壮絶なバックグラウンドを持つことは、しばしばラッパーとしての資質と結びつけられる。ヒップホップの世界では、日常では目も背けたくなるような、過去の痛みを歌詞に記すことで、そのアーティストならではの言葉の重みが生まれるからだ。
しかしラッパー・sheidAさんは、「過去のことは歌詞に書きたくない」と語った。
2024年の「ラップスタア誕生」での活躍も印象的な彼女は、アメリカと日本、ヒップホップとエレクトロミュージック、オタク文化と現実世界──幼少期から複数の文化圏を往復しながら人生を過ごしてきた。自身のインナーチャイルド(※)と向き合いながら、「自分の本当の感情」を電子の音へと昇華するアーティストだ。
sheidAさん
11月19日より、仮想空間上での音楽プロジェクト「ReVers3:x(リバースクロス)」の世界観をもとにWebtoon(縦読み漫画)『リバースクロス -プロンプトの魔術師-』の連載がスタートした。
その作中に登場するキャラクター・ICQ(イコ)の歌声をつとめるのが、他ならぬsheidAさんだ。「リバースクロス」に以前から楽曲を発表した彼女は、一体なぜこのプロジェクトに参加することになったのか。
sheidAさんが歌声を担当するバーチャルアーティスト・ICQ(イコ)
今回、彼女の素顔と音楽的ルーツに迫るためにインタビューを実施。sheidAさんの人物像や現在の音楽性を形成したきっかけ、そしてどのようにして仮想空間に生きるICQというキャラクターに出会ったのか──その歩みを紐解いていく。
※内なる子ども:幼少期の経験や感情が、未解決のまま心の中に残り続けていることなどを指す
取材・文:フガクラ 編集:恩田雄多(KAI-YOU)
目次
LA、NY、北海道──sheidAとヒップホップの出会い
──まずはsheidAさんとヒップホップとの出会いを教えてください。
sheidA 私はアメリカで育ったので、ヒップホップはいつも身近にありました。ただ、若い頃はそこまで強い興味を持っていたわけではなかったんです。本格的にハマったのは17歳の時で、Tyler, The Creator、Rico Nasty、Doja Catをきっかけにヒップホップに夢中になりました。
──sheidAさんはLA、NY、北海道など、様々な場所で暮らした経験をお持ちですよね。17歳の時、sheidAさんはどこに住んでいたのでしょうか?
sheidA 当時は東京に住んでいて、最初はラップをしたくて音楽をはじめたんですが、実際に出てきたのはメロディばかりでした。
ただ、ラップのサウンドがすごくかっこよく聞こえて。ずっと内向的に育ってきた自分でも、ラップなら今までにない新しい一面を見せられる気がしたんです。
sheidAさん
──様々な環境で生活することで、バイリンガルとしての能力が培われていったとも言えると思います。言語が違うと、それぞれ別の自分になる感覚はありますか?
sheidA 正直、英語を話す自分と日本語を話す自分は全然違うと思います。昔は日本語がすごく苦手で、友達をつくるために面白いことをしたり、ふざけたりしていました。
そのせいで「この子は何も考えてないのかも」と思われたこともありました(笑)。今でも少し、その頃のようにふざける癖が残っているけれど、最近は「両方の言語を話してこそ自分なんだ」と気づきました。
ラップスタア後のプレッシャー「ヒップホップを“正しく”表現しないと」
──sheidAさんといえば、2024年に出演した「ラップスタア誕生」での活躍は、多くのヒップホップファンの記憶に残っています。番組の出演は、ご自身のアーティスト活動や音楽活動にどのような影響を与えましたか?
sheidA 「ラップスタア誕生」は本当に楽しい経験でした。番組を通して自分自身のことをたくさん学び、挑戦する機会にもなりました。
でも正直、番組のあと再び曲をリリースするのには少し勇気が必要でした。番組で“自分”を強く見せた分、「そのイメージに合わせないといけない」「ヒップホップをもっと“正しく”表現しないといけない」というプレッシャーを感じることがあったんです。
──確かに「ラップスタア誕生」では、自分の過去の境遇を具体的に描写する“セルフフライデー”が審査で重要視されますよね。一方でsheidAさんは、そうしたご自身の経験よりも「リアルな内面の感情」を表現するアーティストだと感じます。
sheidA 私は過去のことをあまり歌詞に書きたくないんです。思い出したくないことも多いし、子どもの頃はうつ状態で、前に進むために“忘れる”ことを選んできました。いつも、自分は足りないと感じて生きてきたんです。
それに私は、自分に正直であることこそがリアルなヒップホップだと感じていて。本物のラッパーたちには大きなリスペクトを持っているので、自分のことを“リアルラッパー”とは思っていません。
──過去の出来事は思い出したくないとのことですが、幼少期の居住地を転々とした体験が、ご自身に影響を与えた点もあるのでしょうか?
sheidA そうですね、子どもの頃はたくさんの場所を転々としたことで、どこにも本当の居場所を感じられない感覚がありました。転校するたびに「前よりクールな自分になろう」として、違うキャラを演じていたと思います(笑)。
だから音楽によって、自分が心から「ここにいる」と思える場所をつくりたかったんです。ラップをはじめて正直な感情を書くようになってから、自分自身のインナーチャイルドと繋がることができて、心が落ち着くようになりました。それに、私と同じように感じている人たちと音楽を通して繋がることも出来るようになったんです。
幼少期のsheidAさん
──ラッパーとして活動する中で、そのような誰かと繋がることができた、と感じた出来事はありますか?
sheidA 「ラップスタア誕生」の応募動画で、自分のADHDらしい癖をあえてそのまま書いてみようと思って、「家から出るとき靴下バラバラ」という歌詞を入れたんです。
その応募動画を見た人たちが、「私も出かける時、靴下バラバラだよ」というDMをたくさん送ってくれて(笑)。それがすごく嬉しかった。そうした経験を得たおかげで、今は「ラップスタア誕生」の出演当時のプレッシャーをあまり気にせずに、自分らしさを取り戻して活動できています。
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sheidA
ラッパー/アーティスト
東京の新世代音楽シーンの最前線に躍り出たマルチに活動するシンガーソングライター。 LA、NY(ブルックリン)、そして東京という多様な文化的環境で生まれ育った彼女は、アニメ/オタク文化から得た様々なインスピレーションを融合させ、ユニークな音楽風景を生み出している。 現在は、才能溢れるトラックメーカー/アーティスト集団 "The Game Changers"(D3adstock、Kiyoki、Tovgo)の一員として活動している。

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