連載 | #40 漫画百景 いま読むべき漫画たち

次に来るバンド漫画は『ふつうの軽音部』である──傑出した“普通”で描く生々しさ

作中一番の陽キャで、人に依存してしまう内田桃

『ふつうの軽音部』の面白さは、等身大の悩みを持った少年少女たちの人間模様にあります。

ここで代表的な例として挙げたいのが、主人公の鳩野とバンドを組むことになる内田桃(うちだ もも)です。

桃は1話から登場し、2巻の表紙も飾った主要人物です。1話でぼっちの鳩野に話しかけ、会話の流れで鳩野を愛称で呼び始め、それが図々しく映らない、まさしく陽キャです。

誰にでも分け隔てない明るいキャラクターの持ち主。陰の者を自称する鳩野が「こんないい子見たことない…」と感動するレベル。

そんな彼女の悩みが、恋愛感情がよくわからないことでした。

『ふつうの軽音部』2巻の書影。鳩野とバンドを組むことになる桃。後述する彩目とは昔面識あり。2人の関係性にも要注目/画像はAmazonから

これが原因で、中学時代から仲が良く、入部当初にバンドを組んでいた友人2人との距離を感じ、長年寂しさをつのらせ続けています。恋人がいる友人たちを横目に、「3人で演奏してた方が楽しいじゃん!」と思っている。

一方で、恋愛感情がわからないことに引け目を感じてもいる。友人2人に依存してしまっていることを自覚していて、内心は複雑な思いを抱えていたことが後々判明します。

だんだん人間臭い面が露わになり、キラキラ陽キャで一軍女子、という鳩野の印象は、良い意味で変わっていきました。

作中で一番臆病で、ひどく人間的な藤井彩目

もう一人取り上げたいのが、最新話(25話)で今まさに掘り下げが佳境を迎えている藤井彩目(ふじい あやめ)です。

近寄りがたい雰囲気を放ち、自分の中に芯がある人物として最初は描写される彩目ですが、小学生の頃、容姿をからかわれる酷い虐めを受けていた体験が、見た目も言動も変わった今になっても尾を引いています。

自己肯定感が低いにもかかわらず自意識は強く、強気に見えて他人の評価に人一番敏感。臆病な自分を隠すため、普段は強気で振る舞っている人物です。

そんな彼女が、ギターが上手けりゃ歌も上手い、顔が良ければ頭も良い、1年生きっての秀才・鷹見項希(たかみ こうき)と付き合ったら、そりゃあ舞い上がります。

鷹見の横にいるだけで自己肯定感はマックスです。周囲の嫉妬を意に返さず、内心では他者を見下します。

鷹見をアクセサリーにして、彼の存在に自分の評価を委ねてしまう一種の依存。自分に自信がないことがよく表れていました。

結果的に鷹見にこっぴどくフラレたことで彩目は意気消沈し、誰も自分を好きになるはずがないと極端な落ち込み方をします。

その姿は、ひどく人間的で、ゆえに生きた人物として読者の中に入ってくるのです

だから推せる。いつか全力で笑った顔が見たい……!

作中で一番ふつうな主人公・鳩野と、一番ふつうじゃない幸山厘

ここまであまり触れていませんが、主人公の鳩野だって悩める10代です。

『ふつうの軽音部』1巻の書影。主人公の鳩野。歌声は上手いわけではないが、非常に独特で、声量の大きさもあり妙な迫力があると評される/画像はAmazonから

今一緒に暮らす母と、音楽の素晴らしさを教えてくれた父の離婚。大阪への引っ越し。転校先の中学で周囲に溶け込もうとから回りして、歌声を馬鹿にされたトラウマから、ロックバンドのギターボーカルへの憧れに蓋をした過去があります。

それを乗り越えようとして、一度はライブで大失敗。傷に塩を塗り込まれるような経験までしてしまう。

しかし、夜ごと泣き明かすようなことはせず、夏休みをすべて弾き語り修行に費やす、実に真っ当な、ふつうの努力で乗り越えようとする姿は、主人公らしく眩しいです

とまあそんな感じで、悩みもがく、登場人物たちの人間らしさが『ふつうの軽音部』の魅力なのですが、異質な存在が1人います。鳩野を冗談ではなく、真剣に神と崇める幸山厘(こうやま りん)です。本作で一番ふつうじゃない人

鳩野を中心にしたバンドを結成するため、告げ口にSNSの監視など、策謀を巡らせて人を動かそうとする策士です。桃と友人の仲違い、そして彩目の失恋に大なり小なり関与しており、2人を鳩野のバンドに加入させようと暗躍しました。

鳩野への異様な執着心はまさに信仰で(自分でもそう言っている)、「導かれてる」「神に受難はつきもの」「一緒に神をつくろう」などのセリフは、今はギャグとして扱われていますが、よくよく考えれば怖い。

受動的な「導かれる」と、能動的な「神をつくる」は対立する言葉でもあるため、信徒なのか宗教家なのか、判然としないところも不気味です。

鳩野を神と崇める理由はまだ詳しく描かれておらず、大きな謎を残しています。彼女は本作の良いスパイスになっており、危うい存在感からは目が離せません。

描くべきことを描くことで生まれる面白さ

厘のほかにも、秀才のサークルクラッシャー・鷹見は一癖あり。これからも大活躍しそう。

鳩野の中学時代を知る水尾(みずお)と玲羽(れいは)はキーマンになりそうで、鳩野が憧れる先輩・新田たまきに、鳩野の友人で唯一の軽音部員ではない矢賀緑(やが みどり)など、スポットライトが当たっていない人物も多いです。

まだまだ本格的なストーリーが始まるまでの、助走をつけている段階(なにしろ鳩野が万全の状態でライブをしたことがまだ一度もない!)にもかかわらず、しっかりおもしろい。

理由は、登場人物たちの思考や抱えているものが丁寧に描かれているからです。

彼女たちの好きなこと、嫌いなこと、忘れられない過去といった、バックグラウンドをちゃんと読者に伝えているから、登場人物がみんな、紙面の上でちゃんと生きています。

ふつうに描くべきことを描いている

しかし、これを徹底すれば、劇的な展開に頼らずとも、漫画はここまで面白く描けるのだと教えてくれます。無二の面白さがある。

バンドあるいは音楽がテーマの漫画は、得てして尖った個性を有していますが、そのなか“ふつうであることが逆説的に武器になっている”本作。音楽ジャンルで新境地を切り開く意欲作として、手放しでオススメします!

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