理想から離れ、大人になっていく子どもたち
『ぷにるはかわいいスライム』では、子どもたちの大人への成長と、成長に伴う喪失が描かれ続けています。理想と距離をとり現実と向き合うと言い換えてもいいでしょう。
主人公・コタローの理想は、自分から歩み寄らなくても、すべてを分かってくれる都合のいいの友だがいつか現れてくれることでした。
幼少期は恥ずかしがり屋でぬいぐるみしか友だちがいなかった彼は、友だちが欲しいと強く願い、神(!)の計らいもあってぷにるを生み出します。
以来7年に渡って気の置けない友だちとしてぷにると過ごすも、他に友だちはおらず、中学生になっても1人でいる時間が多かったようです。他人に心を開けず、素直になれない少年。
「男なのにかわいいものが好きなのは変!」と蔑まれた、幼い頃の記憶も影響していたでしょう。本音を隠さなければ、自分は集団の中で生きられないというトラウマは、大きな足かせになったはずです。
しかし、やがて、自分の理想に叶う都合のいい存在はいないと気づき、おずおずと心を開いていくことで、少しずつ友達が増えていきました。
人間になりたいロボット・ジュレの絶望と失望
コタローの同級生・御金賀アリスの理想は、自分が生み出し、世界中に広めたいと考えているキャラクター・ルンルーンに命が宿ることでした。
コタローの友だちで、命あるホビーのぷにるを羨ましがり、自分の友だちにも自我が芽生えて欲しいと願います。
が、ぷにる誕生のような神の御業は働かず、理想は叶いませんでした。アリスはそれを受け入れ、他者(コタローとぷにる)に自分の価値観を委ねてしまったことを悔います。
そして、命の宿らないルンルーンも自分の大切な友だちだと再確認して、ルンルーンのプロデュースにより一層精を出すようになりました。
人型AIロボット・ジュレの理想は、人間になり人間に愛されることでした。コタローに恋をしたジュレは、あの手この手で彼の気を引こうと画策します。
でも、何をしても振り向いてくれない。そのままの自分で良いと言ってくれるコタローの肯定も、変わりたいと願うジュレにとっては何の励ましにもならない。
非人間と人間の埋まらない溝に絶望し、現実のコタローに失望し、まあとにかく手痛い失恋を経験しました(余談ですが、AIが他者を愛するとかいう、とんでもないシンギュラリティがサラッと起きています)。
コタロー、アリス、ジュレはそれぞれの経緯で理想を捨て、成長痛に苦しみながら、現実を生きはじめるエピソードが描かれています。子どもから大人になりはじめているわけですね。
他方でぷにるですが、かなり厄介です。自己肯定力が強いために、自分はこのままで最高にかわいいと思っています。あまつさえ、時の流れを止めてしまい、作中世界をループさせていることが59話で判明しました。まさかのラスボスです。涼宮ぷにる。ナンドレスエイトなんだ。
岐路に立つぷにる 子どもは子どもでいられないのか?
ぷにるの出自をおさらいしましょう。
ぷにるは、コタローの友だちが欲しいとの強い願いを受けた神が、彼の友だちづくりを手伝うために特別な魂を宿らせ遣わしたホビー(スライム)です。
かわいいものが好きだという自分の本質をぐちゃぐちゃになるまで否定されたコタローの激情も作用した結果、かわいいを追求する性格になったのだと筆者は解釈しています。
こうして、ホビーの本質である遊ぶこと=コタローと遊び続けるために生きる、かわいいスライムが誕生しました。
そんなぷにるが、ホビーを手放す大人に変わりはじめたコタローを、一緒に遊んでくれる子どもに引き戻すために、無意識に時の流れを歪めて、ループさせていたことを明示したのが59話です。神から授かった特別な魂ゆえに成せる仕業だったようでした。
ぷにるは実年齢7歳(59話以降は8歳)で、まだまだ遊びたい盛りの子どもですから、純真無垢なエゴが引き起こした歪みと言えなくもありません。一度は神もループを見逃します。
しかし、コタローに友だちができたことで彼の願いが叶ったとし、ぷにるの役目も終わりと判断したのか、時の流れを正常に戻します。
変わっていくコタローと岐路に立つぷにる。この構図が、現在の状況です。
最新63話ではぷにるの特別な魂を狙う新キャラクター・バットトリックも登場し、もう一波乱起こりそうな予感。いよいよ、ぷにるの核心に迫るエピソードがはじまっています。
ぷにるとコタローが友だちじゃなくなる時
「これはスライムのぷにると中学生コタローがともだちじゃなくなるまでのお話…。」
上記は1話のラストを締めくくるモノローグです。「コロコロ史上初、異色のラブコメまんが!!」とのキャッチコピーもあり、当初はぷにるとコタローが恋人同士になるのだと考えた読者が大半だったと思います。筆者もそうでした。
しかし、事ここに至って、どうやらその可能性だけでもないかもと、読者の大半が考えていると思います。筆者もそうです。
ぷにるの七変化とコロコロギャグのキレはそのままに、少年少女のアイデンティティ形成に真面目に取り組み(※)、さらりと硬派なSF設定や鋭いジェンダー観を披露してきた本作。あまりにも予想外な展開が多い。予定調和が似合わない。
(※)「好きな(好きだった)ホビーとどのように向き合っていくか」というテーマは、『コロコロコミック』の名を冠する媒体に掲載されているという点も鑑みて、ホビーを題材にした作品として真摯的と言えます。
ぷにるとコタローは友だちを経て、どんな関係に落ち着くのか。親友? 家族? やっぱり恋人? 他人になるってことはさすがに無いと思いたいですが、それすらもあり得ると思わせる、不確定要素にまみれたぷにるの現在地。
『ぷにるはかわいいスライム』を見ずして、2024年の漫画シーンが語れないのだけは確定しています。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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