連載 | #52 漫画百景 いま読むべき漫画たち

ジャンプの次期看板漫画は『カグラバチ』だ──“力と罪”と妖刀を巡る復讐譚

『カグラバチ』の重要なテーマ「力の功罪」

『カグラバチ』の重要なテーマになっているのが、力の功罪です。作中では自衛の手段として帯刀が許されているのですが、妖刀をはじめ、刀は弱者を脅かす力にもなります。

実際に作中では、武力が大衆を支配するシーンが度々描かれてきました。ヤクザに反抗したばかりに、見せしめとして街頭に吊るされる人々。人身売買も行われる競りについて、誰もが知りながら見て見ぬふりをするといった具合です。

主人公・チヒロが追う組織・毘灼はヤクザの後ろ盾として暗躍。妖術師は悪行に走る者もおり、国家的な妖術師組織・神奈備(かむなび)による治安維持も万全とは言えません。

『カグラバチ』2巻書影。チヒロと裏社会の武器商人・双城。双城は妖刀を殺戮兵器として認識しており、正反対の信念を持つチヒロと激突する/画像はAmazonから

チヒロは弱者を守るために刀を振るうという父の信念を体現するため、人々に被害を及ぼす妖刀の行方を追うのですが、彼自身も妖刀を所持しており、第三者から見れば危険人物に当たります。

父の仇を打つ、そして人々に被害をもたらす前に妖刀を回収するという善良な目的も一種のエゴです。個人の裁量で妖刀を振るっているのは厳然たる事実。ゆえに国家機関の神奈備には敵視され、妖刀は国が管轄するべきとの警告を受けます。

神奈備の最高戦力・緋雪からは、信念があろうとも自己のために妖刀を振るうのは利己的でしかなく、そもそも妖刀は個人の意向で扱っていい代物ではないと喝破されます。これはめちゃくちゃ真っ当な指摘です。

『カグラバチ』3巻書影。チヒロの持つ刀に映るのは、神奈備からの追って緋雪と、妖刀を競売にかける漣家の当主・京羅/画像はAmazonから

妖刀に映るのは絶望か? 笑顔か? 強大な力を巡る人間のエゴ

また、妖刀をつくり出した国重も、結局のところ刀は人を殺すための道具だと口にしており、それを生み出す者としての責任を自らに問い続けなければならないと自分を戒めていました。

妖刀の一振り・刳雲(くれぐも)を手に入れる武器商人の双城厳一(そうじょうげんいち)は、妖刀を殺戮兵器だと解釈します。実際に神奈備所属の優秀な妖術師を多数相手取っても斬殺できてしまう妖刀の力が、一般人に向けられるとすれば、それは悲劇でしかありません。

さらに厄介なのが、本作の妖刀はあくまで道具であり、所有者によって力が向けられる矛先が全く変わることです。社会に害をなすか恩恵をもたらすか、どう転ぶかわからない、不安定な代物でしかない。

妖刀そのものには善悪も正邪もなく、ただただ強大な力としてそこに在るため、これを利用せんとする勢力の争いが起こるのは必定。国を守る組織の神奈備も、妖刀の扱いを巡っては一枚岩でないことが示唆されています。

妖刀が主人公のチヒロを含めて、人間のエゴを映す道具であることを徹底して描くのが『カグラバチ』の大きな特徴です。

『僕のヒーローアカデミア』堀越耕平も称賛するかっこいい構図

付記しておきたいのが『カグラバチ』の独特の雰囲気です。

アウトローたちが闊歩する街や、情け容赦のない暴力を描くノワール小説のような読み味があります。現代的(ガラケーが主流など妙にノスタルジックではある)な東京を舞台に、前時代的な日本刀を振るう特有の世界観も相まって、唯一無二の風情があるのです。

このオリジナリティによって読者は、「見たことのない世界を見せてくれる!」と期待を抱き、作品に魅了されます。

『カグラバチ』公式PV

また、戦闘シーンを活写する構図が半端なくカッコいいです。単行本の第1巻に帯コメントを寄せた堀越耕平さんの言葉を借りれば、「映像を見ているかのような構図の取り方」であり、「かっこいいとは何かを判っている人」。

僕のヒーローアカデミア』で大迫力のアクションシーンを手がけてきた堀越耕平さんに、1巻刊行時点でこうも称賛されているのですから、これ以上ない説得力でしょう。

言い添えるなら、必要最小限のコマ割りで、そのシーンに何が起こったのかを的確に伝える引き算の演出も冴えまくっています。激しい剣戟の動的な描写と、多くを語らない静的な描写とを適切に使い分ける手腕が卓越しているのです。

過去と現在の時間軸をごく自然に繋げてみせるコマ割りも巧みで、回想を回想と気づかせない、読者の無意識に滑り込むような演出には唸ります。

1ページに詰め込む情報(キャラの表情や動きなどの絵に込める情報、語らせすぎず簡略しすぎないセリフの量)が適切なので、物語の進行としてはかなり早い部類にもかかわらず、内容が理解しやすく読みやすいのも凄い。

国重殺害の謎、チヒロの母親、毘杓の目的、緋雪の能力──数々の伏線

兎にも角にも続きが気になる『カグラバチ』では、チヒロの復讐譚をメインにしながら、端々でいくつもの伏線を散りばめています。

居場所が秘匿されていた国重殺害に残る謎は特に気になります。国重と毘杓の間にどのようなやり取りがあった? なぜチヒロは見逃された? 結界に守られていた2人の居場所が漏れたのはなぜ?

国重の言葉で存在は確認されているチヒロの母親の現在。驚異的な再生能力を持つ鏡凪(きょうなぎ)一族の特性。所有者不在だった貴重な妖刀・刳雲を双城に渡し、妖刀のなかでも力のある真打を競りにかけるなど、いまいち動向が読めない毘杓の目的とは。

どの勢力が何のために戦ったのか判然としない、斉廷戦争の概要も物語に大きく関わるはず。そして、この戦争で勝利の立役者となった妖刀の所有者たちは今何をしているのか?

国家機関として動く神奈備内部の派閥争いと少なからずの腐敗。神奈備の最高戦力・緋雪の妖刀とは異なる異能の詳細……気になる伏線が盛り沢山で、明かされるのが楽しみです。

「次にくるマンガ大賞2024」で1位を獲ったことで、「少年ジャンプ+」では1巻の山場である6話まで無料公開中。まだ読んでない方は、この機会にぜひ!

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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げて、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。

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