『サカサマのパテマ』吉浦康裕監督インタビュー ドアの外で見えた世界

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『サカサマのパテマ』吉浦康裕監督インタビュー ドアの外で見えた世界
『サカサマのパテマ』吉浦康裕監督インタビュー ドアの外で見えた世界

(C)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee 2013

2008年からWeb配信された短編アニメーションシリーズ『イヴの時間』。近未来の人間とアンドロイドの関係を、緻密なストーリー構成と独特な世界観、映像美で描き出し、口コミから爆発的に話題を集め、2010年には劇場版として再構成されるに至った人気作だ。

この『イヴの時間』で一躍、次世代を担うアニメーション監督として注目された吉浦康裕さんは、原作・脚本に加え、演出・撮影・編集・3DCGまで何でもこなすマルチな才能を持つクリエイター。そんな吉浦監督の約3年ぶりの作品が、11月9日(土)から公開の映画『サカサマのパテマ』だ。インディーズ時代から、少人数体制でハイクオリティな短編作品を発表してきた吉浦監督だが、本作『サカサマのパテマ』は、ついに初の長編作品となる。

本作で描かれるのは、地底から降ってきた「サカサマ」の少女・パテマと、空を忌み嫌う世界で息苦しさを感じて暮らす少年・エイジが紡ぎだす、<サカサマ・トリップ・スペクタクル>。地下世界で生きる人びとを描いた『ペイル・コクーン』、とある喫茶店を舞台に人間とアンドロイドの関係を描いた『イヴの時間』と、これまでドアの内側で語られる物語を描いてきた吉浦監督が、ドアの外──空が見える世界を舞台に描く、出会いと冒険の物語だ。

これまでの吉浦監督のどの作品とも異なる、ひとつの世界を丸ごと描き出した『サカサマのパテマ』は、どのようにして生まれたのか。反転する映像を違和感なく見せるための創意工夫、CGと手描きを重ねた質感、現実の建築様式にのっとった細緻な地上世界──アニメーションにおける新機軸を打ち立てた本作を中心に、次代を担う吉浦監督に話をうかがった。(取材・構成/高橋里美)

ただ、おもしろいものをつくりたいだけ

(C)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee 2013

──『サカサマのパテマ』では、今までの吉浦監督の作品ではほとんど描かれなかった「空」が、画面いっぱいに広がっているのがとても新鮮でした。「手を離したら、彼女は空に落ちていく。」という言葉の通り、今にも空に〝落ちて〟いってしまいそうな、このビジュアルに惹きつけられます。この「サカサマ」のアイデアはどうやって生まれたのでしょうか?

吉浦 子どもの頃から空を見上げると、高いところから見下ろしているように見えることがよくあったんです。よく「落ちてきそうな空」という表現がありますが、逆に自分は「落ちそうな空」だと感じていました。

アニメーションをつくるようになって、この感覚は他の人があまり体験していないものだと気づいた時に、「サカサマ人間が空に落ちる」というアイデアをネタ帳の中にずっと入れていました。なので、アイデア自体はだいぶ前からあったんです。

最初は古典的なSF小説のように、ある日突然全人類がサカサマ化して、建物の中や地下にいた人たちだけが生き残り、彼らがどうやって生活していくのか……みたいな壮大なストーリーを考えていたのですが、それだとつくるのも大変そうだなと思いました。

ある時にふと「じゃあ、サカサマになるのはヒロインだけだったらどうだろう」と思って、ほとんどこのキービジュアルに近い絵を企画書の冒頭に描いたんです。その時はストーリーや世界観までは考えていなかったのですが、このコンセプトから話を膨らませられるなと思ったんですね。それがすべての始まりでした。

──吉浦監督はこれまで短編をつくられてきましたが、今回なぜ長編作品として制作しようと思われたのでしょうか?

