スタート時点で上総オーレはチーム崩壊の危機
『オーレ!』では、現実と夢(理想)のモチーフが交互に描かれ続けます。
例えば、本編スタート時点で上総オーレの状況はかなりシビア。プロ2部リーグの下位に沈み、アマチュアリーグへの降格が現実味を帯びています。もし降格すればスポンサーは撤退。予算が減る関係で、抱えている選手の首を切らねばならなくなります。
加えて、チームに留めておきたい実力のある選手は、自身のキャリアを踏まえて、他の魅力的なチームへの移籍を当然考えるわけです。そうなったチームでは、熱心なファンはともかく、ライト層のファンは確実に目減りしていきます。降格=チームの崩壊と言っても過言ではありません。
これはJリーグの各クラブも直面するような現実的な問題であり、胃が痛くなるサッカーファンも多いかもしれません。
一方で、中島がぶち上げるのが、「上総オーレを東洋のレアルマドリード(世界でも有数のサッカークラブ)にして町を盛り上げる」という夢。チーム状況を考えれば、文字通りの夢物語です。
でも、チームは指針がなければどこに向かっていけばいいのかもわかりません。夢で食ってはいけないけれど、夢という目標がなければ歩くこともできない。
この現実と夢の拮抗が全話を通して描かれます。また、それは上総オーレだけではなく登場人物たちも例外ではありません。
熱心なボランティアゆえに現実逃避を正当化
主人公の中島は、結婚話も出ている仲の良い彼女がいるのですが、上総オーレに関わってからはろくにデートに行くこともできなくなり関係は冷え込んでいきます。
安定した市役所の職員と幸せな結婚生活という現実的な道を行くのか、泥舟にさえ見える上総オーレの運営に人生を懸けるのか。中島は決断を迫られます。
中島を焚き付けた吉見も揺れ動くキャラクターです。ボランティアにもかかわらず誰よりも熱心に働く吉見は、なぜ上総オーレの正社員にならないのか。
彼女は「クラブのための仕事をお金に換算されたくない」と話すのですが、それは建前で本当は逃避でした。登り調子だったアマチュア時代の、かつての栄光という淡い夢を糧に、下位に沈むチームの現実に甘んじていたのです。やるかやられるかのプロの世界に挑む強さがなかった。
現実と夢の狭間でもがく三者三様の在りようは、決して他人事ではないリアリティがあります。
『オーレ!』のラストは“ありえない”ものなのか?
『オーレ!』は最終的に明るい未来を感じさせるラストを迎えるのですが、読者によってはちょっと突飛に思われるかもしれません。
それまで描かれていた上総オーレの現実が、あまりに苦しいものだったからです。前述した悪環境に加えて、遠征は時に半日かけてバス移動、栄養士などスポーツクラブに欠かせないスタッフがいない、そして単純に勝てない。
エンターテインメントと言えばそれまでです。しかし、果たしてあのラストは本当にありえないものなのか。
Jリーグ創成期にその弱さからお荷物とまで言われた浦和レッズは、いまや日本有数のビッグクラブです。アマチュア時代のセレッソ大阪が次々とプロクラブを打ち破り、国内3大タイトルの一角・天皇杯の優勝まであと一歩と迫った例もあります。
世界に目を向けると、世界的な強豪がひしめくプレミアリーグへの昇格後わずか1年で優勝を果たしたレスター・シティも記憶に新しい(日本人の岡崎慎司選手も大活躍)。
サッカーは何が起こるか分からないとよく言われ、時に信じられない躍進を見せるクラブが歴史を動かすスポーツです。
事実は小説よりも奇なり。2月23日からはじまるJリーグ全60クラブの新たな戦いの中でも、そんな瞬間が訪れるかもしれません。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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