朝井リョウの小説『桐島、部活やめるってよ』に桐島が登場しないという話は有名だ。「先輩3年生なのになんで部活続けてるんですか?」
「なにが?」
「いや、3年生は普通もう引退するかなって…」
「ドラフトが終わるまではね、一応ドラフトが終わるまでね」 映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)
この作品は、劇作家・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフにしたと言われている(この作品にもゴドーが登場しない)。
それは神の不在を物語っているなんて言われたりもしている。 今年の11月6日、「戦極MCBATTLE15章」が行われた。ハハノシキュウはベスト16でPONYというラッパーに敗北を喫した。
試合が終わったあとにハハノシキュウは思った。
「あの時、あれ言えば良かったなぁ」と。
誰にでもバトル中に言えなかったラインがある。だけど、今回のこれは僕にとって何よりも特別な一言だった。
文:ハハノシキュウ 編集:ふじきりょうすけ
売れないラッパー ハハノシキュウ
ハハノシキュウは売れないラッパーである。主にMCバトルに出たりしていて、アルバムは過去に2枚だけリリースしている。
そのうちの1枚は、今や売れっ子のDOTAMAとのコラボアルバムで、こっちはありがたいことに完全に売り切れて廃盤になっている。
それは多分、ハハノシキュウがヒップホップじゃないからだと思う。
「何がヒップホップなのか?」という定義を言葉で括るほどつまらないことはこの世にないので、この後していく話でなんとなく察して貰えればありがたい。
ハハノシキュウはヒップホップじゃない
今年の7月13日、僕は池袋の喫茶店で、フジテレビ系列の番組「アウト×デラックス」のディレクターと打ち合わせをしていた。ヒップホップのイベントに呼ばれないのと同じように「フリースタイルダンジョン」にも呼ばれずにいた僕だったが、「アウト×デラックス」からオファーが来るという出来事があったのだ。
内容は“人見知り過ぎるラッパー”という触れ込みで、ハハノシキュウを企画会議にかけてくださるという話だった。
打ち合わせのほとんどはディレクターさんの質問攻めだった。おそらく、テレビ的に引っかかる“アウト”なフックを探すために徹底的にいろんな角度から話を聞くためだったんだと思う。
その時の無力感というか、手応えのなさみたいなのを僕は鮮明に覚えている。
「バーベキューは好きですか?」
「あんまり好きじゃないです」
「マツコさんにラップで言いたいことはありますか?」
「特にないです」
僕にやる気がなかったわけでは決してない。むしろ、打ち合わせ前日に眠れなくなるくらいに気合いは入っていた。
「フリースタイルダンジョン」に出てないラッパーが「アウト×デラックス」に出てるのは客観的に観て面白いと思ったから、どうしても出たかった。
しかし、この質問攻めを経て、僕は自分という人間の空洞になった部分、表面だけを飾り立てた深みのなさに、心底愕然とした。
それから1ヶ月後「企画会議で落ちてしまった」との連絡を受けた。当然だと思った。
そして、それは多分僕がヒップホップじゃないからそうなったんじゃないかと思うようになった。
ヒップホップとしての「おはようクロニクル」
朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』に桐島が登場しないという話は有名だ。それと直接関係があるわけではないが、ハハノシキュウが過去に作ってきた楽曲には“ハハノシキュウ”が登場しない。
僕はラッパーとして活動を始めても、私小説としてそれを語ることをずっと拒んできた。そして、その理由が浮き彫りになったような気がした。
“僕の私小説は語るに値しないくらい空っぽだから”
歌詞の中に登場する一人称“僕”も、普遍的な“誰か”のことであり、直接ハハノシキュウとイコールでは結ばれない。そして、それはヒップホップじゃないのである。
そんなハハノシキュウには1曲だけ、歌詞にハハノシキュウが登場する曲がある。そしてこれは、間違いなくヒップホップだと呼べる曲である。
それが「おはようクロニクル」だ。
その製作過程については、僕が書いたおやすみホログラムの2ndワンマンの記事を一読してもらえると非常にありがたい。 この「おはようクロニクル」を聴くにあたって、おやすみホログラムというアイドルグループを知っている必要はない。なぜなら、この曲はヒップホップだからだ。
彼女たちのことを歌詞にした途端に、僕の中の空洞をリアルに埋め立ててしまい、強固な言葉の羅列として形を成したのである。ヒップホップは入り口を選ばない。
この曲は、おやすみホログラムの2ndワンマンのアンコール前に何の予告もなく発表された。それは11月16日に決まっていた3rdワンマンの告知という仕事を担った楽曲だった。
そんな「おはようクロニクル」のMVが大型スクリーンに映し出される。
おやすみホログラムの歴史が、まだ5人組だった頃から描写されていき、古参ファンの中には泣いてしまった人もいたらしい。
この瞬間に僕は、幾多のMCバトルでも経験したことのない鼓膜が破れそうなくらいに大きな歓声を浴びた。
その一場面をたまたまフロアで目撃していたのが、某メジャーレコード会社のSさんだった。
フリースタイルブームに対するはがゆさ
思えば周りのラッパーがフリースタイルブームのビッグウェーブに乗っかってどんどん売れていく様を、ただただ生殺しのように眺めていた1年だった。とにかく、ほんと上手くいかないことばかりが続いて、相対的に周りが上手くいってるように見える状態のまま、かなり自暴自棄になったりしていた。
“あの子の毎日がやけにドラマチックに見えだしてから急に笑えなくなったの”
泉まくらの「balloon」って曲の歌詞が、はじめて聴いた時以上に粒子が細かくなって、身体に浸透したのを覚えてる。年齢を重ねると受け取る言葉の粒子が異常に細かく感じられる時があるのだけど、その顕著な例がこれだった。
もちろん、そんなのはただの嫉妬だから本人に「やめてくれ」だなんて言えるはずもなく、下唇を噛み締めながら「いつか絶対にアンタと並んでやる。レイザーラモンがハードゲイだけじゃねぇってわからせてやる」と強く思ったのを覚えている。
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楽曲情報
おはようクロニクルEP
- 発売日
- 2016年11月16日(水)
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1件のコメント
トゥビコン
こんなメジャー発表の仕方あるのか! おめでとうございます