吉浦 もともと映画っ子なので、長編が好きだったんです。ただし、やはりいきなり長編をつくることはできないので、まずは短編をつくり続けてきた。

幸いなことに前作の『イヴの時間』を多くの方に観ていただいて、そろそろ長編の企画が通るんじゃなかろうか、と思っていたんです。そこで、持っていたアイデアの中で一番わかりやすい「サカサマ人間」のコンセプトを出したところ、「これでいこう」ということになり、「やっとこれで長編をつくれる」という思いでした。

短編をつくっていくことで物語をつくる能力が鍛えられるらしく、企画構成から物語のリズム運びなど、これまでのノウハウをそのまま活かすこともできました。

吉浦康裕さん

──これまでの吉浦監督の作品の大きな特徴として、「SF」は欠かせない要素だったと思います。ストーリーだけでなく、背景やガジェットのデザイン一つを取っても近未来感が溢れているような。『パテマ』ではそんなSF感よりも、冒険活劇の方に重きを置いているように感じたのですが、意識されていたのでしょうか?

吉浦 自分としては同じものをつくっているつもりではあります。例えば『パテマ』も『イヴの時間』も、最初にルールを設定しています。『パテマ』だったら「サカサマ人間がいる」という設定、『イヴの時間』だったら「人間そっくりのアンドロイドがいる。普段は虐げられているけれど、それが無効になる場所がある」という設定があるわけです。

本格的なSF作品であれば、サカサマ重力の科学的考証とか、アンドロイドの機能や機構とか、そういうところをもっと突き詰めていくと思うんですよ。でも僕は、そんなのいいじゃないかと全部すっ飛ばしちゃう(笑)。そんな風に、世界観でのルールを設定してから物語をつくるという点では、これまでと変わらないつくりかただと思います。

そういえばスタッフに、『パテマ』はSFという意味では「サイエンス・フィクション」じゃなくて、藤子・F・不二雄さんがいうところの「少し・不思議」系のSFだと言われて、それはあるなと思いましたね(笑)。

──なるほど(笑)。そうやってコンセプトや設定を固めて、テーマなどを詰めていく、という流れなのでしょうか。

吉浦 テーマは決めるというより、勝手に込められていくものだと思っています。この場合のテーマというのは「お客さんに伝えたいもの」ではなくて、これを元に作品をつくろう、という制作の羅針盤です。

『パテマ』という作品では、ある種の恋愛もの映画のように、同じ場所にいてもお互いの気持ちや視点がわからないところからはじまり、徐々にその違いを受け入れていくという王道的なラインを、「サカサマ人間」という寓話的な設定を使って見せたかった。

ただ、順番としては、まず「サカサマ人間」という設定があって、これをどうやって膨らませていこうかと考えたんです。きっと男女の物語にした方が良いだろう、すると当然、2人の絆を描くことになる。そこまで考えた時にはじめて、「抱きとめるという行為そのものがお互いの信頼関係に繋がるんだ」と腑に落ちて、結果的にこれがテーマになっています。

「サカサマ人間」をただのどっきりギミックにするのではなく、そうやって描いた方がおもしろいから、そう描いただけです。自分としては、ただおもしろいものをつくりたいだけなんですよね。

キャラクター=自分の分身

(C)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee 2013

──キャスティングでこだわったところはありますか?

吉浦 言ってしまえばこの作品って、パテマとエイジという2人の男女が抱きつきまくってる作品なんです(笑)。年齢的に幼い無垢な少年少女ものもやりたくなくて、かと言ってすぐに恋愛に転びがちな17・18歳にもしたくなかった。だから中間を取って14歳ぐらいに設定しました。だからキャスティングに関しては、14歳らしくて初々しさのある、スレていない声を見つけるのが最初でした。

この要望にピッタリ合ったのが、パテマ役の藤井ゆきよさんでした。彼女はメインの役を演じるのは初めてだったそうですが、何度か読み合わせをさせていただくうちにどんどん上手くなって、「この方ならいける!」と思いました。

エイジは彼女と対をなす役として決めていきました。藤井さんがキャリアとしては新人だったので、それをどっしり受け止められる、経験のある方ということで岡本信彦さんに決まったという感じです。この2人が決まってからは、周りがそれをカバーする形でベテランの方を配置していきました。

──吉浦監督ご自身に近いと思うキャラクターはいますか?

