだ。 そして、隣にいるSAM君を横目に「その話はしないでくれ」と僕は密かに願っていた。

DOTAMAさんが俺の彼女に《コンプラ》する!って言って、ムカついちゃって『お前あとで裏来いよ!』とか言っちゃって全然ダメでしたね」と僕が触れないでほしい話題に小節が進んでしまう。

どうしてかと言うと、僕がMCバトル大会「ADRENALINE」でSAM君相手に「お前の彼女にブスって言える」的なことをラップしたからだ。僕は彼の彼女を見たことがないし、単純にその角度の罵倒は男という生き物をシンプルに怒らせるだけのものだとわかって言っただけだった。

「この間、俺もシキュウさんに似たようなこと言われましたよ」とSAM君が話を繋いだらどうしようなんて思っていたけど、結局その話はそこで終わった。

チャレンジャーの敗退が続く

2代目モンスター

今回の収録からバトルの尺が、8小節の2ターンになる。今までは3ターンだったため、1本短くなった。「これはチャレンジャーが後攻をとることで、アドバンテージを得られるから」というニュアンスのアナウンスがZeebraさんからあった。

それは、チャレンジャーは後攻をとって、とった分だけ善戦をしなければいけないというプレッシャーにも思えた。というか、今のモンスター相手に先攻を取る意味も男気以外には特に見当たらなかった。

どんだけ感情を込めて男気を発揮したところで何も変わらない、今降ってる雨と一緒だ。僕の精神の角度は相変わらずそんなところだった。なんせ僕は男気というやつに一切興味がない。

DOTAMAさんが初めてチャレンジャーとして「フリースタイルダンジョン」に出た回のフィーバーっぷりを知っている身としては、“今後の人生を左右する場所”と呼んでも全然大袈裟じゃないはずなのだけど、やっぱり何処か危機感のない気持ちがあった。

それは良い意味で言うとリラックスできている証拠だから、コンディション的には全然悪くないのだけど一抹の不安が拭えていない感触も同時にあった。 最初に登場した句潤さんとACE君の試合の1本目が終わって「まあ、3対2で句潤さんかなぁ」と思っていたら2対3でACE君だった。細かい話は割愛させてもらうが、とにかくチャレンジャーが劣勢に見えた

テニスに例えるならコードボールのポイントがことごとくモンスター側に入っていくような感触があった。後で映像で確認すれば全然違うかもしれないけど、8小節2本勝負の後攻というのは勝っているように見えやすいものでもある。

だから、本来ならチャレンジャー側にそのコードボールが入る確率の方が高いような気がするのだけど、そこをねじ伏せるくらいにモンスターが隙を見せなかった感じもする。

ただ、僕としては別にそんなことはどうでもいい

後から映像で観ていい試合だったら全部チャラだし、これは一発録りのレコーディングでしかない。勝ち負けを気にしていたらつまらない無難な試合運びになってしまう。

映像化されないトーナメントの1回戦、2回戦だったらそれでもいいかもしれないけど、映像に残る前提の試合でそんなことをしても、誰の記憶にも残らない。

多分、そういう理由で僕は緊張していなかったのだと思う。「どのモンスターと当たっても泥仕合はしないだろう」という経験からくる驕りがあった。

普通の観客判定のMCバトルでは延長になるような試合が奇数による選別で残酷に切り捨てられていく。雨足は強まる一方だった。 じょう君が試合中にこんなことを言っていた。「新モンスター強すぎる違う 俺以外のチャレンジャーがクソすぎる

おそらく、収録現場の空気を変えたかったのだと思う。「あっ、こいつは今までのチャレンジャーと何かが違うぞ」と思わせないといけないんだという義務感みたいなものが言葉にのし掛かっていた。

そんなじょう君ですら1人目のACE君に勝つも、2人目の呂布カルマさんに惜敗してしまう。

そして、遂に僕の出番である。

ここまでモンスターとして1度もFORKさんが出てきていないから、十中八九FORKさんが来るだろうと僕は思っていた。僕は今のFORKさんと対等に戦えるラッパーが現存するということを確実に示す必要があったし、あの人を目の前で困らせる自信ならかなりあった 紹介VTRが終わり、スモークととともにラッパーが登場する。そこに立っていたのはハハノシキュウというラッパーだった。

この時点で僕は緊張感があるとかないとかそういう次元に意識を持っていくつもりもなく、まるで自分の部屋にいるかのように周りの空気を気にしないことに徹した。いつも、それでうまくやってきた、今回も大丈夫だ。僕は強くそう思った。

会場ではFORKさんの登場を期待する空気もあったかもしれない。

しかし、ここで登場したのは輪入道君だった

フリースタイルダンジョンにおいてのノルマ

まず、前提条件として、「こいつは絶対に100万円を取れない側のラッパーだ!」と思われないこと。ハハノシキュウがそうなってはいけない。「なんか間違って100万円取ってもおかしくはないよね」という妙な期待感が必要なのだ。

さらに、僕の中でノルマみたいなものが2つあった。

・まずFORKさんと対等に戦えること、そして勝つこと。
・それ以外のモンスターには1本目でクリティカル勝ちすること。それも相手が本調子の状態で。


なぜならFORKさんはモンスターの中で唯一、無敗だからだ。輪入道君も今日までは無敗だったけど、さっき試合で初めてSAM君に負けてしまった。

それに僕は、格上の相手にあっさり勝ってしまうことが経験上、結構ある。そこは自負できる。

しかし、輪入道君にクリティカル勝ちは相当難しい。何故なら、彼があっさり負ける時は彼が本調子を出せていない時だけなのである。そして、彼は接戦に強く延長を重ねるほどギアが上がっていくタイプだ。

それでも、僕は本調子の彼にクリティカル勝ちをしたかった

ただ、ここで言う勝ち負けというのは一種の記号でしかなくて「クリティカルで勝った」という記号的な結果がほしいという意味になる。

本当に大事なのはこの一発録りのレコーディングで、どっちが優れたバースを蹴ることができたか? ただそれだけのことである。

この試合は「ADRENALINE」でSAM君を怒らせた時のように、輪入道君を怒らせるのもまた僕の口火次第だと思った。

また輪入道君は、怒らせると怖いけど僕はそれを一切気にしない自信もあった。何故なら僕の精神はレコーディングブースのように周りからの目を遮断しているし、そもそも僕は男気というやつに一切興味がない。
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この記事へのコメント(9)

匿名のユーザー

匿名のユーザー

フリースタイルダンジョンではじめて
ハハノシキュウさんのバトルを見ました。
(この記事を見つけるのは遅くなりましたが)
とにかくインタビューからキャラが濃く
異質な雰囲気にとても興味を引かれ、
カッコ悪いのにかっこいいスタイルだなと
感じ、今ではすっかり世界観の虜です。
これからのバトルにも音源にも期待しています😃

匿名のユーザー

匿名のユーザー

時計を左回りにしたって所に輪入道リスペクトを感じました とてもいい記事だと思います これからも頑張っていただきたいです!

匿名のユーザー

匿名のユーザー

クルマと妖怪かけてるのは読み取れました!

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