吉浦 はっきり言ってしまうと、どのキャラも自分の分身ではあります。ただ、その中でも特に自分が出ているのはエイジとイザムラですね。

──ええっ、キャラクターとしては、2人は真逆の人物ですよね!?

吉浦 自分の中の違う部分を、それぞれに託しているようなところがあります。

主人公には、やはり意識しなくても出ちゃうんですよね。もっと前に出るキャラでもよかったんですが、パテマに引っ張られていくキャラになりました。はみ出しものというか、ちょっと内向的でウジウジしてるけど、女の子には励まされたい、みたいな感じがエイジですよね(笑)。

イザムラは好き勝手やっていいキャラで、もし自分が同じ立場だったらどうやって相手をいじめようかなと思うような(笑)。ある意味描いていて楽しいキャラでした。主人公だとできないことは多いですけど、悪役だったら何をやってもいいかなと思ってのびのび描きました。器の小さいところもあって、癇癪おこしたりするところも自分っぽいかなと思っています(笑)。なので、最後は自分対決になっていますね(笑)。

CGとアナログの融合で描き出された冒険活劇

(C)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee 2013

──気に入っているシーンはありますか?

吉浦 画面がサカサマにスイッチングするシーンはどれも好きです。同じ場所だったのに、視点を変えると途端に怖い場所になってしまう。あの快感は、やっぱりこの作品ならではですし、みなさんに観てほしいところでもあります。

──画面が180度サカサマに回転するという映像体験は本当に新鮮で、しかも違和感もありませんでした。サカサマを駆使した映像面では、イマジナリーライン(登場人物同士を結ぶ仮想の線)など、気をつける点がいつもよりも多かったかと思いますが、工夫された点はありましたか?

吉浦 やはりそこは気を使ったところですね。仰るとおり、イマジナリーラインがもう一つ余計なところに増えてしまうので、逆にそれが弱点でもある。あまりスイッチングをやり過ぎると、見ている方も混乱しちゃうんですよね。だからスイッチングする時はちゃんとルール付けをしています。カットで上下を切り替えるのではなく、カメラを180度ゆっくり回転させるとか、シーン変わりで戻すとか。

ただサカサマにすれば良いというわけでもなくて、構図にも気を使いました。例えば一般的なバストアップで気持ち良く収まっている構図でも、そのままひっくり返すと窮屈に見えてしまうんです。これはおそらく、人間の目がスクリーン中央よりもやや上の部分を見慣れているから。そこで、一見やり過ぎに見えるくらい、頭部を下げた状態から回転してみると、ちょうど良くなりました。

このように、普通の映画の撮り方の教科書には載っていないやり方の開拓からはじめなくてはいけなかったのが、大変なところではありました。

──他にも、『パテマ』で新たに取り入れられた手法はありますか?

吉浦 今回もCGを使ってつくっているんですが、実はキャラクターも背景美術も全部アナログなんです。CGで描いたワイヤーフレームを一旦紙に出力して、画用紙に手書きで重ねて描く、というやり方です。『イヴの時間』ではCGをレタッチすることで背景っぽくしていたんですが、今回は骨組みとなるワイヤーフレームだけを背景美術の方に渡して、改めて手描きで描いてもらいました。

CGで組まれた緻密なパースの上に、何故か昔懐かしい手描きの背景がのっているという非常に変わった作品になっていますが、それが今回の冒険活劇的な作風にはすごく合っていたし、『パテマ』には絶対に必要な作り方でした。

それから、美術監督を立てたのも今回が初めてです。『イヴの時間』では舞台がほとんど店の中でしたから、一度CGでデザインしてしまえば背景監督はいらなかったんです。しかし、今回は世界を全部はじめからつくらなければいけなかったので、企画を立てた段階で、背景の監督がいないと成り立たないと思っていたので。

また、今回は地上世界の建築様式もこだわったところで、とても気に入っているんですが、これも美術監督の力でした。美術監督が建築に詳しい人間で、現実で建物をつくるときのポイントを押さえて、実際の建築様式にのっとって描いているんです。普通のアニメでは厳密に気にしないところなので、なかなかマニアックですが、見どころにもなっていると思います。

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